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第7話 魔竜アングラウス

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翼の生えた女性。
魔竜アングラウスがその指先を俺に無造作に向けたかと思うと――

次の瞬間俺の視界がブラックアウトする。

どうやら奴に上半身を吹き飛ばされてしまった様だ。
もっとも、俺の肉体は一瞬で回復するが。

「弱っちいな。一万年前のお前はこんなに弱かったのか?」

「……」

過去に戻った今の俺と、魔竜アングラウスにはどうしようもない程隔絶した力の差がある。
不死身だから死にはしないが、現状では戦いにすらなならないだろう。

「はぁ……リベンジマッチと考えていたのだが、これでは倒す意味がまるでないな」

「……何故だ?」

溜息を吐き、詰まらなさそうにする魔竜に俺は問いかける。

「何故お前がここにいる?」

と。

俺の投げかけた疑問は当然の物だ。
奴はエターナルダンジョンのボスで、崩壊型ダンジョンの魔物ではない。
本来ならダンジョンの外には出られない存在なのだ。

だが奴はこの場にいる。
しかもその口ぶりはまるで――いや、間違いなく時間が回帰する前の事を覚えていると思われる物だ。

「なぜ回帰前の事を覚えている?」

「くくく……何故だと思う?」

アングラウスが黒髪をかき上げ、揶揄う様に問い返して来た。
その様子から殺気を一切感じないので、問答無用で暴れる気はない様だ。

……それだけが救いだな。

奴に本気で暴れられられたら、今の俺にそれを止める術はない。

「それが分かるなら聞いてはいない」

「やれやれ、つまらぬ返事だな。少しは考えたらどうだ?」

現状は全く理解不能な状態だ。
考えた所で答えなど出る筈もない。

「まあいい。クロノスの懐中時計は我を倒して手に入れたのだろう?そのアイテムの効果が、元々所持していた我にも影響を及ぼした。だから覚えているのだ」

確かに、時間を巻き戻したアイテムは奴からドロップした物だ。
まさかのあの時計に、落とした魔物すら回帰させる効果があったとは……

「だから言っただろう?また会おう、とな」

「……」

確かに。
アングラウスは最期にそう言っていた。
つまり奴は、時計の効果が自分にも及ぶ事を最初っから知っていたという事か。

「我が外に出れた理由についてだが……それは力づくで聞き出してみるがいい」

「……」

アングラウスが挑発する様に俺に一歩近づく。
だが殺気や敵意の様な物は感じない。
これも揶揄っていると思って間違いないだろう。

「やれやれ、焦る素振り一つ見せんか。まあいい、安心しろ。今のお前と戦う気はない。何せ弱すぎるからな」

弱いから相手にしない。
アングラウスはそう言い放つ。

ここは弱くてよかったと、そう素直に考える事にする。

もし力をそのまま引き継ぎ、お互い全力でぶつかっていたらどうなっていた事か。
家からそれ程離れていない場所でそんな戦いをしたら、きっと母さんや憂の身に危険が及んでいただろう。

とは言え――

俺とは戦わないとは言ったが、魔物である奴が何をするかは分かった物ではない。
先程も山を吹き飛ばした事を考えると、無差別に暴れて周囲を焦土に変える可能性は十分考えられた。

出来るだけ速やかに家に戻って、母さんと、それに憂を何とかして遠くに運ばなければ……

いや、憂は運べない。
なら何とかして、奴を此処から遠く離れた場所に誘導しないと。
暴れるのなら別の場所で暴れて貰う。

他所で莫大な被害がでるだろうが、俺にとっては家族が最優先だ。

「まあそう浮足立つな。別に無差別に暴れるつもりは無い」

「山を吹き飛ばしておいてか?」

俺は吹き飛んだ山の方を見る。
あんな真似をしておいて、暴れるつもりがないと言われても説得力は皆無だ。

「ああ、あれは事故だ。外に出たはいいが、着地に失敗してしまってな。意図してやった事ではない。だいたい、今暴れていないのがその良い証拠だと思わんか?そもそも……今のお前を騙して何の得がある?」

「まあ……確かに」

どこまで信用しては良いかは分からないが、少なくとも奴が今の俺を騙す意味はないと言うのには同意する。
なので、少なくとも今暴れる気が無いというのは事実と判断してもいいだろう。

「こんな場所で立ち話もなんだ。お前の家に招待しろ」

「は?」

「何を驚いている?我は外の世界をあまり知らんからな、しばらくはお前に厄介になるつもりだ。暴れずの対価としては悪くない話だと思うがな」

「ふざけるなよ……」

アングラウスの様な危険な生き物を、母や妹の近くに寄らせる訳にはいかない。
今暴れる気が無いと言って、いつ気が変わるか分からない様な相手だ。
それならどこか知らない場所で暴れまわって貰った方が遥かにマシである。

「なんだ、嫌なのか?では自分で見つけるとしようか。我は鼻が良いからな。お前や、お前に近い匂いを見つけ出すのは容易い事だ。どれ……」

アングラウスが鼻を引くひくさせる。
そして俺の家のある方向を見つめ――

「この方角から、お前に近しい血縁者の匂いがするな」

「……」

「くくく、そう怖い顔で睨むな。お前の家族に手は出さんと、このアングラウスの名にかけて誓おう。我が自らの名に懸けて誓う以上、この誓いは絶対だ」

アングラウスの額の宝玉が輝く。
その光には力があった。
それは、魔竜自体を縛る誓約の力。

それが俺には本能的に理解できた。

「何でそこまでする?」

アングラウスの行動は完全に理解不能な物だった。
自らに制限をかけてまで、俺を信用させる意味など奴にはまるでない。

「敬意だ。お前は我を倒した。その強者に対する尊敬の念と言っていいだろう」

真っすぐに俺の目を見て、奴はそう言う。

「分かった」

力の差が圧倒的にある以上、主導権は奴にある。
その上でここまで誠意を見せたと言う事は、その言葉に嘘偽りはない考えていいだろう。
少なくとも、誓いの縛りがある以上家族への害はない。

なら信用してもいいだろう。
ま、絶対的に安全とは限らないが。
保証されているのはあくまで俺を今倒す気がないのと、家族に手を出さないという事だけだからな。

「ああ、言っておくが……お前へのリベンジはいずれさせて貰うぞ。今は弱いから戦わないだけだ。それは忘れるなよ」

「分かった」

「では、お前の家に案内してもらうとしようか」

ここで立ち話をしていたのでは、異変に駆け付けた警察や自衛隊と遭遇する事となる。
魔竜と一緒に目立つ気は更々ないので、俺は素直に奴を家へと案内した。

やれやれ。
やるべき事は腐る程あるってのに、そこにアングラウスとの事まで加わってしまうとはな。
厄介な話である。
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