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神国編

第44童 使者

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「ん?なんだ?」

王都の北に建てられたガザム要塞。
その東の見張り塔から、外の様子を伺っていた若い兵士が呟いた。
双眼鏡の様なマジックアイテムで見通す遥か東の空に、何かが飛んでいる事に気づいたからだ。

「どうした?」

見張り塔には二人一組で昇る事になっていた。
人間の視界は思ったよりずっと狭い。
死角をカヴァーする意味で、見張りは基本2人1組で行われる。

「いや、何かが此方に飛んで来る様なんですけど……ちょっと遠くて良く分からないな。まあ多分鳥かと」

双眼鏡を使っても、距離が離れすぎていて良く分からない。
だがそれが砦に向かって飛んで来ているのだけは間違いなかった。
若い兵士はそれを渡り鳥か何かだと判断する。

「鳥ぃ?この糞寒い中飛んでるか?ちょっと変われ」

だがもう一人の――壮年のベテラン兵士はそうは思わなかった様だ。
外は雪景色一色だった。
この辺りに冬鳥はおらず、夏の間に居る様な鳥は冬になると温かい南へと旅立ってしまう。
その事から、同僚の判断に疑問を抱いた彼は担当範囲を変わって確認する。

見張りの方角を変えたベテラン兵士が飛来してくる影をじっと眺める。
遠すぎて最初は分からなかったが、5分もそれを見張り続けているとやがてシルエットがはっきりして来た。

「あれは……まさかワイバーン!?」

「まさか!?こんな所に!?」

カレンド王国北部にワイバーンは生息していない。
温かい南の地方に生息するのが常だ。
それが冬の寒い中、東から飛来するなど通常では考えられない事だった。

「間違いねぇ!」

ベテラン兵士はもう一度改めてそのシルエットを確認する。
その上で、それがワイバーンであるとハッキリと断言した。
彼は元々南部の出であるため、その姿を知っているからだ。

「しかも10匹近くいやがる!急いで報告だ!」

ワイバーンは強力な魔物だ。
襲撃されれば要塞と言えど被害が出てしまう。

「わかりました!警報を!」

「おいよせ!」

「なんで止めるんですか!?」

若い兵士が見張り塔に設置されている小型の鐘を鳴らそうとしたが、ベテランの兵士がそれを止めた。
見張り塔に設置してある鐘を鳴らすと、砦全体に大音量の警戒音が発せられる様になっている。
緊急時はそれを使って危険を知らせるのだが、今それを使うのは非常に不味かった。

「警報が鳴り響いたら、此処に向かって来てる神国の人間に聞かれちまうだろうが!」

この砦では、明日同盟の調印式が行われる事になっていた。
その受け入れは本日行われる予定だ。
つまり、予定通りなら既に相手はこの近くまで来ている可能性が高かった。

砦から大音響が響けば、当然相手を警戒させる事になる。
場合によっては、そのまま引き返してしまう可能性すらあるだろう。

「兎に角、下に降りて隊長に連絡だ!」

軽率に鐘を慣らして調印式がご破算になった日には、目も当てられない。
当然その責任を見張り程度が負える訳もないので、ベテラン兵士は急いで下に知らせる様に指示を出した。

「分かりました!」

若い兵士が梯子を滑る様に降りていく。
見張り塔はそこまで大きな物ではないので階段は設置されていない。
昇降は全て梯子によって行われる。

「ちっ。なんだってこんなタイミングで、こんな訳の分からねぇ事が起こりやがるんだ」

ベテラン兵士は再び双眼鏡を東の空へと向けた。
ワイバーンのシルエットははどんどんと大きくなって来る。
このままだと、後10分もせず砦へと辿り着いてしまうだろう。

警報を鳴らさなかったのは失敗だったか?

そんな思いが彼の脳裏に過る。
この砦にはワイバーン達に十分対応出来る戦力があるとはいえ、相手は機動力に長けた魔物だ。
対応が遅れれば手こずる可能性は高い。

「まだ来ちゃいねぇが……」

双眼鏡を動かし、使者が来るであろう辺りの様子も伺う。
神国の人影はまだ見当たらない。
ならば彼らがこの砦に到着するのは早くとも1時間以上先の話だ。

急ぐ必要は無い。
とは言え、ワイバーンに余り手こずってしまう様だと、此方の防戦姿を彼らに晒す事になってしまう。

安全性に問題ありと判断されれば、此方の面目は丸つぶれだ。

「まあそれは上が考える事か」

しがない下っ端が考えても仕方ない。
そう思い、ベテランの兵士はワイバーン達を見張り続ける。

「ん?」

ワイバーンが此方へ近づくにつれ、シルエットだけではなく色合いもはっきり見えて来る。
彼の知るワイバーンはくすんだ灰褐色をしているのだが、近づいてくるそれは銀色に輝いている様に見えた。

それだけなら光の加減とも言えたが、先頭を飛ぶワイバーンの背には何かが立っている。
それはまるで旗の様に見えた。

見間違いかとも思い。
ベテラン兵士は首をかしげつつ、目を凝らして確認する。

「まさか!?」

更にワイバーンが接近し、それがどういう物かハッキリと見える様になると、見間違いなどではない事を確信する。
その背に立っていた物は旗で間違いなかった。

しかもその印は白い旗に赤い丸が記されている。

「神聖国の旗?まさかあれに乗ってるのか!?」

神聖国の旗印を事前に知らされていた兵士は慌てふためいた。

使者の人間が今日やって来る事。
そして飛来するワイバーンの背に立つ相手国の国旗。
その二つの条件が重なり合って出た答えに。

「巨大な竜を操るって噂は、本当だったのか……」

事前に巨大な竜を操る国という噂を聞いていなければ、上記の結論には絶対に至れなかっただろう。

「って、呆けてる場合じゃねぇ!こりゃ不味いぞ!!」

下で慌ただしく兵士達が動き回っているのが、塔の上からでも分かる。
ワイバーンを撃退するための弓兵と魔導士を招集しているのだろう。

「早く止めないと!」

絶対の確証はないが、ほぼ間違いなくあのワイバーンには神聖国の人間が乗っている。
それに気づかず攻撃を仕掛けてしまったら大事になるだろう。
間違いなく戦争だ。

巨大な竜やワイバーンの群れに立ち向かう自分達カレンド軍の姿を想像し、兵士は身震いする。

「それでなくとも帝国との戦争が再開しそうだってのに、巨大な竜の相手迄するなんてシャレにならねぇ」

兵士は素早く梯子を滑り下りる。
自分の見た物を上の人間へと伝えるため、大わらわになっている砦内を素早く駆け抜けた。
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