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2巻

2-3

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「さあ! 先代魔王様の仇討かたきうちです! 人間を皆殺しにしてやりましょう!」
「するか!」

 なんで俺が会った事もない――記憶は垣間かいまたが――魔王の仇討ちをせにゃならんのだ?
 まあ、こいつからすれば、自分の親を殺されたに等しい訳だから、仇を討ってほしいという気持ちは分からなくもない――その割に、少々反応が軽い気もするが。
 だが、管理者たる魔王が、管理する対象の人間を皆殺しにしてどうする?
 ――いや、俺は管理とかしないけども。

「ぇー」
「ぇー、じゃねぇよ。後、俺は魔王として何かやる気なんかないぞ」
「にゃんですと!」
「騙し討ちみたいな形で引き継がせておいて、魔王をやれだとか、ふざけているにも程がある。だいたい、管理なんていらないだろうが」

 管理などなくとも、現在、人間は普通に暮らしている。ダンジョンからの魔石――エネルギー――の供給さえあれば、特に大きな問題はないのだ。
 数百年、数千年後は分からないが、少なくとも、今俺が何かする必要があるとは、到底思えない。

「ぬぅぅぅぅ……分かりました。百歩譲って、人間の管理は後回しでいいです! ですが! 『聖遺骸せいいがい』の回収だけは絶対にしてください! 放置しておくのは危険すぎますから!」

 ピータンが口にした聖遺骸とは、女神の遺体の事だ。
 女神は死後、その肉体を五分割され、それぞれのパーツを五人の魔王が保管していた。
 ――正確には、その肉体はまだ生きているのだが。
 女神の死は、強すぎる力に精神がもたなかった故だ。そのため、肉体自体は五分割された今でも生きていた。

「奪われたのか?」

 俺が持っている記憶は、魔王が勇者に倒されるところまでだ。
 そのため、死んだ後の事は分からない。

「人間が宝物殿から持っていきました! 由々ゆゆしき事態です!」

 先代の魔王が持っていた女神の右腕には、強力な炎の力が宿っている。兵器として使えば、出鱈目でたらめな威力を発揮はっきするだろう。
 だが、本当に危険なのは、それを使うと女神の『結界』を解除できてしまう事だった。
 人間は、女神が張った結界によって浄化されている世界でしか生きられない。もし誰かが聖遺骸で結界を破ってしまったら、その時点で人類は滅亡する。

「いや、でもさすがに封印は解かないだろ? そんな事したら自分達も死ぬのに」

 そもそも、聖遺骸が兵器として使用されたという話も聞いた覚えがない。手に入れた人間に、悪用する意図はないと思える。
 しかし、ピータンは俺のその言葉に首を横に振る。

「人間は馬鹿ですから! 何をやるかなんて分かりませんよ! それと! 魔王様は人間に文明を完全に破棄させ、原始的な生活をさせていました! だから人間は、長い時間の経過で犯した罪の結果を忘れている可能性が高いです!」

 知らずに封印を解除する恐れがあるって事か。
 過去の記録が残っていないのなら、確かにその危険性はゼロではない。
 実際、俺も魔王の記憶で見るまで、外の世界がどうなっているかなんて知りもしなかったからな。

「そうだな……聖遺骸だけは回収しておいた方がいいか」

 魔王として活動する気はないが、一応それだけは押さえておいた方がいいだろう。
 放置するにはリスクが高すぎる。

「おお! やる気が出てきましたね! その調子で人類の管理もお願いします!」
「しねーよ」

 ていうか、そもそもできないだろう。
 俺には先代魔王ほどの力もなければ、軍隊もない。この状態でどうやって人類を管理しろっていうんだ。

「で? その聖遺骸はどこにあるんだ?」
「知りません!」
「……は?」
「ピータンが知っているのは、ダンジョンと魔王城の事のみ! よって! どこに持ち去られたかまでは分かっていません! でも、きっとセドリならやってくれると信じています!」

 ピータンが何故か誇らしげに胸を張る。
 こいつ馬鹿か?
 信じるも何も、何百年も前に奪われて、どこにあるのかも分からない物なんか、回収しようがないぞ。

「……聖遺骸が、誤って結界解除に使われないように願おう」

 俺は天に祈る事を心に決める。見つけようがない以上、仕方がない。
 しかし、ピータンはなおも食い下がってくる。

「セドリ! 諦めたらそこで勝負終了ですよ!」

 なんの勝負だよ?

「ムリムリムリ。どうしようもない。見つけるすべがないんだから、諦めるしか――」
「それならば、力になれるかもしれんな」

 俺の言葉をさえぎるように、聞き慣れない男の声が背後から響いた。
 慌てて振り向くと、そこには――青い肌に、眉間みけんから太い二本の角を生やした魔物の姿があった。
 その顔には見覚えがある。
 ――そう、それは先代魔王の記憶の中にあった者だ。

「魔王ヴリトラ!?」

 結界の内にある、五大陸を管理するために生み出された五人の魔王。
 その中で最初に生み出され、最強の力を持ち、結界中央部の暗黒大陸あんこくたいりくを統括する存在……それが魔王ヴリトラだ。
 魔王の記憶にある限り、彼が自分の担当する大陸から離れた事はない。そんな男が、何故俺の目の前に……いや、違うか。これは本体じゃない。なんとなくだが、今の俺にはそれが分かる。

「分身ですか?」
「ああ、そうだ。私自身は持ち場の大陸から離れられないからな」

 魔王は別に、担当の大陸にしばられている訳ではない。その気になれば別の場所へ行く事もできる。だがその強い使命感からか、ほとんどの魔王が持ち場の大陸から動かない。
 特にそれが強いヴリトラは、暗黒大陸から一歩も外に出ようとしなかった。

「新魔王の誕生を祝して、ここにやって来た。おめでとう。君を新たな魔王として歓迎しよう」
「そりゃ……どうも」

 管理者まおうをやる気がないのに、就任を祝われても、反応に困る。
 あと、この分身……確実に俺よりも強い。
 レア達と一緒にかかっても、戦いになれば多分負ける。こちらから喧嘩けんかを吹っ掛けさえしなければ大丈夫だとは思うが、できるだけ怒らせないようにしよう。

「ヴリトラ様! 聞いてください! うちの魔王様! 管理を――」

 告げ口をしようとしたピータンを、俺は素早くつかんで黙らせた。魔王の力を得たお蔭か、我ながら良い動きだ。
 つか、余計な事言おうとすんな。このボケ。
 魔王なのに仕事放棄とか、バレたら死ぬほど印象が悪くなるだろうが!
 そんな俺達を見て、ヴリトラが目を細める。

「部下に乱暴を働くのは、感心しないな」
「は、ははは。うちはスパルタ方式なもんで……ちょっとお時間を貰ってもいいですか?」
「ああ。急に訪ねた身だからな。迷惑なら出直してくるが?」
「ああ、いや。ほんのちょっとだけなんで。お前ら、ちょっと来い」

 俺はレア達を連れて小部屋を出て、ボスエリアの中心まで移動した。
 その上で、皆を俺の周りに呼び寄せ、小声で用件を伝える。

「お前ら。余計な事は一切喋るなよ。これは絶対命令だ」

 彼女達が俺のマイナスになる情報を口走るとは考えづらいが、念のため言い含めておく。

「了解であります!」
「かしこまりました」
「プルプルプル」

 レア達は、絶対命令には逆らえない。これで彼女達が迂闊うかつな事を口にする心配はなくなった。
 まあ、ウェンディは初めから喋れないが。
 さて――本命はピータンこっちだ。

「おいこら。お前は俺を殺す気か?」
「苦しいじゃないですか! せっかくヴリトラ様に、セドリの教育をお願いしようとしたのに!」

 死ぬほど余計なお世話だ。

「アホか。下手に刺激して怒らせて、俺が殺されたらどうする? そんなにお前は新任魔王を即崩御ほうぎょさせたいのか?」
「むう……大丈夫だとは思うんですが」

 比較的温厚な相手ではあっても、踏んではいけないスイッチというものがある。
 たとえば、自分が誇りを持っている魔王の仕事を同僚がサボるとか。
 そういう時、普段穏やかな奴ほど怒らせると怖かったりする。

「魔王の仕事の事はちゃんと考えるから、今日のところは黙っておけ。いいな」

 ヴリトラは祝いの言葉を述べに来たと言ったが、分身とはいえ、一度訪れた以上、今後も俺の監視のために何度もやってくる可能性は十分考えられた。
 人類の管理なんてしたくはないが、最低限、何かやっている風な事はアピールしなければならないだろう。
 面倒臭い事この上なしだ。

「本当ですか! じゃあ黙っておいてあげます!」

 なんで上から目線なんだよ。ムカつくな。
 ……まあいい。
 俺はヴリトラを待たせていた小部屋に戻る。

「お待たせしてすみません」
「構わないさ」

 俺が軽く頭を下げると、ヴリトラは肩を竦めた。

「えっと……まずは自己紹介を。俺はセドリ。一応、新しい魔王になります」

 自己紹介をしていなかった事に気づき、遅ればせながらではあるが、挨拶しておいた。

「ヴリトラだ。中央の大陸を管理している」
「わざわざご足労ありがとうございます。それで、聖遺骸の探索に力を貸していただけるとか」

 余計な世間話はせず、速攻で最初の話に戻る。
 さっさと聞いて、彼にはお引き取り願うとしよう。

「ああ。聖遺骸は人の手にゆだねるには、危険すぎる物だしな。だから、今回は特別に協力しようと思う」

 基本的に、魔王同士は干渉しない。それぞれが自分の担当する大陸を粛々しゅくしゅくと管理する。魔王とはそういうものなのだ。
 だからこそ、この大陸の先代魔王は討たれた訳だが。
 もしヴリトラが加勢していれば、討たれる事も、人間に聖遺骸を奪われる事もなかっただろう。それくらい彼は強い。

「これを」

 ヴリトラがふところから、青い宝石を取り出した。
 ぱっと見は綺麗にカットされた大ぶりのブルーダイヤだが、ただの宝石ではないだろう。
 手渡された宝石からは、ほのかな冷気が感じられた。
 予想通り、なんらかの魔法が付与されているようだ。

「これは?」
「聖遺骸が近くにあれば、それが赤くなって反応を示すはずだ。有効距離は三キロほどになる」
「ありがとうございます」

 内心微妙とは思いつつも、俺は笑顔でヴリトラに礼を言う。
 何せこの大陸は広い。有効範囲が三キロ程度では、そう簡単に見つけ出す事はできないだろう。ローラー作戦待ったなしだ。
 とはいえ、何もないよりははるかにマシなのは確かだが。

「では、長居しても悪いので、私は失礼しよう。君の活躍を期待している」
「わざわざありがとうございました」

 ヴリトラは魔法で転移を行い、その場から消えた。
 それを見届け、俺はほっと一息つく。
 ――貴様は魔王失格だ!
 とか言われて殺されずに済んでよかった。

「けっ! ヴリトラめ! ショボいアイテム寄越しやがって! って顔してますよ?」
「してねーよ」

 とりあえず、貰った宝石で聖遺骸探しをしなくちゃならないな。
 さすがにそこをサボると、本当に目を付けられかねない。

「そういやさ、他の二人の魔王が持っていた聖遺骸はどうなっているんだ? やっぱ、人間に持っていかれたのか?」

 魔王は五人中、三人が勇者の手によって倒されている。先代魔王の所有する聖遺骸が持ち去られたなら、そっちも持ち去られたと考える方が妥当だとうだろう。

「知りません! 何故なら、ピータンの担当はこの大陸のダンジョンだけだからです!」
「まあ……そりゃそうか」
「気になるなら、自分で調べてください!」
「うーん………」

 当然他の聖遺骸にも、結界を解く力が秘められている。そのどれか一つでも間違って使われれば、人間は全滅してしまうだろう。
 そう考えると、他のも回収しておいた方がよさそうだが……

「とりあえず、この大陸を隅々まで調べるか」

 まずは、今住んでいる大陸の聖遺骸を探す事だけに集中するとしよう。
 他のは、それを取り戻してから考えればいい。ひょっとしたらヴリトラか、もう一人の魔王によって回収済みかもしれないからな。
 ――ま、さすがにそれはないか。
 なんせ、勇者による魔王討伐から既に二百年も経っている。
 もし回収する意思があったなら、彼らはとっくにこの大陸の聖遺骸を手に入れているはずだ。そうじゃない以上、期待は薄いだろう。

「はぁ……」

 俺は小さく溜息を吐く。たった一日で随分ずいぶんとやる事が増えてしまった。
 しばらくは忙しくなりそうだ。

「溜息なんて、魔王のする事じゃありませんよ!」
「主殿! 心配事があるようでしたら、このレアにお任せください! 全て粉砕してみせるであります!」
「マイロード! ノロマな牛と違い、わたくしならばスマートに切り刻めますわ。どうかわたくしめにお任せを」
「プルプルプル! プルプルプルプル!」

 レアとナゲットに負けじと、ウェンディもファイティングポーズでアピールしてくる。

「ああ、いや。気持ちだけ貰っておくよ」

 配下がやる気を見せてくれるのは嬉しいが、戦って解決するような問題ではないからなぁ……
 つうかこいつら、基本的に戦う事しか考えていないよな。
 清々すがすがしいまでの脳筋のうきんっぷりである。
 魔物だから仕方ないか。

「なんか疲れたし、今日はもう帰って寝るわ」

 ――パワーアップポーションから始まり。
 ――魔王の記憶を無理やり突っ込まれ。
 ――更に大物の相手までさせられる。
 イベント盛りだくさんだったからな。マジで疲れた。
 とりあえず、今日はさっさと寝て……明日から頑張るとしよう。


 ◆◇◆


 女神によって守られる、五大陸の中央に位置する暗黒大陸。
 そこにそびえる魔王城の玉座に、魔王ヴリトラの姿があった。
 彼は巨大な椅子に身を委ね、まるで眠るかのように目を瞑っている。
 そんなヴリトラの前には、数体の魔物が祈るが如く膝をついてうずくまっていた。王の帰還を待っているのだ。

「戻った」
「「「お帰りなさいませ、ヴリトラ様」」」

 王の言葉がその場の沈黙を破り、全ての魔物が立ち上がって頭を下げた。
 そのうちの一体が前に出る。恐らく、この場の魔物の中で、最もくらいが高い者だろう。
 その魔物は人に近いシルエットをしているが、全身は赤く染まり、体の関節部分からは炎が噴き出し、その頭部も炎に包まれていた。
 炎の魔人――イフリートと呼ばれる魔物だ。

「新魔王はいかがでしたか? 我が主よ」
「先代と比べると、力はかなり弱いな。まあ、そこは仕方がない事ではあるが」

 先代魔王ヴィシュヌは勇者に討たれる直前、自身の力をダンジョンへと送っている。次代の魔王が生まれた時のために。
 だが、それはあくまでほんの一部でしかない。セドリはその力を受け取ったが、魔王としては虚弱きょじゃくと言っていいレベルでしかなかった。

「彼は、魔王としての責務を果たす気もなさそうだ。だが、聖遺骸の回収だけはする気があるようだったので、宝石を渡してきた」

 その言葉を聞き、イフリートがあからさまに顔をゆがめる。彼だけではない。その場にいた魔物達全てが、不快そうな表情になった。
 力が弱く、しかも魔王として最低限の仕事しかしない者が自分達の主と同等の存在である事に、嫌悪感を抱いたのだ。

「正直なところ……そのような者に、貴重な宝を授けられるのはどうかと思われますが」

 普段ならば、イフリートが主の行動に疑問をぶつける事はない。
 だが、ヴリトラがセドリに渡した宝石は、世に二つと存在しない稀少品きしょうひんだ。失われれば、二度と戻ってこないだろう。
 そんな貴重な物を、魔王失格とさえ思えるセドリに渡した事が、彼には理解できなかった。

「確かに、貴重ではある。だが、私の手元に置いておいても仕方のない物だからな」

 魔王ヴリトラは、女神から与えられた大陸を管理するという使命を至上としている。それが全てと言っていいだろう。
 そのため、彼は他の大陸に関与するつもりはなかった。聖遺骸が人間の手に渡っている危険な状況でも、その方針は決して変わらない。
 仮に、人間が五大陸周辺に設けられた女神の結界を解いたとしても、彼からすれば、暗黒大陸を守る結界を自身が張ればいいだけの事にすぎなかった。
 ヴリトラにはそれだけの力がある。人間による聖遺骸の強奪は、彼にとって大した脅威きょういではないのだ。

「失われたところで、痛くもかゆくもない。彼が失敗したなら、その時はその時だ」

 周りがどうなろうと知った事ではない。あくまでも、自身の与えられた使命だけに注力する。それが魔王であるヴリトラの考えだ。
 彼がセドリに宝石を与えたのは、同じ立場の者に対するささやかな祝いの品としてでしかない。これ以降ヴリトラは、セドリにも、彼が担当する大陸にも、基本的に関わるつもりはなかった。
 ――あくまでも基本的に、ではあるが。


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