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外伝 その王子と恋に落ちたら大変です  終章

第八話 否定

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 ゴルティニア王国の王宮に来てから、ルドガーは祖父ジャクセンに会うことを禁じられた。
 ユーリスからは「父上が落ち着くまで、ルドガーは会わないように」と言われている。
 
 いったい何故だとルドガーは思う。

 ルドガーは自分がジャクセンのそばにいたかった。
 ジャクセンは三十年ぶりにこの世に帰ってきたのである。以前の家族の元には戻れず、頼りない身の上が当然不安であるはずだ。その彼の力になりたかった。
 なのに、ユーリスは厳しくルドガーがジャクセンのそばに近づかないよう命じていた。

 それはルドガーが、ジャクセンを生き返らせたから?
 その身体を魔法で変えてしまったから?
 いつか番にしようと望んでいるから?

 「会うな」と言われても、ルドガーは、到底それを受け入れることなど出来なかった。

 しかしユーリスは、ジャクセンに、あの“結界の指輪”を渡していた。
 室内の一切の魔法発現を禁ずるそれで、ルドガーがジャクセンのそばに、“転移”魔法で近づくことが出来なくなった。おまけにジャクセンの過ごす部屋は、ユーリス達の居室そばに設けられ、護衛の騎士達まで付けられている。近づこうとしても、騎士達に制止される状況だった。

 それでもルドガーが諦めきれずに、ジャクセンの部屋の近くまで行った時、たまたま部屋から護衛を連れたジャクセンが出てきた。ルドガーは彼の姿を見て、思わず悔しさに呻き声を上げてしまった。

 歩いているジャクセンの胸元から、ピョコンと一瞬、小さな黄金竜が顔を覗かせて、そして一瞬で頭を引っ込めた。
 ユーリスの産んだもう一頭の黄金竜アリアナである。
 あの小さな竜の雛は、ユーリスがジャクセンへ紹介した後、毎日のようにジャクセンの元で過ごしている話は伝え聞いていた。大好きな親のユーリスとそっくりなジャクセンを、もう一人の親のように慕っている。
 そして今では、あの小さな竜の雛は、ジャクセンの温かな胸元に入れてもらえるほどに、可愛がられている。

 その事実に、ルドガーは悔しさと怒りに、ギリギリと歯を噛み締める。
 雛であったルドガーが、どんなに望んでも、ジャクセンの胸元に入れてもらうことは出来なかった(というか、その希望が通じず、布袋にはいつも美味しい果物を詰め込まれ、ルドガーの背にくくられた)。
 なのに妹のアリアナは、いともたやすくジャクセンの胸元に入れてもらえている。

 ルドガーは、ツカツカと歩いて、ジャクセンの方へ近寄る。
 ジャクセンのそばに付けられている護衛の騎士達が、近寄って来るルドガーに気が付いて、壁になるようジャクセンの前に立つ。
 ジャクセンは、近づいてくるルドガーの存在に気が付いて彼の方から声をかけてきた。

「どうした、ルドガー」

「おじいさま、お話があります」

「分かった」

 ユーリスからはジャクセンに近づくなと言われていたが、ジャクセン自身はルドガーを強く拒否している風ではない。そのことにルドガーは安堵していた。
 
(おじいさまが僕に、金輪際近づくなと言ってきたら、本当に僕は絶望してしまうだろう)

 黄金竜ウェイズリーではないが、番から嫌われたら生きていけないというその感情が理解できる。

 ジャクセンは、すぐ近くの中庭で話をしようと言い、護衛を引き連れながら、ルドガーと二人で中庭に続く短い石階段を降りていく。
 降りていきながら、ルドガーはジャクセンに話しかけた。

「ここでの生活も落ち着きましたか?」

「ああ、ユーリスがよくしてくれる」

 ジャクセンは、王城の図書館の書籍や、街で流通している新聞記事を取り寄せて読んだり、家庭教師役を務める何人かの識者と話をしているらしい。ときどき、護衛達についてもらいながら、王城近くの街や村などにも足を運んでいるという話だった。
 彼は積極的に知識を吸収しようとしていた。

「何か、僕がお手伝いできることはありませんか」

 ジャクセンは、そう言うルドガーに頷きながらも「大丈夫だ」と告げる。
 実際、ユーリスはジャクセンに対して非常によくしてくれていた。
 衣食住の保証は元より、ジャクセンが困ることのないように先回りして備えてくれる。
 まったく不便のない生活だった。

 短い石階段を降りたところで中庭だった。支柱に蔦を巻き付ける植物の紫の花が、ちょうど今の時期は見頃だった。頭上に幾つもの薄紫色の花が大きな房を付けて風に揺れていた。
 丹精こめて育てられているのだろう。
 満開の薄紫色の花が、一斉に風に揺れる様は美しいの一言だった。
 
 ジャクセンは足を止めて、その花を眺めている。
 そしてそのジャクセンの姿を、ルドガーは見つめ続けていた。
 艶やかな黒髪に印象的な切れ長の青い瞳を持つ、白皙の美貌の男性である。彼を見て、目を奪われない者はいない。
 特に今、美しい花を仰ぎ見る彼の姿は一枚の絵のようだった。

 ルドガーは、ジャクセンを見つめながらぽつりと言った。

「アリアナが、僕は羨ましいです」

 突然、妹竜の名を出され、ジャクセンは首を傾げた。

「何故だ?」

「だって、おじいさまのそばにずっといることが出来るじゃないですか」

「お前はもう大人だ。王子としての務めもある。こんな小さな妹が羨ましいといってどうする」

 自分の名を出されたため、小さな妹竜が再びジャクセンの胸元からピョコンと頭を出して「キュルル?」と鳴いている。温かなジャクセンの胸元に、妹竜がいることが、心底悔しくてルドガーは、思わず子供のように言っていた。

「羨ましいです。だって、おじいさまは僕を一度として、胸元に入れてくれなかったじゃないですか」

 ジャクセンは、護衛の騎士達に向かって「しばらく私とルドガーを二人だけにしてくれ」と告げた。それで騎士達が少し離れた場所まで下がっていくのを見てから、ジャクセンはそのことを口にした。

「ユーリスからは、王城で、お前が黄金竜であることは、秘密にされていると聞いている。そんなことを口にすれば、秘密も保てなくなるぞ」

 王城で黄金竜が姿を見せるのは、シルヴェスター国王とユーリスが、黄金竜から庇護を受けているからとされる。まさか国王とその伴侶が、小さな黄金竜の雛を産んでいるとは、王城の人々は考えてもいない。

「…………分かっています。でも、僕は」

 女々しいことを言っていると分かっている。
 でも、ジャクセンのそばに近寄ることを禁じられ、妹竜には子供の頃から憧れていた場所を簡単に取られ、ルドガーとしては不満でたまらなかった。

 ジャクセンはため息をつく。

「お前は、お前にふさわしい竜を探すべきだ」

「僕はおじいさまが好きなのです」

 ジャクセンの胸元にいる妹竜アリアナは、自分の目の前で交わされている会話に、金色の目を大きく開いて、ジャクセンの顔を見た後、またルドガーの顔を見て、そしてまたジャクセンの顔を見るというように、二人の男達の顔を交互に見ながら、口をパクパクと開いている。
 シリアスな場面なのに、それでどうしてもシリアスになり切れず、ジャクセンは笑って、アリアナの頭を撫でた。

「私はお前の祖父だ」

「別に、それでも構わないでしょう」

「私が構う」

 やがてアリアナは目を丸くして「キュッキュルルルル」と鳴いて混乱している。

「…………お前がそんなことを言っているから、アリアナが驚いているではないか」

「アリアナをおじいさまの胸元から出して下さい。アリアナがそこにいることが、僕は腹立たしくて仕方ないです」

「…………………」

「僕だって、おじいさまの胸元に」

「お前はもう、大人で王子の身の上だ。いつまでも子供のようなことを言ってはならない」

 その言葉に、ルドガーが反抗するように言った。

「ウェイズリーは、今もユーリスの胸元に入って喜んでいるんですよ!!」

 そう。
 親の黄金竜ウェイズリーは、小さな竜の姿になると、未だに番のユーリスの胸元に入って「キュイキュイキュルルルルルルゥ」としがみついて甘えて鳴いている状態なのだ。黄金竜の威厳もへったくれもない姿だった。
 親のウェイズリーがそうしているのに、ルドガーが禁止されることはおかしい。
 それがルドガーの言い分である。

 しかし、息子ユーリスとその伴侶のやりとりを教えられたジャクセンは、深くため息をついて言った。

「私はダメだ。ルドガー」

 そう言って、やはり否定の言葉を口にされるのだった。
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