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外伝 その王子と恋に落ちたら大変です  第十章 蝶の夢(下)

第三十七話 記憶の奔流

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「お城では、絶対にあなた様の過去をお話ししてはなりません、ユーリス殿下」

 副官のセリムが、シルヴェスターに会いにゴルティニア王国へ降り立とうとするユーリスにそう言った。

「あの王城の中では、全員に“白銀の芽”が付けられます。ユーリス殿下のお話をした者達は、全て“白銀の芽”でその身を貫かれて死んでしまうのです。それはユーリス殿下、あなた様も例外ではありません。ほんの少しでも、あなた様は過去を口にしてはなりませんよ」

「私には“黄金竜の加護”が付いている。それが私の身を守ってくれるから大丈夫だろう」

 ユーリスはそう言った後、自分の胸元にいる小さな黄金竜の頭を撫でた。

「それに、ウェイズリーも私を守ってくれる」

 小さな黄金竜は、頷いて「キュルルルルゥ!!」と同意するように鳴いたのだ。







 途端、床に倒れ伏したユーリスの姿を見て、白銀竜エリザヴェータは声を上げて笑った。

「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ、黄金竜が、黄金竜が番を守らないなんて!!!!」

 おかしくてたまらないように、エリザヴェータは身を折って、どこか狂ったかのように笑い続けた。

「あり得ない、あり得ないわ。ああああ、本当にあり得ないことが起きたわ!!」

「ユーリス!!」

 シルヴェスターはすぐさま床に倒れたユーリスのそばに近づくが、彼の胸には大きな穴が空き、すでに命が無いことは明らかだった。真っ赤な血がユーリスの身体を染め上げている。もはやどんなに手を尽くしても、その命が帰ることはない。
 一体突然、何が起きたのか、シルヴェスターには理解出来なかった。

「何故、何故こんなことが」

「ユーリスがいなくなったのだから、わたくし達がこれから先も陛下のおそばにお仕えしますわ。ご安心くださいませ」

 エリザヴェータは笑顔のままそう言う。
 シルヴェスターは彼女の相手をしているどころではなく、番のユーリスの身を起こして、彼の身体を魔法で癒そうとする。けれどその傷を塞いだとしても、魂はすでに黄泉を渡っている。取り戻すことは出来ない。

「……何故だ」
 
 シルヴェスターは混乱にあった。

(彼は、私とユーリスの卵だと言った)

 しかし、それはあり得ない。
 ユーリスと愛し合ったのは、この発情期が初めてだ。

(この卵がユーリスのものだとしても、卵の片親は私ではない)

「陛下、もう諦めてくださいませ。ユーリスは死にました」

 胸に大きな穴が空いている。そして血が、真っ赤な血が彼の全身を染めている。
 凄惨な姿だった。

 それでも奇跡的に、ユーリスの顔は血に濡れずに綺麗だった。
 苦しそうでもなく、どこか穏やかな表情をしている。
 ようやく、伝えたかったことが伝えられたように。

 その時、彼の手に金色の鱗が一枚握られていることに気が付いた。死してなおも握られているそれ。
 それを、シルヴェスターは手に取った。

 触れた瞬間、鱗から“過去の記憶”が奔流のように流れ込み、その膨大な記憶にシルヴェスターは圧倒された。



 ラウデシア王国の王立学園で初めて出会った。
 出会った時から、宝石のように一際美しいこの少年に惹かれていた。
 誰も目を向けることのない捨て置かれた王子。その自分に手を差し伸べて、愛してくれたのは彼だけだった。
 いつも一緒だった。一緒に机を並べて、学び、本を読んだ。
 そう、彼は本を読むのが大好きで、私は彼を大量の蔵書のある王立図書館へ連れていったこともあった。
 共に冒険をしたこともある。あの頃はダンカンも生きていて。

 蘇る記憶に胸が痛くなる。

 父親のように愛してくれたダンカン。彼と一緒に国を捨てるよう後にした。
 ユーリスの隣に立つためには、あの国にはいられなかった。
 いつか彼を迎えるために、誰よりも強くなるために、力を手に入れる必要があった。

 でも、自分が迎えに行くより先に、彼から会いにきてくれた。

 彼は、私を愛していると言って。
 ああ、本当に嬉しかった。

 金色の芽が、一瞬で大地から噴き出し、そして次の瞬間、花弁に全て姿を変えた。
 人々が歓声を上げる中、ハラハラと降りそそぐ花弁の中、婚礼の式典で、彼は口にした。

「私はずっとヴィーのそばにいます。ずっと」

 その言葉が信じられず、彼を閉じ込めるようにしたこともあった。
 でも彼はそばにいてくれた。
 どんな時でも、私を見捨てることなく。

 ふいに、思い出す。
 少年だった彼と自分が、寮の部屋の中で手を取り合い、月の光の中でダンスを踊ったあの瞬間を。
 頬を紅潮させ、私を煌めく青い瞳で見つめ、笑い声を上げながら、二人して寝台に入った初めての夜。
 夢中になって求め合ったあの幸せだった記憶。







 シルヴェスターの手にしていた鱗は、いつの間にか掌の上で、氷が光を浴びて静かに溶けるように消えていた。
 シルヴェスターの中に吸収されたかのようだった。
 彼は、“全ての記憶”を取り戻していた。
 そしてユーリスを抱き上げ、白銀竜エリザヴェータを輝く黄金の瞳できつく睨みつける。
 次の瞬間、彼女を床から噴き出した、波のようにうねる大量の“金色の芽”が襲ったのだった。
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