上 下
56 / 67

56話 魔王の僕

しおりを挟む
「っ!?」

ラキアの纏う力に目を見開いている隙に、彼女の顔が近づき。
その唇で俺の口が塞がれた。
その温かい唇から、何かぬるりとした物が俺の口の中に入って来る。

それは俺の喉を通り、腹の中に入り込んだ。

「ぐぅっ!?」

咄嗟にラキアを振り解くが、腹の中の違和感は消えない。
何かが俺の中でのたくっているのだ分かる。

「ラキア……何をした!!」

「あらやだ。只の祝福のキスじゃない。そんなに嫌がらなくってもいいのに」

真面に答えるつもりはない様だ。
俺は冥界の瞳でそれを確認するが、何も見えない。

やがて腹の中の違和感は消える。
だがラキアが何かをやったのは間違いない。
取り出すのが難しい以上、目の前の糞女を始末して対処するしかないだろう。

だが――

「ラキア。なぜお前が冥界の力を使える!?」

彼女の纏う力は間違いなく俺と同質の、魔王の力だった。
だが魔王は真実の秤トゥルーの魔法で真実を詳らかにしている。
その中で、奴は俺と契約中は他の誰かと追加で契約しないとハッキリと宣言していた。

その為、ラキアが魔王と契約出来るはずがないのだ。

「ああ、これね」

ラキアは楽しそうに手をヒラヒラとさせ、邪悪なオーラを噴出させて見せる。

「魔王は俺が生きている限り、誰とも契約できない筈だ」

「それってあれでしょ?貴方と契約して以降って話でしょ」

ラキアが口の端を歪め――帽子は口付けの際落ちている――馬鹿にした様な目で俺を見た。

「まさか……」

その一言で俺は気づく。
ラキアが契約したのは、俺の後ではなく――

「そ、貴方より先に契約していただけよ」

俺が確認したのはあくまでも契約後の話。
確かにあの時点でラキアが契約していたのなら、嘘にはならない。

「因みに。魔王討伐前の慰問にいった時には、もう契約してたわよ」

「なっ!?」

「魔王様はね。負けるって分かってたのよ。貴方達に。だから私に契約を持ちかけたの。負けた後のリカバーの為にね。でも貴方って間抜けよねー。森に着いた時点で穴は開いていたんだから、誰かがその穴を開けてるんだって気づかなかったの?まあ逃げるのでいっぱいいっぱいだったのかしら……ねえ、大賢者様」

「くっ……」

ラキアが小ばかにした様に笑う。
だが確かにこいつの言う通りだ。
俺が脱獄の際、王都の西の森には既に穴が開いていた。
それは即ち、その時点で誰かが冥界の力を使って穴を開けていた事を表わしている。
そんな簡単な事にすら気づかなかったとは……大賢者が聞いて呆れる。

仲間の事といい。
魔王の事といい。
見落としだらけの自分の間抜けさが恨めしい

「だが何故だ?お前は一国の王女だろう?」

彼女は王女として何不自由なく生活していた。
魔王と契約する理由などない筈。

可能性があるとすれば、それは脅しだが。
契約時なら兎も角、少なくともこの世界から逃げ出した魔王には、ラキアに手出しする手段はなかった筈だ。
その状態で冥界の穴を開けた意味が分からない。

「そう、私は一国の王女。でもただそれだけ。どれだけ頑張っても一国の王にも成れない。たった一国の王にもよ。そんな国一つ動かせない立場より、魔王様の腹心として世界を支配した方が楽しそうでしょ?ふふふふ」

ラキアは楽しそうに笑う。
悪意や害意はなく、只々楽しいと言う感情からの屈託のない笑顔。
俺はこんなにも純粋で、醜い笑顔を見た事がない。

「ラキア……」

「あらあら、そう睨まないでよ。それよりブレイブとの勝負はどうだった?楽しんで貰えたかしら?」

ラキアのその言葉と、ブレイブの異変が繋がる。
間違いなくこいつがブレイブに何かをした。
だから戦いの最中、おかしかったのだと確信する。

「ブレイブに何をした?」

「ブレイブには何にもしてないわよぉ。手を加えたのは剣の方。正確にはそこに取り込んだ宝玉の方ね。流石に完成されてたら手出しできなかったけど、彼が自分で調整する前にちょろっと精神に作用する様にしておいたのよ。でもお陰でいい勝負が出来たでしょ?」

その口ぶりから、俺とブレイブの戦いをこの女はずっと見ていた事が分かる。
貴方が勝ったのねと言っていたが、白々しい演技だった様だ。
ブレイブとの戦いを穢されたなどと言うつもりはないが、この女の手の上で踊らされていたのかと思うと、腹が立ってしょうがない。

「ふふ、怖い顔ねぇ」

この女に一矢報えぬままでは死んでも死に切れん。
だが現状、真面に動けない体でラキアに勝つのは難しい。
長話で回復の時間を稼ごうにも限界があり、それに腹に入れられた物も気になる。

一体どうすれば……

進退窮まった状態に俺は歯軋りする
だがその時、救いの神は現れた。

「「ガルガーノ!」」

「王子様!!」

姿を現したのはリピ達だ。
まさに最高のタイミングでの援軍。
俺はその幸運に、思わずいるかどうかも分からない神に感謝の気持ちを捧げる。

「リピ!レイラ!イナバ!」

何故彼らが戦場を放棄してこの場にいるのかは、正直分からない。
だが俺にとってこれ以上の僥倖はなかった。

「あらあら、随分と嬉しそうな顔ねぇ。そんなに彼女達を信頼してるの?」

「ガルガーノ!」

レイラが前に立ち、ラキアに剣を向ける。
続いてイナバも俺の前に立った。

「胸騒ぎがしてあんたを追って来て見りゃ、どうなってる!?なぜブレイブの女があんたと同じ力を纏ってんだ?」

「説明は後だ。今は時間稼ぎを頼む。俺はダメージで動けそうにない。リピは回復を頼む」

「わかった!」

「うん!」

冥界の力を得たラキアの力は未知数だが、元々が戦う事のない王族の女だ。
今のイナバとレイラ二人ならば十分戦える範疇の筈だ。
その間にリピから回復を受ければ……勝てる!

「ふふふ、ひょっとして……今勝てるって思ったのかしら。顔に書いているわよ。本当に分かり易いわねぇ」

「ああ、勝つさ」

俺はきっぱりと返す。
だが気になるのはラキアの態度だ。
明かに不利な状況に傾きつつあると言うのに、その表情は余裕のままだった。
何かまだ隠し玉でもあるのだろうか?

「ガルガーノ。貴方不思議に思わなかったの。レイラ、イナバ、リーン。貴方を手助けした人間が、全員かつての仲間と同じ名前だった事に」

「何が言いたい」

「こういう事よ」

ラキアが手を叩き。
パーンと乾いた音が響いた。
するとレイラとイナバが構えていた武器を下ろす。

「イナバ!レイラ!どうした!?」

焦って彼女達の顔を覗き込むと、その表情は虚ろで目の焦点が合っていなかった。
明かに異常な状態だ。

「イナバ、レイラ。もういいわよ。貴方達は戦場に帰りなさい」

「あ、あぁ……は……い」

ラキアの指示にゆっくり頷いたかと思うと、彼女達はフラフラとその場を去っていく。
まるで操り人形で様に。

「ラキア!二人に一体何を!?」

「せっかく分かり易い名前にしてあげてたのに、貴方ってば最後まで気づかないのね。ホントお馬鹿さん」

「まさか……」

「そ、彼女達は私が貴方の為に用意したナビよ。ブレイブの細胞にレイラやイナバ、リーンの細胞を混ぜて作ったあたしの可愛い人形達。彼女達は復讐の役に立ったでしょ?」

確かに出来過ぎた話だとは思っていた。
全員が全員、かつての仲間達と同じ名だったのは。
だがまさか……すべてラキアが用意した手下だったなどとは……

「魔王様帰還の為には、貴方には出来るだけ多くの力を使って貰わないといけなかったわ。だから、貴方の復讐が恙なく進むように用意しておいたのよ」

「ぐ……」

全てはこの女の手の上だった。
それに最後まで気づけずにいるとは……だがまだ負けた訳じゃない。
イナバとレイラをけしかけられていればアウトだったかもしれないが、奴は二人を下がらせた。

その傲慢さこそ、奴に付け込む隙だ。
俺とリピの二人なら、まだ勝機はある。

「そうそう、実は私とブレイブの細胞を混ぜて作った子もいるんだけど、誰だかわかるかしら」

ラキアの視線がある一点を見つめる。
それにつられて、俺も視線を横に動かした。

「え?」

リピが注目を受けて声を上げる。
まるで何も知らないかの様に。

だが止まっている事に気づく。
彼女がかけてくれていた回復魔法が、いつの間にか止まっている事に。
しおりを挟む
感想 23

あなたにおすすめの小説

俺だけに効くエリクサー。飲んで戦って気が付けば異世界最強に⁉

まるせい
ファンタジー
異世界に召喚された熱海 湊(あたみ みなと)が得たのは(自分だけにしか効果のない)エリクサーを作り出す能力だった。『外れ異世界人』認定された湊は神殿から追放されてしまう。 貰った手切れ金を元手に装備を整え、湊はこの世界で生きることを決意する。

【完結】帝国から追放された最強のチーム、リミッター外して無双する

エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング2位獲得作品】  スペイゴール大陸最強の帝国、ユハ帝国。  帝国に仕え、最強の戦力を誇っていたチーム、『デイブレイク』は、突然議会から追放を言い渡される。  しかし帝国は気づいていなかった。彼らの力が帝国を拡大し、恐るべき戦力を誇示していたことに。  自由になった『デイブレイク』のメンバー、エルフのクリス、バランス型のアキラ、強大な魔力を宿すジャック、杖さばきの達人ランラン、絶世の美女シエナは、今まで抑えていた実力を完全開放し、ゼロからユハ帝国を超える国を建国していく。   ※この世界では、杖と魔法を使って戦闘を行います。しかし、あの稲妻型の傷を持つメガネの少年のように戦うわけではありません。どうやって戦うのかは、本文を読んでのお楽しみです。杖で戦う戦士のことを、本文では杖士(ブレイカー)と描写しています。 ※舞台の雰囲気は中世ヨーロッパ〜近世ヨーロッパに近いです。 〜『デイブレイク』のメンバー紹介〜 ・クリス(男・エルフ・570歳)   チームのリーダー。もともとはエルフの貴族の家系だったため、上品で高潔。白く透明感のある肌に、整った顔立ちである。エルフ特有のとがった耳も特徴的。メンバーからも信頼されているが…… ・アキラ(男・人間・29歳)  杖術、身体能力、頭脳、魔力など、あらゆる面のバランスが取れたチームの主力。独特なユーモアのセンスがあり、ムードメーカーでもある。唯一の弱点が…… ・ジャック(男・人間・34歳)  怪物級の魔力を持つ杖士。その魔力が強大すぎるがゆえに、普段はその魔力を抑え込んでいるため、感情をあまり出さない。チームで唯一の黒人で、ドレッドヘアが特徴的。戦闘で右腕を失って以来義手を装着しているが…… ・ランラン(女・人間・25歳)  優れた杖の腕前を持ち、チームを支える杖士。陽気でチャレンジャーな一面もあり、可愛さも武器である。性格の共通点から、アキラと親しく、親友である。しかし実は…… ・シエナ(女・人間・28歳)  絶世の美女。とはいっても杖士としての実力も高く、アキラと同じくバランス型である。誰もが羨む美貌をもっているが、本人はあまり自信がないらしく、相手の反応を確認しながら静かに話す。あるメンバーのことが……

神様に与えられたのは≪ゴミ≫スキル。家の恥だと勘当されたけど、ゴミなら何でも再生出来て自由に使えて……ゴミ扱いされてた古代兵器に懐かれました

向原 行人
ファンタジー
 僕、カーティスは由緒正しき賢者の家系に生まれたんだけど、十六歳のスキル授与の儀で授かったスキルは、まさかのゴミスキルだった。  実の父から家の恥だと言われて勘当され、行く当ても無く、着いた先はゴミだらけの古代遺跡。  そこで打ち捨てられていたゴミが話し掛けてきて、自分は古代兵器で、助けて欲しいと言ってきた。  なるほど。僕が得たのはゴミと意思疎通が出来るスキルなんだ……って、嬉しくないっ!  そんな事を思いながらも、話し込んでしまったし、連れて行ってあげる事に。  だけど、僕はただゴミに協力しているだけなのに、どこかの国の騎士に襲われたり、変な魔法使いに絡まれたり、僕を家から追い出した父や弟が現れたり。  どうして皆、ゴミが欲しいの!? ……って、あれ? いつの間にかゴミスキルが成長して、ゴミの修理が出来る様になっていた。  一先ず、いつも一緒に居るゴミを修理してあげたら、見知らぬ銀髪美少女が居て……って、どういう事!? え、こっちが本当の姿なの!? ……とりあえず服を着てっ!  僕を命の恩人だって言うのはさておき、ご奉仕するっていうのはどういう事……え!? ちょっと待って! それくらい自分で出来るからっ!  それから、銀髪美少女の元仲間だという古代兵器と呼ばれる美少女たちに狙われ、返り討ちにして、可哀想だから修理してあげたら……僕についてくるって!?  待って! 僕に奉仕する順番でケンカするとか、訳が分かんないよっ! ※第○話:主人公視点  挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点  となります。

農業機器無双! ~農業機器は世界を救う!~

あきさけ
ファンタジー
異世界の地に大型農作機械降臨! 世界樹の枝がある森を舞台に、農業機械を生み出すスキルを授かった少年『バオア』とその仲間が繰り広げるスローライフ誕生! 十歳になると誰もが神の祝福『スキル』を授かる世界。 その世界で『農業機器』というスキルを授かった少年バオア。 彼は地方貴族の三男だったがこれをきっかけに家から追放され、『闇の樹海』と呼ばれる森へ置き去りにされてしまう。 しかし、そこにいたのはケットシー族の賢者ホーフーン。 彼との出会いで『農業機器』のスキルに目覚めたバオアは、人の世界で『闇の樹海』と呼ばれていた地で農業無双を開始する! 芝刈り機と耕運機から始まる農業ファンタジー、ここに開幕! たどり着くは巨大トラクターで畑を耕し、ドローンで農薬をまき、大型コンバインで麦を刈り、水耕栽培で野菜を栽培する大農園だ! 米 この作品はカクヨム様でも連載しております。その他のサイトでは掲載しておりません。

【書籍化決定】俗世から離れてのんびり暮らしていたおっさんなのに、俺が書の守護者って何かの間違いじゃないですか?

歩く魚
ファンタジー
幼い頃に迫害され、一人孤独に山で暮らすようになったジオ・プライム。 それから数十年が経ち、気づけば38歳。 のんびりとした生活はこの上ない幸せで満たされていた。 しかしーー 「も、もう一度聞いて良いですか? ジオ・プライムさん、あなたはこの死の山に二十五年間も住んでいるんですか?」 突然の来訪者によると、この山は人間が住める山ではなく、彼は世間では「書の守護者」と呼ばれ都市伝説のような存在になっていた。 これは、自分のことを弱いと勘違いしているダジャレ好きのおっさんが、人々を導き、温かさを思い出す物語。 ※書籍化のため更新をストップします。

~まるまる 町ごと ほのぼの 異世界生活~

クラゲ散歩
ファンタジー
よく 1人か2人で 異世界に召喚や転生者とか 本やゲームにあるけど、実際どうなのよ・・・ それに 町ごとってあり? みんな仲良く 町ごと クリーン国に転移してきた話。 夢の中 白猫?の人物も出てきます。 。

捨て子の僕が公爵家の跡取り⁉~喋る聖剣とモフモフに助けられて波乱の人生を生きてます~

伽羅
ファンタジー
 物心がついた頃から孤児院で育った僕は高熱を出して寝込んだ後で自分が転生者だと思い出した。そして10歳の時に孤児院で火事に遭遇する。もう駄目だ! と思った時に助けてくれたのは、不思議な聖剣だった。その聖剣が言うにはどうやら僕は公爵家の跡取りらしい。孤児院を逃げ出した僕は聖剣とモフモフに助けられながら生家を目指す。

S級パーティを追放された無能扱いの魔法戦士は気ままにギルド職員としてスローライフを送る

神谷ミコト
ファンタジー
【祝!4/6HOTランキング2位獲得】 元貴族の魔法剣士カイン=ポーンは、「誰よりも強くなる。」その決意から最上階と言われる100Fを目指していた。 ついにパーティ「イグニスの槍」は全人未達の90階に迫ろうとしていたが、 理不尽なパーティ追放を機に、思いがけずギルドの職員としての生活を送ることに。 今までのS級パーティとして牽引していた経験を活かし、ギルド業務。ダンジョン攻略。新人育成。そして、学園の臨時講師までそつなくこなす。 様々な経験を糧にカインはどう成長するのか。彼にとっての最強とはなんなのか。 カインが無自覚にモテながら冒険者ギルド職員としてスローライフを送るである。 ハーレム要素多め。 ※隔日更新予定です。10話前後での完結予定で構成していましたが、多くの方に見られているため10話以降も製作中です。 よければ、良いね。評価、コメントお願いします。励みになりますorz 他メディアでも掲載中。他サイトにて開始一週間でジャンル別ランキング15位。HOTランキング4位達成。応援ありがとうございます。 たくさんの誤字脱字報告ありがとうございます。すべて適応させていただきます。 物語を楽しむ邪魔をしてしまい申し訳ないですorz 今後とも応援よろしくお願い致します。

処理中です...