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第10話 指名依頼

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ペイレス家での呪い解除から三か月。
あの後、いくらでも家にいてくれていいと言われたが、俺は早々に屋敷を後にしていた。

ペイレス家に食客として住み着いているなんて話がジョビジョバ家に知れたら、面倒な事になりかねないからだ。
せっかく貸を作っても、迷惑をかけてしまっては意味がないからな。

という訳で、冒険者として上を目指すべく俺は日夜仕事に励み、丁度二日前に俺は銀級に上がった所だった。
受付嬢曰く、3か月での昇級はこの支部の歴代最短だそうだ。

頑張った甲斐があるという物。
ま、王都にある本部の最短は一カ月らしいが。

それまで休みなく働いていたので、翌日は昇級祝いとして久しぶりの休日を堪能している。

で、休み明けに仕事を取りに顔を出した訳だが……

「あ、シビックさん!丁度良かった!」

青いギルド職員の制服を着た受付の女性が、俺を見るなり慌てて駆け寄って来た。
一体なんの用だろうか?

「どうしたんです?」

「それがですね……驚かないでくださいよ。実は……」

勿体付ける様に言葉を溜めてから、彼女は言葉を続ける。

「なんとペイレス家から!シビックさん御指名の御依頼がありまして!」

受付の女性が興奮気味に叫んだため、顏に唾が飛んできた。
ばっちぃなあ、もう。

まあだが、興奮する気持ちも分からなくはない。
ギルドは当然貴族からの依頼も受け付けてはいるが、ペイレス家程の大貴族の依頼が舞い込むなんて事はそうそうないからだ。

ああいう家は、ギルドに頼まなくても自前の騎士達や伝手で基本事足りるからな。

「はぁ……そうれで、どういった依頼ですか?」

一瞬呪いの解除が思い浮かんだが、たった三ヶ月でまた誰かが呪われたって事は流石にないだろう。
一度使ってしまった触媒はもう二度と効果を発揮しないそうなので、連続で呪いをかけられる可能性は限りなく低い。

「えぇ!?なんですその気の抜けた返事は!?ペイレス家からの直々の指名依頼なんですよ!」

俺が普通に返したのが気に入らないのか、受付嬢は目を見開いて顔を近づけて来る。
が、その頭に急にゲンコツが落ちて来た。
彼女は頭を押さえ、涙目で下がる。

「ミャンシー。騒ぎ過ぎだ」

「うぅ……だってマスター。ペイレス家からの指名依頼なんて、初めての事なんですよぉ」

彼女にゲンコツをしたのは、ギルドマスターだった。
相変わらずガラの悪い輩の様な見た目だ。
初対面の人間では、彼がギルドのマスターだとは絶対に気づけないだろう。

「だってじゃねぇよ。そもそも、依頼主の名前を大声で吹聴するな」

もっともな意見ではある。
見た目と違い、中身は常識人っぽい。

「すいません。つい興奮しちゃって」

「気を付けろ」

ギルドマスターは受付の女性――ミャンシーに、自分から話すからお前は仕事をしてろと言って追い払う。
そしててカウンターの奥にある部屋。
自らの執務室へと俺を案内する。

「飲むか?」

ソファーに座ると、ギルドマスターが奥の棚にあるウィスキーの入った瓶を手に取り、楽し気に左右に振る。

「いえ、結構です」

朝っぱらからそんな物を進められても困るわ。

「いい酒なんだがな」

マスターは俺の前に座ると、瓶の蓋を開けて中身を一気に煽る。
これから仕事の話をしようってのに、禄でもねーな。
この人。

「かーっ!うめぇ!おっと、言っとくが酒が好きだから飲んでる訳じゃねぇぜ」

「じゃあ何だって言うんです?」

美味そうに酒を飲んでおいて、好きで飲んでる訳じゃないとか無理がある話だ。

「酒精系のスキルを知ってるか?」

「はい」

確か酒精と名を冠するスキルは、酒を飲む事で能力が増すと聞く。
態々その名を出したって事は――

「俺は【酒精剛力】を持ってんのさ。こいつは酔えば酔う程、身体能力が上がるって代物でな。俺はマスターとして、常に酒を飲んで外敵に備えてるって訳だ」

「成程。そうだったんですか」

うそくさ!

スキルは嘘ではないのだろうが、酒はどう考えてもそれを理由にして飲んでいるだけにしかみえない。
大体こんな大都市に、ギルドマスターが出張らなければならない様な緊急事態なんて早々ある訳ないしな。

「ま、という訳で仕事の話だ」

と言いつつ、彼は再び酒を煽る。

「実はお前さんに、ペイレス家から護衛の仕事依頼が入ってる」

「護衛ですか?」

「ああ。ペイレス家の御子息達が、親戚筋であるカナン家を訪ねるそうだ」

カナン男爵領はペイレス領の南に位置し、距離的には馬車で3週間ほどの場所にあたる。
そこには現ペイレス家当主の姉――ケインさんやセーヌの伯母に当たる人物が嫁いでいた。

――恐らく二人の事を心配していた伯母に、ケインさん達は元気になった姿を見せに行くつもりなのだろう。

かなり病弱な方で、今では嫁ぎ先から殆ど動けないと聞くからな。

「人手が少し足りないそうだ。そこで護衛の手伝いって事で、お前さんに声がかかった訳だ」

 「成程」

ペイレス家としては、闇の牙の襲撃も考えて、少しでも警護を厚くしたいのだろう。
だから俺に声をかけた。

――護衛に求められる物は二つある。

強さと。
そして信頼だ。

いくら腕が立っても、信頼できない相手では話にならない。
雇った護衛が実は賊の手先でしたなんて事は、遥か昔からある話だからな。

その点俺は元名門ジョビジョバ家の人間で、セーヌ達の呪いを解いた命の恩人に当たる。
信頼するには十分と言っていいだろう。

「向こうでの滞在期間と合わせて、約2か月の仕事になる。受けてくれるか?」

大貴族からの依頼とは言え、ギルドからの強制力はない。
だからその気になれば断る事も出来た。
まあその場合、ギルドからの印象は相当悪くなってしまうが。

ま、断る理由はないので――

「分かりました。お受けします」

笑顔で二つ返事を返しておく。

「おう、助かるぜ。この仕事が終わったら、金級の推薦状を書いてやるから頑張ってくれ」

「金級の推薦状ですか?」

冒険者ギルドでの階級は、能力と貢献で決まる。
銀級までは支部の裁量で昇級させて貰えるが、金級に昇る為には王都に向かう必要があった。

「大貴族様の仕事をこなしたとなれば、ギルドへの貢献は十分だからな。後はお前の腕次第だ」

銀に上がるのとは違い、金への昇級には王都でのかなり厳しいテストに合格しなければならないと聞く。
一発で合格する事は難しく、推薦を貰ったとしも、何年も上がれない事も珍しくないそうだ。

「ま、ペイレス家に直接指名される男なら。きっと一発合格も夢じゃないだろう」

一発合格か……

まあ【ズル】を使うのなら、確かにそれも可能だろう。
戦闘だけではなく、他にも色々悪さの出来る凡庸性の高いスキルだからな。

とは言え、そこまでして急いで金に上がりたい訳でもない。
もし受けるなら、スキル無しの純粋な自分の実力で挑む事にしよう。
ちょっとした腕騙しって奴だ。

ま、そうなると流石に一発合格は厳しいだろうが。

強さだけではなく、知識や応用力なんかも求められるだろうからな。

「そう言う訳でシビック。この支部に所属する銀級冒険者の実力を、ペイレス家に示して来てくれ。期待しているぞ」

そう言うと、ギルドマスターは手にしたウィスキーの残りを飲み干した。
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