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第3話 獣人

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バッドラビットは、畑を荒らす草食系の魔物だ。
大した強さではないが、剣を持たない農家の人間では追い払う事は出来ても、退治するのは少々難しい。

そのためギルドに討伐依頼が回って来るのだが、その報酬は雀の涙程度だ。
更にバッドラビットは草食の癖に肉も硬くて食えたものではなく、魔石――魔物の心臓の様な物で、魔道機などのエネルギー源になる――も小さかった。

――つまり、狩っても全く金にならないのだ。

真っ当な冒険者なら、まずこの仕事を受ける事はないだろう。
それが分かっているから、ギルドも初心者を騙す様に最初にお勧めしてくるという訳だ。

「もっと依頼料を上げりゃいいのに……って、無理かぁ」

農家の人間が直接支払える額など、微々たる物でしかない。
領主や国からの公的補助が無ければ、依頼料を上げるのは難しいだろう。

「農業は国の根幹だってのに……国は魔物の強さだけで補助金を決めてるからな」

人死にもなく。
ある程度対策していれば致命的な被害のでない魔物退治に、国は金を出してくれないのだ。

ジョビジョバ領じっかでもちょくちょく嘆願書が上がっていた様だが、完全に放置状態だった。

「ま、いいや。仕事に集中しよ」

淡い月明かりの中、俺は気配を殺しながら依頼主の畑を巡回する。
こんな時間なのは、バッドラビットが活動するのが深夜である為だ。

暫く巡回していると、柵を破って畑に侵入してくるウサギの姿が見えた。

ターゲットの魔物――バッドラビットだ。
サイズは人間の子供ぐらいで、その口からはみ出た前歯は鋭い。

奴らはその鋭く硬い歯を使い、畑の周りに立てている柵を嚙み千切って侵入してくる。
草食なので自分から進んで人間を襲ったりはしないが、食事を邪魔されれば容赦なく攻撃してくる程度には狂暴だ。

まあ、腐っても魔物だからな。

「悪いけど。腹が減ってるんなら森で雑草でも食っててくれないか?」

勿論人間の言葉などは通じない。
声をかけたのは、なんとなくだ。

「ぎぃぃ!」

「ぎゃぎゃ!」

ウサギの数は3匹。
食事の邪魔をされる事を理解しているのだろう、奴らは雄叫びを上げて此方へと突っ込んで来た。

「魔石は無理にしても、せめて肉が旨けりゃなぁ」

俺は剣を引き抜き、一瞬で3匹とも始末する。
子供の頃から高水準な剣の教育を受けて来ているのだ。
天才ではないとはいえ、流石にこんな雑魚相手に梃子摺てこずったりはしない。

「取り敢えず、魔石を回収して死体は荷車に乗せておくか」

討伐の証なら耳をそぎ落とすだけでいい。
だが腹を開いた魔物――魔石を取り出す為――の死体を、畑けの周りに放置しておくのは流石に気が引ける。

俺は遺体を紐で結んでズルズルと引っ張り、用意していた荷車へと乗せる。
そして再び畑の巡回を再開した。
足跡から5匹以上は居るとの事なので、最低後2匹以上は仕留めなければ仕事は終わらない。

「ん?」

再び魔物を狩り、その遺体を運んで戻る。
すると、荷車の上で何かが動いているのが見えた。
人間の様なシルエットだが、どうも魔物の死体に齧りついている様に見える。

「人型の魔物?」

サイズは人間の子供程だった。
パッと思いつくのはゴブリンだが、奴らは光合成をする植物タイプの魔物だ――緑の肌はそのため。
狂暴であるため人間に襲い掛かっては来るが、特に肉を食べたりはしないはず。

――俺は気配を殺し、ゆっくりと近づいてその正体を確認する。

「獣人か!?」

動いている物が何か気付き、俺は思わず声を上げてしまう。

人とほとんど変わらない姿に、獣の耳と尻尾。
見るのは初めてだが、それは完全に獣人の特徴と一致していた。

それまで必死にバッドラビットの死体に齧りついていた獣人の子供は、俺の声に驚いて飛び退き、牙をみせて「うー、うー」と唸り声をあげて此方を威嚇して来る。

「悪い。驚かせちまったみたいだな」

俺は両手を上げ、敵意がない事を相手に示す。
獣人の子供はそんな俺を見て、数度鼻を鳴らしてから警戒を解いた。

「お前からは、嫌な臭いがしない」

獣人は自分に敵意があるかどうかを、匂いで判断するという。
噂には聞いていたが、本当だった様だ。

「一つ聞いていいか?何故獣人の君がここに? 」

獣人は亜人種だ。
その特殊性から人里から離れた場所で生活し、彼らの生活環境は王国の名の下に保護されている。
そんな獣人が人間の生活圏に現れるのは、とても珍しい事だった。

――外の世界だと、人間と揉める事が多いからな。

亜人という事で、それに悪意をもって接する人間も多い――保護されているのはあくまでその生活環境であって、彼ら自身は一般人として扱われる為だ。
当然獣人達もそれを理解しているので、余程の事が無ければ保護区画から出て来る事はない。

「姉ちゃんに……会いに来た」

「姉ちゃん?」

「姉ちゃんは人間と結婚して、里を出て行った。だから俺……会いに来た」

「一人でか?」

少年は10代前半位の子供だ。
獣人は身体能力に優れた種族だが、流石にこの年齢で里を出て一人で行動するのは無理がある様に思える。

「皆には反対されたけど、一人で飛び出して来た」

つまり家出って訳か。
無茶するな、全く。

「君のお姉さんは、この辺りで暮らしてるのか?」

まあ子供を放っておくわけにもいかないので――勝手に依頼主の畑に入ってもいるし――近場なら、後で俺が連れて行ってやろう。

「たぶん……ペイレス領のどこかだと思うから」

ペイレス領の何処かって、どんだけ広いと思ってるんだ?
完全に見切り発進じゃねーか。
そんなふわっとした手掛かりだけで探すとか、普通ならあり得ない。

だがまあ、相手は小さな子供だ。
多少抜けているのは仕方のないの事なのかもしれない。

「里に戻った方がいい。保護区までは俺が送るよ」

流石に、居場所が分からない姉探しを手伝う気にはなれなかった。
保護区までは少々距離があるが、獣人の子供一人で放り出すのもアレだ。
誰か悪い奴に絡まれるかもしれないし、俺が送って行ってやる事にする。

「やだ……」

俺の言葉に、少年は不貞腐れた様にぷいと顔を横に向ける。
まったく、困った子供だ。

「獣人の子供が一人でうろついてると、悪い奴らに捕まっちまうぞ」

ちょっと怖めの忠告をする。
大抵、子供はこういった話が苦手なもんだ。
お化けが出るぞー、的な。

「どって事ない。さっきだって、隙を見て逃げ出したし」

さっき?
隙を見て逃げ出した?
まるで既に誘拐されていた様な口ぶりだ。

暗くてよく見えていなかったが、よく見ると少年の手足には痣がいくつも出来ていた。

という事は――

「お前、まさか――」

誘拐されてたのか?
そう言おうとして途中で言葉を切り、俺は口を閉ざした。

足音が聞こえたからだ。
そんな俺を、獣人の少年は不思議そうに見てくる。

――こいつ獣人なのに、俺より耳が悪いのか?

そう言えば、俺の接近にも気づかなかったな。
まだ子供だからだろうか?
俺は口元に人差し指を当てて、喋らない様ジェスチャーで指示する。

聞き耳を立てて、足音をよく聞く。
その数は8……いや、9か。
9人分の足音が、まっすぐ此方へと向かって来るのが分かった。

――たまたま?

あり得ない。
ここは柵に囲まれた畑だ。
そこに侵入した人間が、真っすぐにこっちにやって来るのが偶然なわけがない。

少年の方を見る。
その首には、金属製の首輪の様な物が付いていた。

恐らくこれのせいだ。
居場所を知らせるマジックアイテムの類なのだろう。

「やれやれ、面倒な事になったな。悪いんだけど、ちょっとそこの影に隠れててくれるか?」

荷車の影に隠れるよう少年に指示し、俺は直ぐ傍まで迫っていた侵入者の方へと向かう。
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