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第二章 希望を求めて

第四十一話 幕引き

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「糞ったれがぁ!」

ガートゥが剣を振るう。
だがその太刀筋には以前ほどの力強さは感じられず、厄災の触手によって弾かれる。
翠魔閃光斬の連発で消耗しきっている今の彼らに、もはや厄災と打ち合うだけの力は残ってはいない。

斬撃を弾かれ、大きく隙を作ったガートゥに触手が迫る。
捕まえれば絶体絶命。
必死に剣を振るい敵の攻撃を弾こうとするが、同時に何本も迫る触手がそれを許さない。
最早これまでかと思った瞬間、シャンという音が響き、光が走ったかと思うと触手が弾けとぶ。それはフラムの矢から放たれた光だ。

聖なる障壁セイクリッドウォール

触手が弾かれ、ガートゥとの間に隙間ができた。
そこにティーエの生み出した光の壁がねじ込まれ。
ガートゥと厄災とを区切る。

爆熱魔法バーストフレア!」

ガートゥが光の壁で保護された瞬間、パーマソーの魔法が放たれ。
厄災に直撃して大爆発を起こし、その熱と光から生じる衝撃で厄災を大きく吹き飛ばした。

「やったか!?」

「あれでやれたら苦労はしないよ。それよりも空中戦は不利だ。地上に降りよう」

そう言うとパーマソーは高速で降下し始める。
その動きに他のメンツも続く。

地上には底の見えない大きな穴が開いていた。
グングニルが残した傷跡だ。
大きな広場が丸々消し飛び、その衝撃波で辺りの建物も広範囲に薙ぎ倒されている。

ガートゥ達は穴を避け、周囲の瓦礫の上へと降り立つ。
恐らく足元の瓦礫には多くの人間が埋まっているのだろうが、それを今助けている余裕は彼等にはなかった。

「パーマソー、転移魔法で逃げる事は出来ないのか」

「残念ながら、僕の転移魔法は自分しか移動でいない残念仕様でね」

訪ねて来たティータにパーマソーは首を竦める。

転移では仲間は救えない。
裏を返せば、それは彼女一人だけなら逃げる事が出来るという意味でもある。
もっとも彼女にそんな気は更々無く。
仲間達も彼女が一人逃げ出すなど微塵も考えてはいない。

「やっぱ全員でかかっても倒せないよねぇ。彩音ちゃん達を信じて、時間稼ぎするしかないか」

「部の悪い賭けだ」

もし倒せるなら、そもそも彩音はたかしを抱え厄災に背を向けはしなかっただろう。3体の厄災に追われている彼女に助けを期待するのは、夢物語レベルに無謀な賭けといえた。

パーマソーが視線を上げると、厄災は未だ空高くにいた。
厄災はパーマソー達を見下ろし、ゆっくりした速度で降下してきている。
彩音がいない彼らは自らの敵ではなく、もはや急ぐ必要すらない。
そういった嘲りが、その行動からありありと伝わって来る。

「舐められてるねぇ」

「それだけ実力差があるという事だろう。悔しいがな」

ぎりっと、レインが歯を食いしばる音が聞こえてくる。
正確にはそれは歯ぎしりでは無く、刀身がきしむ音。
それは戦士としての誇りが傷つけられた怒りの表れ――

いや、違う。
戦いにおいて侮られることは、弱者であるなら仕方ない事だと彼は達観している。
彼が怒りを感じているのは自らの不甲斐なさに対してだ。
すぐ隣に立つ大事な物を守る事さえできない、自らの弱さへの怒りが彼の刀身を軋ませているのだ。

「姉上、ここは私に任せてお逃げください」

「ティータ何を言っているの!?」

「悪い案じゃねぇな。蘇生が出来る奴が生きてさえいりゃ、後で生き返らせて貰えるわけだからな。そっちのねーちゃんとリンだけは、何としても生き延びて貰わなきゃならねぇ」

死者蘇生を行なえる2人が居ればどうにかなる。
それは正しい判断であると同時に、間違った判断でもあった。
何故なら――

「待ってください!以前たかしさんは厄災に食べられそうになったって言ってました。いくら蘇生魔法があっても、食べられてしまったらもう復活させようがありません!」

「姉上の盾となって散れるのなら本望だ!」

リンの言葉を聞いてもティータの意志は変わらない。
それが何だと言わんばかりに声を張る。

「ティータ!」

「私は本気です。姉上」

白い盾が優しく光る。
盾になってしまっている為その表情等は分からないが、その優しい光りを通して、姉を思う強い気持ちとその真剣さが伝わってくる。

「なら、足止めはこの3人で決まりだな」

ガートゥがレインを肩に担ぎ、白い歯を見せて笑う。
その顔に迷いや恐れはない。

「このまま戦えば間違いなく全滅するだろう。ならばせめてお前達だけでも生きろ」

「レイン君、僕には転移魔法があるから最後まで一緒に――」

「それほど万能なのか?お前の転移阿呆は」

「それは……」

パーマソーは言葉を濁した。
何故なら彼女の転移魔法は燃費が悪いのだ。
ぎりぎりまで魔力を消費した状態では、大した距離を飛ぶことは出来ない。
そして現在、先程の結界魔法で無理をしたため、魔力の残量はたいして残されていなかった。
もしこのまま残れば、間違いなく命を落とす事になるだろう。

「俺はお前に死んでほしくない。頼む……」

「……わかったよ」

本当は最後まで仲間の為に戦いたかったのだろう。
だが彼女はレインの絞り出すような声に、その気持ちに答えて首を縦に頷かせた。

「レイン君、僕は――」

「もし、もし生きて再び会えたなら。パーマソー、君に伝えたい事がある。その時は聞いてくれるか?」

「うん、約束するよ。その時は僕も君に――」

パーマソーは涙を零しそうになってグッと堪える。
涙を流せば、2度と会えなくなてしまう様な気がしたからだ。
だから彼女は一つ大きく深呼吸して、心を落ち着かせる。

「それじゃあ僕が目くらましの魔法を放つから、二手に分かれて逃げよう。その方が生き延びる確率は高くなるだろうからね」

例えガートゥ達が短時間で突破されても、二手に分かれて逃げればどちらか片方は助かるはず。そしてティーエかリンのどちらかが逃げ延びれば、わずかでも蘇生の可能性は残る。

「ティータ、あなたを犠牲にする無力な私を許して」

ティーエは白い盾に額を当てて目を閉じる。
きつく閉じた瞼から涙が溢れ、その雫がぽたぽたと地面を濡らす。

「姉上、どうか聖女におなり下さい。それだけが私の願いです」

「わかった、私は必ず聖女になってみせるわ」

盾から額を離すと手で涙をぬぐい、彼女はティータに笑顔を向ける。
それは自分の為に命を賭けてくれる弟への感謝の笑顔。
大事な弟に向ける最後の笑顔だ。

「リン!主に伝えておいてくれ!10年分の仕事が出来なくて悪かったってな!」

「ガートゥさん!それは自分で伝えてください!」

「それが出来たら伝える必要はねーだろ!」

ガートゥはガハハと豪快に笑う。
最後まで彼女からは悲壮感の欠片も感じられない。
何処までも豪快な女だ。

「皆さん!生きてまた会いましょう!絶対ですよ!そしてら私が皆さんの恋のキューピッドをしてあげますから!」

「そう言うのは別にいらねぇ」

「私の愛は姉上にのみ捧げられるもの、気持ちだけ貰っておきます」

「悪いが、自力で何とかする事に決めたのでな」

「ありゃりゃ。フラムちゃん、見事に振られちゃったねぇ」

「残念です><」

「さて、じゃあ準備は良いかな?」

厄災がゆっくりと地上へと降り立つ。
その肉体からは何本もの黒い触手が無数に生え、まるで獲物を狙う肉食獣であるかの様に、静かに食らいつく瞬間を待ち構えていた。

「それじゃあ行くよ」

パーマソーが声と共に、魔法を放つ。
黒い靄の塊のようその魔法は、厄災の触手によって無造作に払われる。
だがその魔法は払われた瞬間爆散し、辺りを黒い霧で覆い尽くす。

黒い霧ブラックミスト
広範囲に煙幕をはる魔法。
但し通常の煙幕とは違い、この魔法は視界だけではなく、気配や魔力すらも遮断する。攻撃魔法などと違い効果は一見地味だが、その範囲の広さから決まればほぼ逃走が成功する為。かなり優秀な魔法と言えた。

霧が晴れた時、そこにはもう厄災とガートゥら三人しか残っていなかった。

厄災はその場から動いていない。
魔法を警戒して動かなかったのか、あるいは相手がどんな攻撃を仕掛けて来ても問題ないという余裕からなのか。
どちらにせよガートゥ達には有難かった。
霧が晴れたら逃げた仲間を追っていたなど、笑い話にもならない。

「さて、どうする?」

「奴が動き出したら突っ込んで自爆する」

「ティータ、それではお前は絶対に助からんぞ」

自爆すれば体は粉々になる。
その状態では蘇生は不可能に近いだろう。

「あのような化け物に食われて体の材料にされるぐらいなら、潔く自決する」

「確かに、俺達を食う事でまた分裂しちまうかもしれねぇからな」

厄災は1度分裂していた。
それは恐らく、ダンジョン内の魔物を捕食して行ったのだろうと予測される。
それと同じ事を万一自分たちの遺体でされた場合。
折角生き延びるために分かれて逃げた仲間が、分裂した厄災にそれぞれ追われてしまう事になりかねない。

「三人順次足止めを兼ねて自爆するしかねーか」

それぞれが覚悟を決めて頷いた。

レインはパーマソーを守るために。
ティータはティーエの夢の礎となるために。
そしてガートゥは、かつて里を守ってくれたリンへの恩を返すために。

それぞれの思いを胸に、命を賭ける。

「やれやれ、自爆とはね。なーにが生きて再び会えたら伝えたいことがあるんだか」

声に驚いて三人が振り返る。
そこには逃げたはずの4人の姿が――

「あ、姉上……」

「おいおい、お前らの気配は感じなかったぜ?」

黒い霧ブラックミストと同時に、僕達4人に気配遮断の魔法をかけておいたからね。まあ逃げる用にかけたんだけど、結局全員戻ってくることになっちゃったねぇ」

「何故戻って来た!?」

レインが声を荒げる。
ここに残れば全員命を落とす事になるのだ。
だから逃げて欲しかったのに、パーマソーは戻ってきてしまった。
彼が声を荒げるのも当然だ。

「うーん。だってさ、レイン君が死んじゃったら、僕は一生御一人様になりかねないからね。それはちょっとやだなーと思って」

「な……」

「うふふ、ここでレインさんを助けて。私がちゃーんと恋のお手伝いをしてあげますね!」

「おやおや頼もしいね。お手柔らかに頼むよ 」

パーマソーとフラム。
悲壮感の欠片も無い、2人の軽いやり取りにレインは絶句する。

「おまえは!?俺の気持ちが――」

「ごめん、ごめん。でも無謀な行為では決してないよ」

「なに?」

「彩音ちゃんと距離が離れた時に、魔法でマーキングしておいたんだけど。そのマーカーが凄い速さでこっちに向かってきてるんだ。だから彼女が此処に来るまで、一緒に時間稼ぎしようと戻って来たってわけさ」

「そういう事です。それともティータは私に二度と会えない方が良かったかしら?」

「そのような事はありません!私は常に姉上と共に! 」

「皆さん!たかしさんが来るまで頑張りましょう!」

リンが声を張る。
その声が合図となって厄災が動き出す。

それまで厄災が動かなかったのは、魔法で気配を消した4人が不自然な動きをしていた為だ。念の為厄災は警戒していたのだが、その必要は無いと判断しリン達に突っ込む。

「早速きやがったぜぇ!」

「最後の一踏ん張りだ!」

力を殆ど使い果たし、霞んでいたレインの刀身に輝きが戻る。
ガートゥの振り下ろした太刀が厄災の触手を薙ぎ払う。

「姉上には近づけさせん!」

「ガードはお願いね」

ティータが迫る触手をはじき返し。
その後ろからティーエが聖なる光の刃を放ち、触手を切り刻む。

「やらせません!恋の絶対障壁ラブ・プロテクション!」

「吹き飛べ爆熱魔法バーストフレア!」

更に迫る触手をフラムの魔法が弾き。
それを壁にして、パーマソーが魔法で厄災を吹き飛ばす。

「今ので僕の全魔力だよ。けどもう少しの辛抱だ。もう直ぐ傍まで来てる。後ほんの少しだ」

魔力切れと疲労によりパーマソーは体をふらつかせた。
だが彼女は歯を食いしばり、最後の気力を振り絞って昆を構える。

あと少し。
本当にあと少しの辛抱だった。
だが満身創痍なのはパーマソーだけでは無い。
皆顔に脂汗を浮かべ、その表情は辛そうだ。

ただ一人を除いて。

「あとは私に任せてください!」

リンは彩音に回復魔法をかけたぐらいで、これまで力を大きく消耗してはいなかった。別にサボっていたわけではない。味方のサポートが主であったため、役割的に大きな力を使う機会がなかったのだ。

だがそれは幸運だったともいえる。
リンの全力はその性質上、味方と連携する形では発揮しづらい。
力を発揮できないまま体力を消耗せず、最後のこの時に周りを気にせず全力を発揮できるのは大きかった。

リンの姿が大きく変わっていく。
美しかった金の髪が漆黒の闇色に染まり、その眼はまるで血を思わせるか鮮やかな紅へと変わる。口元からは牙が覗き。全身をどす黒いオーラが包み込む。

血の殺戮者ブラッディマーダー
血を好み、殺戮を愛する破壊者。
その強い衝動と強大な力はコントロールする事が出来ず。
それ故、近くで戦えば仲間達にも被害を出しかねないリンの奥の手だ。

「私の邪魔をするな!」

そう叫ぶとリンは一人で厄災へと突っ込む。
その荒々しい言葉は厄災に向けると当時に、仲間にも向けられた言葉でもある。
理性を保てばその分力は劣ってしまう。
今の弱った仲間に傍をうろつかれては、文字通り邪魔にしかならない

厄災の触手が纏めてリンに叩き込まれる。
彼女はそれを陰に潜って躱し、飛び出すと同時にその鋭い爪で引き裂く。
そまま厄災との間合いを詰める。
新たに生えてきた触手がリンを襲うが、その全てを躱しきりリンは渾身の回し蹴りを叩き込む。

「おお!凄いじゃないか!このままやっつけちゃうんじゃないの?」

盛大に吹き飛ぶ厄災を目の当たりにし、パーマソーが声を上げた。
彼女の目の前で、リンは厄災と互角以上の戦いを繰り広げている。
ひょっとしたら時間稼ぎどころか、倒せてしまうのではないかという期待が高まる。

「いや、リンのあの状態は長くは続かねぇ。直ぐにガス欠になる」

ガートゥ達の村で戦った時、リンはほんの10分程度で消耗しきっていた。
それもグラトル程度を相手にしてだ。
常に全開で戦う必要のある厄災相手には、下手をすれば一分も持たないかもしれない。

そのガートゥの言葉を裏付ける様に、終始厄災を圧倒していたリンが押され始める。

「不味いね。もう疲れだしてるみたいだよ」

「ああ、けど近づけば俺達もリンから攻撃されちまう」

加勢したくても、最悪同士討ちになりかねないため迂闊に手が出せない。

「主達はまだかなのか?」

「もう少し、本当にあともう少しなんだ……リンちゃん頑張ってくれ」

だがその願いもむなしく、リンの体が大きくはじけ飛ぶ。
その体に容赦なく触手が叩き込まれた。

「不味い!」

リンの覚醒が解ける。
彼女の覚醒は他のメンバーとは違い、自力によるものだ。
その為彼女の力が弱まれば覚醒は解けてしまう。

触手が倒れる彼女にとどめを刺すべく、リンに迫る。
仲間達は彼女を救うために動くが、とても間に合う距離では無かった。
無数の触手が小さなリンの体に殺到する。

その時影が走る。
否。
影しか捉えられない様な速度で何かが飛来し、そして厄災の触手を消し飛ばした。

「あやね……さん……」

「待たせたな」

彩音の全身には光る紋様の様な物が刻まれ。
更に稲妻の様な光が彼女の周りで弾けている。
その様から一瞬別人であるかの様にも見えたが、それは間違いなく彩音彩堂だ。

彼女は倒れているリンを優しく抱き起し、堂々と厄災に背を向けてティーエの元に向かう。

「回復してやってくれ」

「あやね…さん……たかしさんは……」

「たかしなら一緒だ。今は私と融合している」

「ゆう……ごう?」

「まあ話は奴を倒した後だ 」

リンを地面に下ろし、彩音は拳を握り締め。
足を開いて腰を落とす。

「なぁうんでぇえぇ」

厄災からまるで獣の唸り声のような言葉が発せられる。
とても不快な声だ。
だがその声には、はっきりと恐怖の色が含まれていた。

「お前を殺す」

言葉と同時に彩音の姿が消え。
一瞬で厄災の前へと移動する。

「うごおぉぉぉぉぉ」

突き出した腕が深々と厄災の肉体に突き刺さる。
その腕を振り上げ、彩音は厄災を空えと放り投げた。

「終わりだ。 全てを貫く一撃グングニル

彩音が拳を振り上げ、その拳から光が放たれる。
その光は小さな光だ。
厄災の体をすっぽりと包む程度の小さな光。
だが全てを貫く槍と化した光は、厄災の肉体を跡形もなく消し飛ばす。

「凄い……」

「お見事です」

「ほんと化け物だね、君は」

「たかしの力があってこそ。私などまだまだだ」

拳を下ろした彼女は仲間の元へと歩む。
まだまだだと口にしてはいたが、彼女のその顔はとても晴れやかなものだった。


こうして厄災との戦いは幕を閉じた。
帝国首都に大きな傷跡を残して。
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