上 下
21 / 85
神速の槍

第20話 横槍

しおりを挟む
道場を出ると、大量の女性徒が入り口近辺に群れていた。
彼女達は出て来た金剛に黄色い声援を送る。
どうやら奴の取り巻きの様だ。

死ねばいいのに。

「付いて来い」

奴はそう言うと、その人垣を易々と飛び越えてしまう。
それを見て、正直俺は驚いた。
プラーナでの強化があった――どういう訳だか、金剛はプラーナを常に身に纏っていた。まあ恐らく不意打ち対策だと思う――とはいえ、10メートル近く飛翔したその脚力は驚嘆に値する。

恐るべき身体能力だ。
いや、ひょっとしたら何らかの能力ギフトである可能性の方が高いか。

どちらにせよ――

「よっと」

俺も奴に続く。
唖然としている女生徒達を飛び越え、既に駆けだしていた奴の後を追う。

金剛の走る速度は人間の限界など遥かに超えていた。
これなら奴の取り巻きが追いかけてくる心配はないだろう。

金剛は校舎まで走り、その裏側に回り込む。
周囲に人影はない。
ここでやるのかとも思ったが、どうやら違う様だ。

金剛は膝を曲げて屈伸すると、その場で大きく跳躍した。

「屋上か」

奴は指を校舎3階の窓枠の縁にかけ、足を壁面に引っ掛ける様に蹴って更に飛び上がる。
その姿は屋上のフェンスを越え、その中に消えていった。

「やっぱ、身体能力強化系か?」

プラーナで身体能力を高められるとは言え、流石にそれだけでは今の様な動きが出来るとは思えない。
だから最初は空条と同じ飛翔系の能力かとも考えたが、それではあの桁違いの走力の説明がつかなくなる。

神速の槍グングニルという異名を考えると、全身、もしくは脚力の強化と考えるのが妥当だろう。

「ま、考えても仕方がないな」

俺はその場に屈み、伸びあがると同時に地面を強く蹴る。
バネの様に跳ねた俺の体は一瞬で屋上のフェンスを飛び越え、その端を掴んで屋上へと飛び込んだ。

「ここか?」

屋上には広いスペースが広がっており、周囲に人影は見当たらなかった。

俺はまだ見た事無いが、屋上はヘリの離着陸スペースとして使われているそうだ。
それを証拠づける可の様に、中央付近に立つ金剛の足元にはHに丸枠のマークがでかでかと描かれていた。

「ああ、ここなら邪魔は入らない」

金剛は構えを取る。
半身になって、左手を太ももの前に沿える様に伸ばした変わった物だ。

「そうか」

俺も自然体に近い形で構えた。
取り合えず軽く様子見だ。
金剛の構えは攻撃的な物には見えないので、此方から軽く仕掛けて見る。

「じゃあ……こっちから行くぞ!」

一気に間合いを詰め、俺は拳を突き出す。
だがそれは前に出した奴の左手に、跳ね上げる形で容易く弾かれてしまう。
更に金剛は跳ね上げたその手で、俺の喉元目掛けて突きを放ってきた

「っと!」

それを咄嗟にスウェーしてかわす。
鋭い突きだ。
洗礼された動きもそうだが、特筆すべきはそのスピード。
奴の能力は足だけではなく、全身の強化とみて間違いないだろう。

「ふっ!」

金剛が短く息を吐く。
奴の回し蹴りが、頭部目掛けて飛んでくる。
俺はそれを飛んで後ろに躱した。

「くそっ」

とんでもない事に気づいてしまった。
俺の身長は170後半で、金剛はそれより5-6センチ程背が低い。

にも拘らず――奴の足の長さは、俺より少し長かった。

気づかなきゃよかった。
世の中の理不尽を噛み締めながら、俺は苦い気持ちで奴と相対する。

「はぁ!」

今度は金剛の方から突っ込んできた。
奴の拳を、俺は手で弾く。
だが金剛は止まらず、流れる様な動きで連続して突きと蹴りのコンビネーションを放って来る。

畳みかける様なラッシュ――が、俺はそれを容易くいなして見せた。

「くぅ……」

金剛の連撃の間に割り込む様に、奴の腹に軽く蹴りを叩き込む。
咄嗟に後ろに飛ばれたためクリーンヒットには程遠いが、それでもそれは金剛の顔色を変えるには十分な一撃だった。

「どうする?続けるか?」

見切ったといえば大げさだが、強さはもう一連の受け攻めで大枠おおわく把握出来ている。
多少期待していたのだが、残念ながら思った程ではなかった様だ。

相手が引くのなら、俺に続ける意味はない。

結局。
今まで戦った中では、氷部がダントツだったな。

「成程。体術では流石に敵わない……か」

金剛が嬉しそうに、にやりと笑う。
それを見て、俺も嬉しくなって笑う。

どうやら隠し玉がありそうだ。

まあ当然か。
冷静に考えて二つ名が神速の槍グングニルなのだ。
何もない訳がないわな。

「本気で行かせて貰う。そっちも本気で来い」

「俺が本気を出すかどうかは、あんた次第だ」

「ならば、引き出して見せる!」

奴の手元が光る。
その光はまるで意思でもあるかの様に形を変えて行き、やがては白く輝く一本の槍へと生まれ変わった。

成程な……

槍の様な突きとかそう意味ではなく、正真正銘の槍使いだった訳か。
では見せて貰うとしよう。
四天王、グングニルの異名を持つ金剛劔の真の力を。

「行くぞ!」

金剛は両手で槍を持ち、中腰の構えで切っ先を俺に向ける。
その瞬間、奴の気配が変わった。
さっき迄とはまるで別人の様な強い気迫を感じる。

これは――楽しめそうだ。

「そこまでよ!」

だが突然横槍が入ってしまう。

「これ以上は風紀委員長として、見逃す事は出来無いわ」

声の方に振り向くと、そこには氷部澪奈が立っていた。
屋上の風が彼女の銀色の髪をたなびかせ、その美しい美貌を幻想的に彩る。
相変わらずとんでもない美人だ。

「氷部……いたのか」

ばつの悪そうな顔で金剛が槍を下げた。
流石に風紀委員の前で戦い続ける程、非常識ではない様だ。

「俺と金剛の勝負を、見逃してくれるのかとばかり思ってたんだけどな」

氷部は少し離れた場所で、勝負の最初っから俺達を見ていた。
学園内を高速で走る姿を見られたのだろう、彼女は転移の能力で俺達を追って来ていたのだ。

金剛は気づいていなかった様だが、俺は当然その事には気づいていた。

「少しの手合わせ位なら、見逃してあげても良かったけど。流石に本気の勝負となれば話は別よ。屋上を壊されても困るし」

まあ確かに……本気の金剛と戦ったら、ヘリポートは滅茶苦茶になっていた可能性は高い。
奴から感じたのは、それ程の気迫だった。

「どうしても続きがしたいのなら、学園闘祭バトルフェスティバルで勝負なさい。あれはその為の場なのだから」

学園闘祭バトルフェスティバル
泰三が言っていた、校内ランキングバトルの正式名称だ。
確か半年に一回だっけか。

「やれやれ、しょうがない」

金剛が槍を消し、俺に背を向ける。

「鏡、勝負はお預けだ。闘祭で当たるのを楽しみにしている」

そう言うと、奴は跳躍してフェンスを飛び越えこの場から消える。
去り際が無駄にスマートでかっこよかったので、少しイラっとしてしまった。

色々と異世界で修練を積んでは来たが、他人に対する嫉妬という物は御し難いものだ。
もっと精進しないとな。

「それで?考えてくれたの?」

「ん?何を?」

「風紀委員の件よ」

口調は落ち着いたものだったが、その視線は凍り付きそうな程冷ややかな物だった。
ちょっと冗談で返しただけなのに、そんな目で見ないでくれよ。

「冗談だよ!冗談!」

「どうだか、怪しいわね」

ぬぅ。
泰三のお宝本を見られたせいか、俺に対する信頼度が著しく下がっている様だ。

「まあいいわ、返事を聞かせて頂戴」

「悪いけど、やめとくよ」

「理由を聞かせて貰っていいかしら?」

「プラーナの訓練をしたい。俺は学園に入ったばかりで能力があれだからな」

俺の返事に、氷部は訝し気な表情をする。
それは「何を言ってるんだこの男は」と言った表情だった。

「入ったばかりなのは知っているわ。でも身体強化の能力を考えても、あれだけの動きが出来るんだから貴方のプラーナの判定はAでしょ?それ以上に鍛えたいって事?」

「いやAじゃなくてFだぞ。あと、俺の能力は身体強化じゃない」

「…………」

氷部は半眼の眼差しで俺を見る。
どうやら俺の言葉を信じていない様だ。
まあ結構出鱈目な動きをしてるからな、そう思われても仕方がないか。

「まあいいわ。トップが首になってしまったから、それを補う人手が欲しかったんだけど。本人に入る意思がないのなら仕方が無いわね」

トップって事は……エレメンタルマスター、四条王喜の事か。
あいつ風紀委員長を首になってたのか。

……ま、自業自得だな。

「あんなのなら、いない方がましだったんじゃないのか?」

氷部の補うという言葉に違和感を感じる。
あれだけアホだと、いない方がましだったと思うのだが。

「人格とお頭おつむに難はあったけど、実力はあったわ。少なくとも、彼の前で喧嘩を始める生徒はいなかったわよ」

「一応抑止力にはなってたって事か?」

「ええ、積極的に学園内の見回りもしてはいたし」

俺から見れば大した実力ではなかったが、それでも四天王の肩書は伊達じゃ無かったと言う訳か。
まあ少なくとも、本人の起こすトラブルのマイナスを帳消しにする程度には、役に立ってはいた様だ。

「私もそれ程暇じゃないから、これで失礼させて貰うわ」

そう言うと氷部は転移能力で消えてしまう。
しかし忙しいと言う割に、俺と金剛の勝負は黙って見てたな。
ひょっとして、彼女も奴のファンなのだろうか?

だとしたら胸糞の悪い話だ。
イケメンなどこの世から消えてしまえばいいのに。

俺は心から本気でそう神に祈った。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

無能スキルと言われ追放されたが実は防御無視の最強スキルだった

さくらはい
ファンタジー
 主人公の不動颯太は勇者としてクラスメイト達と共に異世界に召喚された。だが、【アスポート】という使えないスキルを獲得してしまったばかりに、一人だけ城を追放されてしまった。この【アスポート】は対象物を1mだけ瞬間移動させるという単純な効果を持つが、実はどんな物質でも一撃で破壊できる攻撃特化超火力スキルだったのだ―― 【不定期更新】 1話あたり2000~3000文字くらいで短めです。 性的な表現はありませんが、ややグロテスクな表現や過激な思想が含まれます。 良ければ感想ください。誤字脱字誤用報告も歓迎です。

転生した体のスペックがチート

モカ・ナト
ファンタジー
とある高校生が不注意でトラックに轢かれ死んでしまう。 目覚めたら自称神様がいてどうやら異世界に転生させてくれるらしい このサイトでは10話まで投稿しています。 続きは小説投稿サイト「小説家になろう」で連載していますので、是非見に来てください!

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

[鑑定]スキルしかない俺を追放したのはいいが、貴様らにはもう関わるのはイヤだから、さがさないでくれ!

どら焼き
ファンタジー
ついに!第5章突入! 舐めた奴らに、真実が牙を剥く! 何も説明無く、いきなり異世界転移!らしいのだが、この王冠つけたオッサン何を言っているのだ? しかも、ステータスが文字化けしていて、スキルも「鑑定??」だけって酷くない? 訳のわからない言葉?を発声している王女?と、勇者らしい同級生達がオレを城から捨てやがったので、 なんとか、苦労して宿代とパン代を稼ぐ主人公カザト! そして…わかってくる、この異世界の異常性。 出会いを重ねて、なんとか元の世界に戻る方法を切り開いて行く物語。 主人公の直接復讐する要素は、あまりありません。 相手方の、あまりにも酷い自堕落さから出てくる、ざまぁ要素は、少しづつ出てくる予定です。 ハーレム要素は、不明とします。 復讐での強制ハーレム要素は、無しの予定です。 追記  2023/07/21 表紙絵を戦闘モードになったあるヤツの参考絵にしました。 8月近くでなにが、変形するのかわかる予定です。 2024/02/23 アルファポリスオンリーを解除しました。

おっさんの神器はハズレではない

兎屋亀吉
ファンタジー
今日も元気に満員電車で通勤途中のおっさんは、突然異世界から召喚されてしまう。一緒に召喚された大勢の人々と共に、女神様から一人3つの神器をいただけることになったおっさん。はたしておっさんは何を選ぶのか。おっさんの選んだ神器の能力とは。

七英雄伝 ~長すぎる序章 魔王討伐に出た女勇者、返り討ちに遭ってなぜか魔王に求婚されたが絶対婚約なんてしない~

コメッコ
ファンタジー
人類の悲願魔王を討伐の為に仲間と共に魔界に旅立った勇者ルナティア。 しかし、魔王城に辿り着く前にルナティア達の前に立ちはだかったのは四天王最強にして魔王の側近たる黒騎士魔人シュトライゼン。 魔王城を目指すためにルナティア達は魔人シュトライゼンに戦いを挑むが、その実力差は明白だった。 そしてシュトライゼン相手に勝機を見出せないルナティアは仲間を逃がすために1人シュトライゼンと一騎打ちに出る事を決意する。 戦いの末、魔王城に囚われたルナティアはそこで予想もしていなかった事態に直面することになる。 この話は人間界に七英雄が現れる要因を作ったある事件が起こるまでを描いた作品になっています。 ↑ 話が進むまではなんのこっちゃって感じだと思いますのでそこらへんは当分無視して頂いて、なんか後々七英雄が出てくるんだなー。程度に思って下さったら嬉しいです。 私の別作品『魔王をするのにも飽きたので神をボコって主人公に再転生!』とも一応関連している作品となっていますので、良かったらこちらも見て頂けると嬉しいです。 ↓ https://www.alphapolis.co.jp/novel/638530573/610242317 小説家になろうに投稿後した後アルファポリス、カクヨム、ツギクルにもまとめて投稿してます。

キャラ交換で大商人を目指します

杵築しゅん
ファンタジー
捨て子のアコルは、元Aランク冒険者の両親にスパルタ式で育てられ、少しばかり常識外れに育ってしまった。9歳で父を亡くし商団で働くことになり、早く商売を覚えて一人前になろうと頑張る。母親の言い付けで、自分の本当の力を隠し、別人格のキャラで地味に生きていく。が、しかし、何故かぽろぽろと地が出てしまい苦労する。天才的頭脳と魔法の力で、こっそりのはずが大胆に、アコルは成り上がっていく。そして王立高学院で、運命の出会いをしてしまう。

見よう見まねで生産チート

立風人(りふと)
ファンタジー
(※サムネの武器が登場します) ある日、死神のミスにより死んでしまった青年。 神からのお詫びと救済を兼ねて剣と魔法の世界へ行けることに。 もの作りが好きな彼は生産チートをもらい異世界へ 楽しくも忙しく過ごす冒険者 兼 職人 兼 〇〇な主人公とその愉快な仲間たちのお話。 ※基本的に主人公視点で進んでいきます。 ※趣味作品ですので不定期投稿となります。 コメント、評価、誤字報告の方をよろしくお願いします。

処理中です...