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第15話 ヴァンパイア
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カナン領南部。
他領との境にある人里離れた山奥深くの森の中には、大きな屋敷が立っている。
その館の主は、人ならざる者だった。
月明かりだけの暗い森を抜け、そこに黒いローブを身に纏った一団が入っていく。
「お久しぶりでございます。ロード」
玉座を最奥に設置された謁見の間。
屋敷へとやって来たローブの男達が、屋敷の主の前で跪いた。
「何用だ?」
玉座に座るのは、黒の燕尾服を身に纏った美しい顔の壮年だった。
男からは、この世ならざる者の気配が醸し出されている。
玉座に座る者の名はガーグ・スイスイマー。
ヴァンパイアと呼ばれる存在だ。
ヴァンパイアは高い知能と能力を有し、魔物の中ではドラゴンに次ぐ力を持っていると言われている。
彼ら種族から見れば、人間などは只の食糧でしかない。
だが――
「我ら闇の牙に歯向かう愚か者がおります。既に高弟2名が葬られており、ここで手を引けば我らの名は地に落ちましょう。それでどうか、ガーグ様のお力をお借りしたいと参りました」
「ふむ……いいだろう」
ガーグは闇の牙の頼みをあっさりと引き受ける。
本来相容れぬ存在であるはずの両者ではあるが、彼らには一つの共通点があった。
――それは同じ邪神を奉じているという事だ。
闇の牙は邪神の復活に奔走しており、それはヴァンパイアであるガーグにとっても有益な事だった。
神が蘇れば自身の力が増し、日の光すらも彼は恐れる必要がなくなるからだ。
「生贄はちゃんと用意してあるのだろうな?」
とは言え、プライドの高いガーグが無償で人間に手を貸す事はない。
それ相応の、ヴァンパイアを動かすだけの対価は求められる。
「勿論です。成人している処女を12名用意しました」
「くくく、いいだろう」
男の言葉に、ガーグは満足そうに目元を緩めた。
だがそれとは対照的に、彼の傍に控える女性が険しく顔を顰める。
「一つ宜しいでしょうか?」
「なんだ?」
「そのエルフの女――」
ローブの男は、先ほどから気になっていた事を尋ねる。
それはガーグの傍に控える金髪の女性――エルフの事だった。
「見た所、眷属化されていない様に見えるのですが」
ヴァンパイアは、血を吸った相手を眷属に出来る事で有名だ。
力を分け与えるため無尽蔵に増やす事は出来ないが、大抵の場合、自身の直ぐ傍に置く者を眷属化しているのが普通である。
しかしガーグの横にいる女からは、死者特有の負の力が発せられていなかった。
「大丈夫なので?」
エルフは自然と生きる種族だ。
それ故、彼らは世界の法則から外れる不死者を毛嫌いしている。
もはや憎んでいると言ってもいいレベルだ。
そんな者を眷属化もせず、近くに置く事は危険極まりない行為でしかない。
「ああ、問題ない。このエルフは私には逆らえんよ。呪いの契約を結んでいるかならな」
呪いの契約とは、特殊な呪術による契約だ。
一度結べば絶対の主従関係を強要する強力な物であった。
但しそれを強要する事は出来ず、お互いの同意の元でのみ交わす事の出来る契約となっている。
「エルフが……ですか?」
「ふ。なに、こいつの妹を上手く人質にとれたのでな。それで脅して契約したのだ」
「成程。それで」
「面白いぞ?眷属させると心まで完全に服従してつまらんが、呪いの契約は意志がハッキリしたままだからな。丁度いい。ローズ、お前の初仕事だ。人を殺させてやろう」
楽し気な主を、ローズと呼ばれたエルフは怒りの籠った眼差しで睨みつける。
それすらも愉快だと言わんばかりに、ガーグは楽しそうに目を細めた。
「話がそれてしまったな。それで、ターゲットは?」
「カナン家に滞在するペイレス家の関係者でございます」
「貴族の屋敷か。結界対策は出来ているのだろうな?」
貴族の屋敷には、外敵対策の結界が張ってあるのが常だ。
それを何とかしなければ、如何に強力な力を持つヴァンパイアと言えど手出しは出来ない。
「もちろんでございます。我らが盟主殿が生み出した呪具ならば、下位貴族の屋敷に張ってある結界など物の数ではございません」
ローブの男はそう言うと、黒い玉を懐から取り出した。
まるで光を拒絶するかの様な漆黒のそれからは、おぞましい力が溢れ出している事が一目でわかる。
「ほう……奴め、随分と面白い物を用意したな」
それを見てガーグがニヤリと笑う。
「手筈が整い次第贄を送りますので、我々はこれにて失礼させて頂きます」
そう告げると、男達は屋敷から去っていく。
カナン邸襲撃の準備を進めるために。
他領との境にある人里離れた山奥深くの森の中には、大きな屋敷が立っている。
その館の主は、人ならざる者だった。
月明かりだけの暗い森を抜け、そこに黒いローブを身に纏った一団が入っていく。
「お久しぶりでございます。ロード」
玉座を最奥に設置された謁見の間。
屋敷へとやって来たローブの男達が、屋敷の主の前で跪いた。
「何用だ?」
玉座に座るのは、黒の燕尾服を身に纏った美しい顔の壮年だった。
男からは、この世ならざる者の気配が醸し出されている。
玉座に座る者の名はガーグ・スイスイマー。
ヴァンパイアと呼ばれる存在だ。
ヴァンパイアは高い知能と能力を有し、魔物の中ではドラゴンに次ぐ力を持っていると言われている。
彼ら種族から見れば、人間などは只の食糧でしかない。
だが――
「我ら闇の牙に歯向かう愚か者がおります。既に高弟2名が葬られており、ここで手を引けば我らの名は地に落ちましょう。それでどうか、ガーグ様のお力をお借りしたいと参りました」
「ふむ……いいだろう」
ガーグは闇の牙の頼みをあっさりと引き受ける。
本来相容れぬ存在であるはずの両者ではあるが、彼らには一つの共通点があった。
――それは同じ邪神を奉じているという事だ。
闇の牙は邪神の復活に奔走しており、それはヴァンパイアであるガーグにとっても有益な事だった。
神が蘇れば自身の力が増し、日の光すらも彼は恐れる必要がなくなるからだ。
「生贄はちゃんと用意してあるのだろうな?」
とは言え、プライドの高いガーグが無償で人間に手を貸す事はない。
それ相応の、ヴァンパイアを動かすだけの対価は求められる。
「勿論です。成人している処女を12名用意しました」
「くくく、いいだろう」
男の言葉に、ガーグは満足そうに目元を緩めた。
だがそれとは対照的に、彼の傍に控える女性が険しく顔を顰める。
「一つ宜しいでしょうか?」
「なんだ?」
「そのエルフの女――」
ローブの男は、先ほどから気になっていた事を尋ねる。
それはガーグの傍に控える金髪の女性――エルフの事だった。
「見た所、眷属化されていない様に見えるのですが」
ヴァンパイアは、血を吸った相手を眷属に出来る事で有名だ。
力を分け与えるため無尽蔵に増やす事は出来ないが、大抵の場合、自身の直ぐ傍に置く者を眷属化しているのが普通である。
しかしガーグの横にいる女からは、死者特有の負の力が発せられていなかった。
「大丈夫なので?」
エルフは自然と生きる種族だ。
それ故、彼らは世界の法則から外れる不死者を毛嫌いしている。
もはや憎んでいると言ってもいいレベルだ。
そんな者を眷属化もせず、近くに置く事は危険極まりない行為でしかない。
「ああ、問題ない。このエルフは私には逆らえんよ。呪いの契約を結んでいるかならな」
呪いの契約とは、特殊な呪術による契約だ。
一度結べば絶対の主従関係を強要する強力な物であった。
但しそれを強要する事は出来ず、お互いの同意の元でのみ交わす事の出来る契約となっている。
「エルフが……ですか?」
「ふ。なに、こいつの妹を上手く人質にとれたのでな。それで脅して契約したのだ」
「成程。それで」
「面白いぞ?眷属させると心まで完全に服従してつまらんが、呪いの契約は意志がハッキリしたままだからな。丁度いい。ローズ、お前の初仕事だ。人を殺させてやろう」
楽し気な主を、ローズと呼ばれたエルフは怒りの籠った眼差しで睨みつける。
それすらも愉快だと言わんばかりに、ガーグは楽しそうに目を細めた。
「話がそれてしまったな。それで、ターゲットは?」
「カナン家に滞在するペイレス家の関係者でございます」
「貴族の屋敷か。結界対策は出来ているのだろうな?」
貴族の屋敷には、外敵対策の結界が張ってあるのが常だ。
それを何とかしなければ、如何に強力な力を持つヴァンパイアと言えど手出しは出来ない。
「もちろんでございます。我らが盟主殿が生み出した呪具ならば、下位貴族の屋敷に張ってある結界など物の数ではございません」
ローブの男はそう言うと、黒い玉を懐から取り出した。
まるで光を拒絶するかの様な漆黒のそれからは、おぞましい力が溢れ出している事が一目でわかる。
「ほう……奴め、随分と面白い物を用意したな」
それを見てガーグがニヤリと笑う。
「手筈が整い次第贄を送りますので、我々はこれにて失礼させて頂きます」
そう告げると、男達は屋敷から去っていく。
カナン邸襲撃の準備を進めるために。
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