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第8童 タラン村

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「サラ!無事だったんだな!」

「カイルさん!」

村に着くと、此方に気づいたのか、サラと同じ様な質素な麻の衣類を身に付けたオレンジ頭の青年が此方へ駆け寄ってくる。
サラは迷わずその青年の胸に飛び込んだ。

「良かった。本当に良かった」

「お父さんとお母さんが逃げなさいって……うっ…ぐっ」

亡くなった両親を思い出し、サラが嗚咽を漏らす。
彼女の両親は、自ら囮になって幼いサラを逃がしていた。
状況的に、恐らくはもう生きてはいないだろう。

「貴方は……魔道士様ですか?」

「俺は勇人って言います」

魔道士かどうかには敢えて触れず、俺は名を名乗る。
俺の使っている魔法がこの世界の魔法と同一とは限らないので、あえて自分から魔道士と名乗るのは避けておいた。まあ、あんまり意味はない気もするが一応ね。

因みにこの世界には苗字が無いっぽい。
少なくともサラの住む村ではそうなので、俺もそれに合わせて苗字は付けず名前だけ名乗っておいた。

「サラを救ってくださったんですね。ありがとうございます」

感謝の言葉とは裏腹に、カイルの視線には険が含まれていた。
異世界の作法は来たばかりの俺にはまだよく分かっていないので、何か無作法な事でもしてしまったのかもしれない。

「サラちゃん!」

「良かった!無事だったのね!」

サラの姿に気づき、黒髪の女性と紫髪のおばさんが声を上げて駆け寄ってきた。
オレンジといい紫といい、この世界の人間は随分とカラフルな髪色をしている。
だが髪に比べて服装は地味だ。
二人共麻で出来た目の荒い無地の衣服を身に着け、足元は草鞋の様な物を履いていた。

この村が貧しいのか、それともこの世界の産業レベルが低いのか。
どちらにせよ、現代日本の様な生活は望めそうになさそうだ。

気付くと其処彼処から村人が現れ、サラに駆け寄ってくる。
その数ざっと11人。
男3人に女7人、それに男の子が一人。
全員麻で出来た服に草鞋とお揃いの出で立ちだ。

「あんた魔道士か!」

その内の1人が、まるで視線で射殺ろさんばかりの眼差しを俺に向ける。
いや、1人じゃない。
男の声に合わせてサラ以外の全員が、まるで憎しみの篭った瞳で此方を睨みつけてくる。
俺はその異様な雰囲気にたじろぎ、思わず後ずさる。

何だこの村、魔道士嫌いの集落か?

田舎という物は、外から来た人間を拒絶する傾向にあるとネットで見た事はあるが、これは嫌われるとかそんなレベルじゃない。
ほぼ全員が、親の仇を見る様な目つきだった。

何をやったら此処まで嫌われる事が出来るんだ?
まさか魔道士はミノタウロスの親戚に当たるとか?
んな訳無いよな。

「今更のこのこやって来やがって!俺達が何の為に高い税を納めてると思ってるんだ!?」

「へ?」

税?
何の話だ?
俺はこの世界に来てから、1円たりとも誰かから貰った覚えはないんだが?

「そうよ!村がこんなになってからのこのこ現れるなんて。ふざけるんじゃ無いわよ!」

村人が次々と不平不満を口にし始める。
それらの罵りを首を傾げながら聞いていると、ある程度話が見えて来た。

国が組織する、危険な魔物を狩って治安を守る部隊には魔道士が必ず1人は配属されているらしく。どうやら村人達は俺をその部隊の魔道士と勘違いしてる様だった。
そのため、村が滅茶苦茶になってからのこのこ現れた俺に村人達は激怒している様だ。
確かに全てが終わってからのこのこやって来たんじゃ、腹も立つだろう。

俺は何も言わず、黙って彼らの罵りを受け流す。
今俺が何を言っても、興奮している彼らには届かないだろう。
余計怒らせるだけだ。

それに憤懣遣る瀬無い思いを抱く彼等には、捌け口が必要だ。
彼らの背後に広がる村の光景は悲惨なものだった。
建物は軒並み破壊され、中には血の跡が付いている物も目につく。

罵る事でそれが少しでも鎮まるならば、黙って聞いてあげる事にしよう。
俺からすれば、関係ない他人の悪口だから特に気にはならないしな。
中には短足だとか不細工だとか混ざっているが、俺とは関係ない悪口に決まっているので聞かなかった事にしておく。

「皆んなもうよさないか!!」

罵詈雑言はいつまでも続くかと思われたが、鼓膜が痺れる程の大声によって遮られる。
声の主はカイルだった。

「起こってしまった事はどうしようもない事だ」

「け、けど!こいつ等がちゃんと仕事をしてればこんな事には!!」

「そうだそうだ!」

「彼はサラの命の恩人だ。それに、サラも怯えてる。どうかみんな堪えてくれ」

気づかなかったが、確かにサラは体を小刻みに震わせカイルにしがみ付いていた。
九死に一生を得てやっと村に帰り着いたというのに、村人がこうも殺気立っていたのでは無理もない。

「分かったよ、カイル」

周りの人間もサラの様子に気づきクールダウンする。
誤解を解くなら今だろう。
このまま放っておくと、流れで村から追い出されそうだ。

「あのー、ちょっといいかな?」

「ああん!?」

目つきの鋭いピンク頭が俺を睨みつける。
男の癖にピンクってどうよ?とは思わなくもないが、地毛ならまあしょうがないか。

「勘違いしているみたいだけど、俺はあんたらのいう魔道士じゃないぞ」

「てめぇ!何言ってやがる!」

「俺は別に国に雇われてないし、ここに来たのは偶々何だが」

「はぁ?そんな格好して何言ってやがる!」

格好?
俺は自分の服装を確認する。
赤い長袖の柄シャツに黒の綿パン。
至って普通の格好なのだが、ひょっとしてこれが魔道士っぽいのか?

「あんた、本当に魔道士じゃないのか?」

魔道士はこういった感じの制服を身に着けているのかと首を捻っていると、カイルが驚いた様に聞いて来る。

「ああ、魔法は使えるけど。君らのいう魔道士じゃないぞ、俺は。というか何で俺の事を魔道士だって思ったんだ?」

彼らは俺を見て、一目で魔道士と勘違いしている。
その理由を聞いておかないと、この先も勘違いされ続けてしまう事になってしまう。
それを避ける為、俺は彼らに理由を尋ねた。

「なんでって、そんな仕立てのいい服着てたら誰だってそう思うだろう」

カイルの代わりにピンク頭が答える。
その目に先程までの剣呑さはない。
とは言え、俺の言葉を100%信じたわけではない無いのだろう。
その眼差しは胡乱気だ。

服装か……

改めて自分の着衣を確認する。
身に付けている物は別に安物ではないが、決してハイブランドでもない。
一般的な服装といっていいだろう。
だが村人の着ている荒い麻の服に比べれば、確かに良い生地を使ってると言える。

しかしいい服着てるから魔道士って。
国に使える魔道士は高給取りという訳か。
実に羨ましい限りだ。

俺も国に仕えたら……ま、無理か。

魔法は使えるが、戸籍もない様な奴が国に仕えるなんざ夢のまた夢だろう。
いやまあ軍人とか規律が厳しそうだから、仮に入れる事になっても断るけど。

「武器も持たずにそんな高価な物を身に付けているのは、貴族か魔道士ぐらいのものだからな」

貴族が護衛も付けずこんな辺鄙っぽい場所に来るわけがない事を考えると、消去法で魔道士って事になった訳か。

「あんた本当に野良の魔道士なのか?」

「ああ」

野良ってのは、フリーのって意味だろう。
多分。
その線で話を進めて行く事にする。

「この服は貰い物でね」

服を摘まんで貰い物アピールしておく。
話し振りから野良魔道士は国に雇われている奴より貧しいっぽいし、貰った物にしておいた方がいいだろう。

「そうか、すまなかった」

カイルが完全に誤解だったと分かり、深く頭を下げる。
周りの奴らも物凄く気まずそうだ。

「ああ、気にしなくていいよ。紛らわしい格好をしてた俺も悪かったしな」

「いや、勘違いとはいえ俺達は君を散々罵ったんだ。本当にすまない」

「別に頭を下げなくたっていいって。大体罵ってたのは国の魔道士の事だろ?俺には全然関係ない話だし、他人の悪口聞かされても俺は何とも思わないさ。但し短足だの不細工だの言った奴は許さないけどな」

冗談交じりに言った最後の言葉に、ピンク頭が激しく反応する。

「ええっ!?」

どうやら犯人はピンク頭だった様だ。
明らかに俺より顔面偏差値低そうな顔してる癖に、よく人の事を不細工呼ばわり出来たものだ。足だって……

なっが!
こいつ滅茶苦茶足長いじゃねーか!
不細工な癖に!!

何だか敗北感に包まれ、奴を睨み付ける。
それを俺が悪口に怒っていると勘違いした様で、奴は手を大きく振ってわたわたと言い訳を始めた。

「いやいや違う違う、あれは国の魔道士に向かって言ったんだ。その証拠にあんた不細工じゃないし!足だって…えーっと……短くはないんじゃないかな?いやほんと、あんたに言ったんじゃないからな!」

そこは詰まらず言い切れよ。
確かにお前ほど長くはないが、別に短くもねーっての。

ピンク頭の慌て様に、周りの村人がくすくすと笑い出す。
え?そうだよね?
まさか俺の足を見て笑ってる訳じゃないよね?
この状況下でそれは無いよね!?

そんな不安を抱えながら、俺はタラン村へ賓客として迎えられたのだった。
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