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外伝 その王子と恋に落ちたら大変です 第十章 蝶の夢(下)
第三十八話 竜珠
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強い殺意を持って大量の“金色の芽”が、白銀竜エリザヴェータの身を襲った時、エリザヴェータは何故か微笑みを浮かべて抵抗も見せず、それを受け入れようとしていた。
その“金色の芽”が彼女に襲いかかるのを止めたのは、同じように床から湧き出した“白銀の芽”だった。しかし、すべての“金色の芽”を防ぎ切れずに、その芽の何本かが、エリザヴェータの前に立つ、弟のコンラートの身を貫いていた。
エリザヴェータは突然、弟が目の前に現れて、自分を庇ったことに動転していた。
「ど、どうして、どうしてコンラート、貴方がここにいるの? 出歩かずに寝ていなさいと言ったでしょう。どうして、どうしてここにいるの」
「姉さん」
“金色の芽”が、コンラートの脇腹から背を貫いている。いや、そこだけではない。彼の肩も腕も足も、貫かれている。ひどい有様だった。
コンラートは口からゴボリと血を吐き出す。
その様子を見て、エリザヴェータはいやいやするように頭を振っていた。
「待ってて、わたくしが治してあげるから」
そして白銀竜の姉弟の少し離れたところにルドガーが立っていた。この王城の部屋は“転移”してくることが出来ない。そのため、ルドガーはコンラートと王城の外から徒歩で入って来たため、時間がかかった。そして入るなり、コンラートはエリザヴェータを庇って、“白銀の芽”で彼女の身を守ったのだ。止めるよりも先に彼は走って姉の身を庇っていた。火傷を負い、傷ついていたはずなのに、どこにまだそんな力が残っていたのか。
「だめだよ、姉さん、勝手に死んでは」
「コンラート……」
そう言うコンラートの顔色がますます悪くなってくる。
ルドガーは慌ててコンラートに近づいた。
「おい、しっかりしろ」
コンラートは近くに来たルドガーを見上げて、口を二、三回、開いた。
彼が何を言いたいのか分かったルドガーは、以前、彼からせがまれた言葉を口にした。
それを言えば、コンラートの命が消えないとさえその時は思ったからだ。
「コンラート、お前は僕との約束だってまだ果たしていないじゃないか。約束を果たせ」
その言葉に、のろのろとコンラートは顔を上げて言った。
「……そうだ。約束は果たさなくちゃ。姉さんも」
弟の言葉に、虚を突かれたような顔をするエリザヴェータ。
コンラートは小さく呪文を唱える。それと同時に、コンラートの身体が白く輝き始める。
おそらく事前にその身に呪文が刻み込まれていたのだろう。コンラートが口にした短い呪文が反応して、彼の全身を無数の古い竜の呪文が走り抜けていく。
「…………何を……何をしているコンラート」
ルドガーは、突然の魔法の発現に驚きながらコンラートに尋ねた。
こんな時なのに、それはとても美しく見えた。キラキラと白く輝く呪いの文字が、コンラートの全身を包んでいく。
「使い方は、手紙に書いて僕の巣に置いてある。ルドガー、ちゃんと使ってね」
そうコンラートは弱々しい声で言った後、ルドガーを見つめて微笑んだ。
「さようなら」
目まぐるしく輝く呪文がコンラートの身を包み込んだ後、その場に残されたのは、パサリと床に落ちた抜け殻のような少年の服と、つるりとした真っ白い珠だった。
それが竜珠と呼ばれる、竜の命の結晶だと、ルドガーは後に知るのだった。
弟が真っ白い珠に姿を変えたのを見て、姉エリザヴェータは呆然としていた。
それから、何故かケタケタと笑い声を上げた後、クルリとシルヴェスターの方を向いた。
「陛下は、ユーリスの復活をお望みですよね」
エリザヴェータの尋常ではない、どこか気の触れたようなその様子に、シルヴェスターは一瞬、怒りを忘れ、素直に頷いていた。
それを見てエリザヴェータは満足そうに頷いた。
「ああ、最初からこうすれば良かったのですね。……わたくし達は自死も許されない生き物でした」
自死も許されない
その言葉を初めて耳にして、ルドガーもシルヴェスターも、エリザヴェータを見つめた。
「当然です。わたくし達は、黄金竜のために作られ、黄金竜のために生きて、黄金竜を愛する生き物ですから。わたくし達で死ぬことは選べません。陛下がわたくし達の死を望まない限り、わたくし達は死ぬことすら出来ないのです」
エリザヴェータは微笑んだ。
「わたくし達が死ぬためには、わたくし達を憎んでもらうほかありません」
そう微笑みながら、エリザヴェータは首を傾げる。それからもう一度、ケラケラと笑った。
笑い終わった後、一瞬どこか疲れたような表情が面を走った。
「でも、最初からこうしておけばよかった。ただの“道具”として使ってもらえるように、珠に変わってお側において頂ければよかった。そうしていれば、陛下にお使い頂けた。ああ、愛しておりますよ、陛下。狂おしいほどに貴方様を愛しております。貴方様のおそばで過ごすことが出来たこの一年はわたくしどもにとって、本当に、本当に幸せなことでした。このままこの時が、永遠に続けば良いと願うほどに」
エリザヴェータは両手を組み合わせ、じっとシルヴェスターを見つめる。
その姿は、恋する乙女といった風情があった。
それから、エリザヴェータは微笑んだ。
「でもいけませんね。弟の言葉で思い出しましたわ。わたくし達もなすべきことをなさねばなりません。陛下、わたくしの命をどうかお使い下さい。貴方様の愛する番を蘇らせるための、“代償”として」
そのエリザヴェータの言葉を耳にして、ルドガーは気が付いた。
白銀竜達が、ルドガーの願いを叶えるということは、彼らの命を代償とするということに。
もっと早く気が付くべきだった。
彼は最初から言っていたではないか。
『僕は君の大好きなジャクセンを生き返らせてあげる。僕が、代わりに対価を払ってあげる』
代わりに対価を払ってあげる
ルドガーは、真っ白い珠を抱きしめた。
そしてシルヴェスターの目の前でも、白銀竜エリザヴェータの身体は輝く呪文に包まれ、やがてその呪文が止まった時には、水色のドレスに包まれた白い珠が、ぽつんとそこに置かれていたのだった。
その“金色の芽”が彼女に襲いかかるのを止めたのは、同じように床から湧き出した“白銀の芽”だった。しかし、すべての“金色の芽”を防ぎ切れずに、その芽の何本かが、エリザヴェータの前に立つ、弟のコンラートの身を貫いていた。
エリザヴェータは突然、弟が目の前に現れて、自分を庇ったことに動転していた。
「ど、どうして、どうしてコンラート、貴方がここにいるの? 出歩かずに寝ていなさいと言ったでしょう。どうして、どうしてここにいるの」
「姉さん」
“金色の芽”が、コンラートの脇腹から背を貫いている。いや、そこだけではない。彼の肩も腕も足も、貫かれている。ひどい有様だった。
コンラートは口からゴボリと血を吐き出す。
その様子を見て、エリザヴェータはいやいやするように頭を振っていた。
「待ってて、わたくしが治してあげるから」
そして白銀竜の姉弟の少し離れたところにルドガーが立っていた。この王城の部屋は“転移”してくることが出来ない。そのため、ルドガーはコンラートと王城の外から徒歩で入って来たため、時間がかかった。そして入るなり、コンラートはエリザヴェータを庇って、“白銀の芽”で彼女の身を守ったのだ。止めるよりも先に彼は走って姉の身を庇っていた。火傷を負い、傷ついていたはずなのに、どこにまだそんな力が残っていたのか。
「だめだよ、姉さん、勝手に死んでは」
「コンラート……」
そう言うコンラートの顔色がますます悪くなってくる。
ルドガーは慌ててコンラートに近づいた。
「おい、しっかりしろ」
コンラートは近くに来たルドガーを見上げて、口を二、三回、開いた。
彼が何を言いたいのか分かったルドガーは、以前、彼からせがまれた言葉を口にした。
それを言えば、コンラートの命が消えないとさえその時は思ったからだ。
「コンラート、お前は僕との約束だってまだ果たしていないじゃないか。約束を果たせ」
その言葉に、のろのろとコンラートは顔を上げて言った。
「……そうだ。約束は果たさなくちゃ。姉さんも」
弟の言葉に、虚を突かれたような顔をするエリザヴェータ。
コンラートは小さく呪文を唱える。それと同時に、コンラートの身体が白く輝き始める。
おそらく事前にその身に呪文が刻み込まれていたのだろう。コンラートが口にした短い呪文が反応して、彼の全身を無数の古い竜の呪文が走り抜けていく。
「…………何を……何をしているコンラート」
ルドガーは、突然の魔法の発現に驚きながらコンラートに尋ねた。
こんな時なのに、それはとても美しく見えた。キラキラと白く輝く呪いの文字が、コンラートの全身を包んでいく。
「使い方は、手紙に書いて僕の巣に置いてある。ルドガー、ちゃんと使ってね」
そうコンラートは弱々しい声で言った後、ルドガーを見つめて微笑んだ。
「さようなら」
目まぐるしく輝く呪文がコンラートの身を包み込んだ後、その場に残されたのは、パサリと床に落ちた抜け殻のような少年の服と、つるりとした真っ白い珠だった。
それが竜珠と呼ばれる、竜の命の結晶だと、ルドガーは後に知るのだった。
弟が真っ白い珠に姿を変えたのを見て、姉エリザヴェータは呆然としていた。
それから、何故かケタケタと笑い声を上げた後、クルリとシルヴェスターの方を向いた。
「陛下は、ユーリスの復活をお望みですよね」
エリザヴェータの尋常ではない、どこか気の触れたようなその様子に、シルヴェスターは一瞬、怒りを忘れ、素直に頷いていた。
それを見てエリザヴェータは満足そうに頷いた。
「ああ、最初からこうすれば良かったのですね。……わたくし達は自死も許されない生き物でした」
自死も許されない
その言葉を初めて耳にして、ルドガーもシルヴェスターも、エリザヴェータを見つめた。
「当然です。わたくし達は、黄金竜のために作られ、黄金竜のために生きて、黄金竜を愛する生き物ですから。わたくし達で死ぬことは選べません。陛下がわたくし達の死を望まない限り、わたくし達は死ぬことすら出来ないのです」
エリザヴェータは微笑んだ。
「わたくし達が死ぬためには、わたくし達を憎んでもらうほかありません」
そう微笑みながら、エリザヴェータは首を傾げる。それからもう一度、ケラケラと笑った。
笑い終わった後、一瞬どこか疲れたような表情が面を走った。
「でも、最初からこうしておけばよかった。ただの“道具”として使ってもらえるように、珠に変わってお側において頂ければよかった。そうしていれば、陛下にお使い頂けた。ああ、愛しておりますよ、陛下。狂おしいほどに貴方様を愛しております。貴方様のおそばで過ごすことが出来たこの一年はわたくしどもにとって、本当に、本当に幸せなことでした。このままこの時が、永遠に続けば良いと願うほどに」
エリザヴェータは両手を組み合わせ、じっとシルヴェスターを見つめる。
その姿は、恋する乙女といった風情があった。
それから、エリザヴェータは微笑んだ。
「でもいけませんね。弟の言葉で思い出しましたわ。わたくし達もなすべきことをなさねばなりません。陛下、わたくしの命をどうかお使い下さい。貴方様の愛する番を蘇らせるための、“代償”として」
そのエリザヴェータの言葉を耳にして、ルドガーは気が付いた。
白銀竜達が、ルドガーの願いを叶えるということは、彼らの命を代償とするということに。
もっと早く気が付くべきだった。
彼は最初から言っていたではないか。
『僕は君の大好きなジャクセンを生き返らせてあげる。僕が、代わりに対価を払ってあげる』
代わりに対価を払ってあげる
ルドガーは、真っ白い珠を抱きしめた。
そしてシルヴェスターの目の前でも、白銀竜エリザヴェータの身体は輝く呪文に包まれ、やがてその呪文が止まった時には、水色のドレスに包まれた白い珠が、ぽつんとそこに置かれていたのだった。
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