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第20話 真祖

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「土足で我が聖域に踏み込むとは……人とはなんと愚かな生き物か」

地下の造りは至ってシンプルな物だった。
索敵魔法で出た反応の方向に向かうと、あっさり屋敷の主の元へと辿り着く。

真祖はぱっと見、紳士然とした壮年の男性だ。
その横には、金髪のエルフの女性――ローズさんがかしずいていた。

「配下は全て片付けさせて貰った。残すはアンタだけだぜ」

「ふん。配下が全滅したとて、大した問題ではない。減ったならまた増やせばいいだけの話。じき、ここには贄達が届くのでな」

贄達?
その言葉に俺は眉根を顰める。

どうやら生贄となる人間が連れて来られる様だ。
それも態度から察するに、今回倒した数の魔物の代わりを用意する力を蓄えるのに十分な程の人数が。

恐らくその数は5人や10人ではきかないだろう。
しかし未だ日は高い。
夜間に真祖である奴本人が向かうならともかく、ワーウルフの様な使い魔如きで、街から大量の人間を攫ってくるなど不可能なはず。

そう考えると、大量の贄が用意出来る何者かがここに送って来ると考える方が自然か……

「いったい誰があんたに、そんなふざけた贈り物をするってんだ?」

「くくく、貴様がそれを知る必要は無い」

否定しないって事は、俺の考えはあっているという事だろう。
とは言え、答えてくれる気はなさそうだ。

「そうかよ。ならあんたを倒して、そっちの女性に聞くとするさ」

直ぐ傍に控えさせられていた様だし、きっと何か知っている筈だ。

分らなかったらまあ、その時はこの屋敷近辺で待ち伏せでもして確認するとしよう。
流石に放っておく訳にはいかないからな。
奴はじきと口にしていたし、そう長く待つ必要は無いはず。

「はははは、たった一人で私を倒すとのたまうか。仲間が全滅している状態でそんなデカい口を叩くとはな!」

仲間の全滅と聞かされて、一瞬マリー達がやられた姿を想像する。
だがいくら数が多いとはいえ、彼女達がワーフルフ如きに後れを取ったとは考えづらい。
おそらく奴は、自らの住処に大人数で押しよせたと勘違いしているのだろう。

普通に考えれば、たった一人ので乗り込むなんて正気の沙汰じゃないからな。
ここに俺以外いないのは、他の奴らが全滅したと思っている様だ。

「それに一つ大きな勘違いしている様だな。お前の相手をするのは私ではなく、このげぼくだ」

「く……」

真祖が手を向けると、ローズさんが小さく呻き声を上げて立ち上がる。
その手には剣が握られていた。

「この下僕は呪いの契約で縛っているだけで、眷属化していない。お前に、ヴァンパイアに操られた哀れな人間を殺す事が出来るかな?」

真祖はさも愉快そうに笑いながら、懐から黒い羊皮紙スクロールを取り出した。
そこには赤い見慣れぬ文字が並び、右下の方に血判が捺印されている。
ローズが押した物だろう。

「契約?そんな物、何処にあるんだ?」

俺はさり気無く【ズル】を発動させる。

「ふん。下等生物に古代文字は読めぬだろうが、この血判を――なにっ!?」

スクロールから血判が消えている事に、ヴァンパイアが驚く。
当然スキルの効果だ。

普通の契約ならば、俺のスキルでそれを破棄する事は出来ない。
だが妹を人質に取り、卑劣なズルい手段で強制した物なら話は変わって来る。
当然そんな契約はスキルで無効だ。

「貴様!一体何をした!」

「別に何もしてないぞ。そのマジックアイテムが不良品だったんじゃないのか?」

これから始末するヴァンパイアだけなら問題ないが、ローズさんもいるので酔惚けておいた。
まあそんな訳ないだろってタイミングなので、あまり意味もない気がするが。

「ガーグ!」

自由になったローズさんが手にした剣で真祖――ガーグを襲おうとする。
だがその一撃は途中でピタリと止まってしまう。

スキルが発動している為だ。
【ズル】の効果範囲の中だと、俺以外は不意打ちが出来なくなる。
だから彼女の不意打ちは止まってしまったのだ。

「くっ!?」

ローズさんは素早くガーグから離れ、俺の傍に来る。
ふふ、まさか彼女も自分の攻撃を止めたのが俺だとは思うまい。
ま、意図して止めた訳じゃないけど。

「ローズさん。外でマリーさんが待ってるんで、先に脱出しててください」

ローズさんに報復の機会を与えてあげたい所だが、俺の力は見られたくない。
悪いけど、彼女には先に外に出て貰うとする。

「何を言っているの!?私も一緒に戦うわ!」

「さっきまで人質だった貴方がですか?また人質に逆戻りしないとは限りませんから、足手纏いなんでこの場を離れてください」

「くっ……」

少々きつい言い方だが、そうでも言わないと素直に下がってくれそうにないからな。
失礼な発言は後で謝罪するとしよう。

「けど、あれは真祖よ。一人でなんて……」

「問題ないですよ。俺は死ぬ程強いんで。真祖だろうと何だろうと、ヴァンパイア如き俺の敵じゃないですから。でなきゃ、1人で乗り込むなんて馬鹿な真似はしませんよ」

「――1人で!?マリー達と来たんじゃ?」

「屋敷の前までは一緒でしたけど、彼女達には外のワーウルフの殲滅をお願いしています。周りに人がいると、ちょっと戦いずらいんで」

「……わかったわ。気を付けて」

納得してくれた様だ。
足早にローズさんはその場を後にする。

「……」

ガーグが早々に仕掛けて来るかと思っていたのだが、奴は動かなかった。
どうやら呪いの契約を打ち消された事で、俺の事を相当警戒している様だ。

「さて。あんまり長居する気はないから、さっさとあんたの首を取らせて貰おうか」

「くっ……どうやったのかは知らんが、契約を解除した位でいい気になるなよ。真祖たる我が力、貴様に見せつけてくれる」

ハッキリ言って、ヴァンパイアの真祖はかなり強い。
人間を遥かに超えた高い身体能力に、手足所か、首を刎ねても立ちどころにダメージが回復してまう再生能力まで兼ね備えている化け物だ。

それ以外にも影に潜んで移動したり、体を小さな蝙蝠状に分裂したりと、多種多様な能力まで盛りだくさんである。
これで弱い訳がない。

俺もスキルユニークスキル無しで戦えば、負ける事はないまでも、長期戦を強いられていただろう。

「残念だけど、それは無理だと思うぜ」

俺は【ズル】でガーグのスキルを封じる。
そしてスキルを使い、剣に光属性を帯びた闘気を纏わせた。

「光の力か!小癪な手をつかいおる!だがその程度で私に勝てると思ったら大間違いだ!」

奴は鋭く爪を伸ばし、それを武器に真っすぐ俺へと襲い掛かって来た。
高い身体能力からもたらされるそのスピードは、常人の動きを遥かに上回る。
だが見えないのならともかく、視認出来る直線的な動きなどお話にならない。

俺はカウンター気味に、手にした剣で奴の腕を切り飛ばしてやった。

「ぐぅぅぅ!だがこの程度!直ぐに再生を――」

そんな物はしない。

本来なら、物の数秒で新しい奴の腕が生えて来ていただろう。
だが腕の切断面には一切変化がなく、ただどす黒い液体がたれ続けるのみだった。

「馬鹿な!?いったい何が!」

ガーグは自分の身に何が起こっているのか分からず、驚愕する。

「言っただろ?真祖の力を見せるのは無理だって」

真祖の持つ特殊な能力は、そのほとんど全てが生まれ持っての‟スキル”だ。
当然【ズル】によるスキルの禁止は、種族特有のスキルも使えなくする。

つまり――今の奴は身体能力が凄いだけの魔物でしかないという訳だ。

「きっさまぁ!一体何をした!」

「自分で考えて見な!」

一気に間合いを詰める。
動揺している奴は隙だらけだ。

「舐めるな!」

残った手で反撃して来るが、俺はそちらの手も切り飛ばす。
そしてガーグの首を刎ねた。
更に落下する頭部を縦に真っ二つに切り裂いて、終わらせる。

スキルが有効だったなら、これでも死なななかっただろう。

以前次男のアグライ兄さんが、国の要請で真祖のヴァンパイアを討伐した事がある。
その時は、倒すまでに百回は粉みじんにしたと言っていた。
それぐらい真祖はしぶといのだ。

だがスキルを封じている状態でなら……

「ば……かな……わた……し……は……」

ガーグの体が崩れ落ち、身に着けた物だけを残して消滅した。

「ほんと、我ながら便利なスキルだ」

床に落ちている、呪いの契約を行う黒い羊皮紙スクロールが目についた。
かなり厄介なアイテムなので、魔法で燃やして処分しておく。

「って、燃えねーじゃねーか!」

折角長々と魔法を詠唱して強力な炎の魔法を使ったというのに、スクロールは燃えた端から再生してしまう。

「駄目そうだけど、一応切り刻んでみるか」

燃やすのがダメなので、今度は光の闘気を纏わせた剣で切り裂いてみた。
だが切った傍からやはり修復してしまう。

「マジかよ。ったく、どうなってんだこれ?」

斬っても焼いても処分できないスクロールなど、聞いた事もない。
流石にこの場に置いてはいけないので、懐に回収しておく。

まあ後でケインさんにでも渡すとしよう。
ペイレス家なら何らかの方法で処分するなり、それが無理なら厳重に保管するなどしてくれる筈だ。

「さて。マリー達を待たせてるだろうし、外に出るか」

流石に彼女達も、もうワーウルフの処理は終わっている頃だろう。
無駄に長居して心配させるのもあれなので、俺はさっさと外へと向かう。
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