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第63話 願い

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月夜の輝く夜。
ドラクーン王国の王城。
その中で、王夫妻に次いでの貴賓であるレアン王女の寝室がある東の宮。

――そこに忍び込む人影が一つ。

気配を全く発さない動きの元、遭遇する警備兵をその男は一太刀の元切り捨てて進んでいく。

そしてやがてその人物は、建物の最上階。
レアン王女の寝室の前へと辿り着いた。

「ゾーン・バルターさん。入って下さい」

扉の前に立ったところで声を掛けられ、人影――ゾーン・バルターは少し驚きつつもドアを開けて入る。
そして尋ねた。

「驚きましたね。何故分かったのですか?」

なぜ自分の来訪に気付いたのか、と。

「夢見で見ました」

夢見は未来を見る事の出来る、ドラクーン王家の血筋のみが有するスキルだ。
その力は長き年月でほとんど失われていると言われていたが、レアン王女は数代ぶりにその力を持って生まれて来た貴重な存在だった。
そしてそれ故に、王の子供達の中で最も若く、しかも女性であったにもかかわらず彼女は王位継承権第一の立場をとなっている。

「ほう……」

椅子に座り、淡々と答えるレアン王女の姿にバルターが目を細めた。

「つまり……私がなぜこんな時間に貴方の部屋を来訪したのか知っての上で待っておられたと?」

「はい。貴方は私を……魔人の生贄にする為に来たのでしょう」

「ふむ……」

バルターはレアン王女の言葉に、意味が分からないとばかりに首を傾げた。
その反応も当然だ。
魔人の生贄に捧げられると言う事は、彼女の死を意味している。

なのに彼女は――

「私が来ると分かっていたのなら、何故対策されなかったのですか?」

――無防備極まりなかった。

もちろん彼女の寝泊まりする東の宮に衛兵等はいたが、ゾーン・バルターのとびぬけた強さを考えれば通常の警備では話にならない。
そんな事は、子供のレアン王女にですら簡単に分る事である。

だが、宮の警護は普段と変わらない物だった。

「それとも、この状態から何とか出来る手立てでもあると?」

「いいえ。私は運命に抗うつもりはありません」

「素直に死を受け入れると?」

「はい。その代わり……お願いがあります」

「何です?私に出来る事ならば、かなえて差し上げましょう」

自分に力を与えてくれるのだ。
ならば幼い処女の最後の願い位は叶えてやろうと、そうゾーン・バルターは考える。

「魔人を貴方が支配してください」

「魔人の支配?」

何か最後にしたい事でもあるのかと思っていたバルターは、レアン王女の不可かいな願いに顔を顰めた。

「生贄に捧げられた私の魂は、魔人の中に少しの間留まります。貴方と魔人は繋がっているので、私と協力して魔人の魂を取り込み……貴方がその力――その全てを取り込んでください」

「ほう……王女様は、私に魔人の力を全て与えて下さると?」

「はい」

魔人から力を与えられるだけではなく、魔神の力そのものを手に入れられる。
それは力を求めるバルターにとって、この上なく魅力的な話だった。

だが、レアン王女がバルターを。
これから自分を贄に捧げようとする人物を、喜ばせる意味はない。
そう、全くないのだ。

「それは一体何のために?」

レアン王女の奇異な言動に、バルターは警戒を強める。
そんな彼に、王女は淡々と自分の目的を答えた。

「この世界の為にです」

「世界の為?ああ、成程……」

世界を救う。
その言葉を聞き、バルターが納得する。

魔人が復活すれば、世界に破壊と殺戮を齎すのは明白だ。
だがバルターは力を求めこそすれ、世界の蹂躙や征服には興味がなかった。
なので魔人の精神を消滅させ、彼にその肉体を任せれば世界に大きな混乱をきたさずに済む。

レアン王女の世界を救うという言葉を、そういう意図だとバルターは判断したのだ。

「いいでしょう。世界には手を出しません。なんなら……私が勇者すら倒した魔王も倒してもかまいませんよ」

「……」

魔王を自分が倒してもいい。
そんなバルターの傲慢な言葉に、レアン王女は冷ややかな視線を向ける。

彼女はそんな物を、彼には期待していなかった。
そもそも、世界を救うという言葉をバルターは勘違いしている。

――レアン王女が彼に望むのは、より強い力を持った魔人となる事のみ。

現在の魔人は力こそ強いが、戦闘技術がまるで伴っていない状態だ。
だからゾーン・バルターにその魂を吸収させ、より完璧な魔人を生み出す。
それが彼に対して、レアン王女の求める唯一の事だった。

――彼女の口にした世界の平和。

それは完成された魔人を。
魔王、そして破壊の神を討つための礎とする事を指していた。

そしてそれこそが彼女の望み。
だからレアン王女は運命に逆らう事無く、自らの命を捧げるのだ。

世界を破滅の未来から救い。
新たな世界。
優しい世界へと再構築する新たなる神となる者の為に。

「では、参りましょうか」

「はい……」

ゾーン・バルターに促されたレアン王女は椅子から立ち上がり、チラリと窓から外へと視線をやる。
そこからは庭園が一望できる形になっており、彼女の視線は以前自分が暗殺者に襲われた場所を見つめていた。

レアン王女にとって、そこは世界を救う運命の少年と出会った場所。
ほんの一時の邂逅だったが、その少年――アドルの事が今も鮮やかに彼女の脳裏に焼き付いている。

王子様、どうか世界をお救い下さい……

心の中でそう願い。
彼女は黙ってゾーン・バルターへとついて行くのだった。
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