694 / 711
外伝 その王子と恋に落ちたら大変です 第十章 蝶の夢(下)
第三十七話 記憶の奔流
しおりを挟む
「お城では、絶対にあなた様の過去をお話ししてはなりません、ユーリス殿下」
副官のセリムが、シルヴェスターに会いにゴルティニア王国へ降り立とうとするユーリスにそう言った。
「あの王城の中では、全員に“白銀の芽”が付けられます。ユーリス殿下のお話をした者達は、全て“白銀の芽”でその身を貫かれて死んでしまうのです。それはユーリス殿下、あなた様も例外ではありません。ほんの少しでも、あなた様は過去を口にしてはなりませんよ」
「私には“黄金竜の加護”が付いている。それが私の身を守ってくれるから大丈夫だろう」
ユーリスはそう言った後、自分の胸元にいる小さな黄金竜の頭を撫でた。
「それに、ウェイズリーも私を守ってくれる」
小さな黄金竜は、頷いて「キュルルルルゥ!!」と同意するように鳴いたのだ。
途端、床に倒れ伏したユーリスの姿を見て、白銀竜エリザヴェータは声を上げて笑った。
「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ、黄金竜が、黄金竜が番を守らないなんて!!!!」
おかしくてたまらないように、エリザヴェータは身を折って、どこか狂ったかのように笑い続けた。
「あり得ない、あり得ないわ。ああああ、本当にあり得ないことが起きたわ!!」
「ユーリス!!」
シルヴェスターはすぐさま床に倒れたユーリスのそばに近づくが、彼の胸には大きな穴が空き、すでに命が無いことは明らかだった。真っ赤な血がユーリスの身体を染め上げている。もはやどんなに手を尽くしても、その命が帰ることはない。
一体突然、何が起きたのか、シルヴェスターには理解出来なかった。
「何故、何故こんなことが」
「ユーリスがいなくなったのだから、わたくし達がこれから先も陛下のおそばにお仕えしますわ。ご安心くださいませ」
エリザヴェータは笑顔のままそう言う。
シルヴェスターは彼女の相手をしているどころではなく、番のユーリスの身を起こして、彼の身体を魔法で癒そうとする。けれどその傷を塞いだとしても、魂はすでに黄泉を渡っている。取り戻すことは出来ない。
「……何故だ」
シルヴェスターは混乱にあった。
(彼は、私とユーリスの卵だと言った)
しかし、それはあり得ない。
ユーリスと愛し合ったのは、この発情期が初めてだ。
(この卵がユーリスのものだとしても、卵の片親は私ではない)
「陛下、もう諦めてくださいませ。ユーリスは死にました」
胸に大きな穴が空いている。そして血が、真っ赤な血が彼の全身を染めている。
凄惨な姿だった。
それでも奇跡的に、ユーリスの顔は血に濡れずに綺麗だった。
苦しそうでもなく、どこか穏やかな表情をしている。
ようやく、伝えたかったことが伝えられたように。
その時、彼の手に金色の鱗が一枚握られていることに気が付いた。死してなおも握られているそれ。
それを、シルヴェスターは手に取った。
触れた瞬間、鱗から“過去の記憶”が奔流のように流れ込み、その膨大な記憶にシルヴェスターは圧倒された。
ラウデシア王国の王立学園で初めて出会った。
出会った時から、宝石のように一際美しいこの少年に惹かれていた。
誰も目を向けることのない捨て置かれた王子。その自分に手を差し伸べて、愛してくれたのは彼だけだった。
いつも一緒だった。一緒に机を並べて、学び、本を読んだ。
そう、彼は本を読むのが大好きで、私は彼を大量の蔵書のある王立図書館へ連れていったこともあった。
共に冒険をしたこともある。あの頃はダンカンも生きていて。
蘇る記憶に胸が痛くなる。
父親のように愛してくれたダンカン。彼と一緒に国を捨てるよう後にした。
ユーリスの隣に立つためには、あの国にはいられなかった。
いつか彼を迎えるために、誰よりも強くなるために、力を手に入れる必要があった。
でも、自分が迎えに行くより先に、彼から会いにきてくれた。
彼は、私を愛していると言って。
ああ、本当に嬉しかった。
金色の芽が、一瞬で大地から噴き出し、そして次の瞬間、花弁に全て姿を変えた。
人々が歓声を上げる中、ハラハラと降りそそぐ花弁の中、婚礼の式典で、彼は口にした。
「私はずっとヴィーのそばにいます。ずっと」
その言葉が信じられず、彼を閉じ込めるようにしたこともあった。
でも彼はそばにいてくれた。
どんな時でも、私を見捨てることなく。
ふいに、思い出す。
少年だった彼と自分が、寮の部屋の中で手を取り合い、月の光の中でダンスを踊ったあの瞬間を。
頬を紅潮させ、私を煌めく青い瞳で見つめ、笑い声を上げながら、二人して寝台に入った初めての夜。
夢中になって求め合ったあの幸せだった記憶。
シルヴェスターの手にしていた鱗は、いつの間にか掌の上で、氷が光を浴びて静かに溶けるように消えていた。
シルヴェスターの中に吸収されたかのようだった。
彼は、“全ての記憶”を取り戻していた。
そしてユーリスを抱き上げ、白銀竜エリザヴェータを輝く黄金の瞳できつく睨みつける。
次の瞬間、彼女を床から噴き出した、波のようにうねる大量の“金色の芽”が襲ったのだった。
副官のセリムが、シルヴェスターに会いにゴルティニア王国へ降り立とうとするユーリスにそう言った。
「あの王城の中では、全員に“白銀の芽”が付けられます。ユーリス殿下のお話をした者達は、全て“白銀の芽”でその身を貫かれて死んでしまうのです。それはユーリス殿下、あなた様も例外ではありません。ほんの少しでも、あなた様は過去を口にしてはなりませんよ」
「私には“黄金竜の加護”が付いている。それが私の身を守ってくれるから大丈夫だろう」
ユーリスはそう言った後、自分の胸元にいる小さな黄金竜の頭を撫でた。
「それに、ウェイズリーも私を守ってくれる」
小さな黄金竜は、頷いて「キュルルルルゥ!!」と同意するように鳴いたのだ。
途端、床に倒れ伏したユーリスの姿を見て、白銀竜エリザヴェータは声を上げて笑った。
「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ、黄金竜が、黄金竜が番を守らないなんて!!!!」
おかしくてたまらないように、エリザヴェータは身を折って、どこか狂ったかのように笑い続けた。
「あり得ない、あり得ないわ。ああああ、本当にあり得ないことが起きたわ!!」
「ユーリス!!」
シルヴェスターはすぐさま床に倒れたユーリスのそばに近づくが、彼の胸には大きな穴が空き、すでに命が無いことは明らかだった。真っ赤な血がユーリスの身体を染め上げている。もはやどんなに手を尽くしても、その命が帰ることはない。
一体突然、何が起きたのか、シルヴェスターには理解出来なかった。
「何故、何故こんなことが」
「ユーリスがいなくなったのだから、わたくし達がこれから先も陛下のおそばにお仕えしますわ。ご安心くださいませ」
エリザヴェータは笑顔のままそう言う。
シルヴェスターは彼女の相手をしているどころではなく、番のユーリスの身を起こして、彼の身体を魔法で癒そうとする。けれどその傷を塞いだとしても、魂はすでに黄泉を渡っている。取り戻すことは出来ない。
「……何故だ」
シルヴェスターは混乱にあった。
(彼は、私とユーリスの卵だと言った)
しかし、それはあり得ない。
ユーリスと愛し合ったのは、この発情期が初めてだ。
(この卵がユーリスのものだとしても、卵の片親は私ではない)
「陛下、もう諦めてくださいませ。ユーリスは死にました」
胸に大きな穴が空いている。そして血が、真っ赤な血が彼の全身を染めている。
凄惨な姿だった。
それでも奇跡的に、ユーリスの顔は血に濡れずに綺麗だった。
苦しそうでもなく、どこか穏やかな表情をしている。
ようやく、伝えたかったことが伝えられたように。
その時、彼の手に金色の鱗が一枚握られていることに気が付いた。死してなおも握られているそれ。
それを、シルヴェスターは手に取った。
触れた瞬間、鱗から“過去の記憶”が奔流のように流れ込み、その膨大な記憶にシルヴェスターは圧倒された。
ラウデシア王国の王立学園で初めて出会った。
出会った時から、宝石のように一際美しいこの少年に惹かれていた。
誰も目を向けることのない捨て置かれた王子。その自分に手を差し伸べて、愛してくれたのは彼だけだった。
いつも一緒だった。一緒に机を並べて、学び、本を読んだ。
そう、彼は本を読むのが大好きで、私は彼を大量の蔵書のある王立図書館へ連れていったこともあった。
共に冒険をしたこともある。あの頃はダンカンも生きていて。
蘇る記憶に胸が痛くなる。
父親のように愛してくれたダンカン。彼と一緒に国を捨てるよう後にした。
ユーリスの隣に立つためには、あの国にはいられなかった。
いつか彼を迎えるために、誰よりも強くなるために、力を手に入れる必要があった。
でも、自分が迎えに行くより先に、彼から会いにきてくれた。
彼は、私を愛していると言って。
ああ、本当に嬉しかった。
金色の芽が、一瞬で大地から噴き出し、そして次の瞬間、花弁に全て姿を変えた。
人々が歓声を上げる中、ハラハラと降りそそぐ花弁の中、婚礼の式典で、彼は口にした。
「私はずっとヴィーのそばにいます。ずっと」
その言葉が信じられず、彼を閉じ込めるようにしたこともあった。
でも彼はそばにいてくれた。
どんな時でも、私を見捨てることなく。
ふいに、思い出す。
少年だった彼と自分が、寮の部屋の中で手を取り合い、月の光の中でダンスを踊ったあの瞬間を。
頬を紅潮させ、私を煌めく青い瞳で見つめ、笑い声を上げながら、二人して寝台に入った初めての夜。
夢中になって求め合ったあの幸せだった記憶。
シルヴェスターの手にしていた鱗は、いつの間にか掌の上で、氷が光を浴びて静かに溶けるように消えていた。
シルヴェスターの中に吸収されたかのようだった。
彼は、“全ての記憶”を取り戻していた。
そしてユーリスを抱き上げ、白銀竜エリザヴェータを輝く黄金の瞳できつく睨みつける。
次の瞬間、彼女を床から噴き出した、波のようにうねる大量の“金色の芽”が襲ったのだった。
12
お気に入りに追加
3,611
あなたにおすすめの小説
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
願いの守護獣 チートなもふもふに転生したからには全力でペットになりたい
戌葉
ファンタジー
気付くと、もふもふに生まれ変わって、誰もいない森の雪の上に寝ていた。
人恋しさに森を出て、途中で魔物に間違われたりもしたけど、馬に助けられ騎士に保護してもらえた。正体はオレ自身でも分からないし、チートな魔法もまだ上手く使いこなせないけど、全力で可愛く頑張るのでペットとして飼ってください!
チートな魔法のせいで狙われたり、自分でも分かっていなかった正体のおかげでとんでもないことに巻き込まれちゃったりするけど、オレが目指すのはぐーたらペット生活だ!!
※「1-7」で正体が判明します。「精霊の愛し子編」や番外編、「美食の守護獣」ではすでに正体が分かっていますので、お気を付けください。
番外編「美食の守護獣 ~チートなもふもふに転生したからには全力で食い倒れたい」
「冒険者編」と「精霊の愛し子編」の間の食い倒れツアーのお話です。
https://www.alphapolis.co.jp/novel/2227451/394680824
【完】ゲームの世界で美人すぎる兄が狙われているが
咲
BL
俺には大好きな兄がいる。3つ年上の高校生の兄。美人で優しいけどおっちょこちょいな可愛い兄だ。
ある日、そんな兄に話題のゲームを進めるとありえない事が起こった。
「あれ?ここってまさか……ゲームの中!?」
モンスターが闊歩する森の中で出会った警備隊に保護されたが、そいつは兄を狙っていたようで………?
重度のブラコン弟が兄を守ろうとしたり、壊れたブラコンの兄が一線越えちゃったりします。高確率でえろです。
※近親相姦です。バッチリ血の繋がった兄弟です。
※第三者×兄(弟)描写があります。
※ヤンデレの闇属性でビッチです。
※兄の方が優位です。
※男性向けの表現を含みます。
※左右非固定なのでコロコロ変わります。固定厨の方は推奨しません。
お気に入り登録、感想などはお気軽にしていただけると嬉しいです!
【完結】お花畑ヒロインの義母でした〜連座はご勘弁!可愛い息子を連れて逃亡します〜
himahima
恋愛
夫が少女を連れ帰ってきた日、ここは前世で読んだweb小説の世界で、私はざまぁされるお花畑ヒロインの義母に転生したと気付く。
えっ?!遅くない!!せめてくそ旦那と結婚する10年前に思い出したかった…。
ざまぁされて取り潰される男爵家の泥舟に一緒に乗る気はありませんわ!
★恋愛ランキング入りしました!
読んでくれた皆様ありがとうございます。
連載希望のコメントをいただきましたので、
連載に向け準備中です。
*他サイトでも公開中
日間総合ランキング2位に入りました!
もふもふと始めるゴミ拾いの旅〜何故か最強もふもふ達がお世話されに来ちゃいます〜
双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
「ゴミしか拾えん役立たずなど我が家にはふさわしくない! 勘当だ!」
授かったスキルがゴミ拾いだったがために、実家から勘当されてしまったルーク。
途方に暮れた時、声をかけてくれたのはひと足先に冒険者になって実家に仕送りしていた長兄アスターだった。
ルークはアスターのパーティで世話になりながら自分のスキルに何ができるか少しづつ理解していく。
駆け出し冒険者として少しづつ認められていくルーク。
しかしクエストの帰り、討伐対象のハンターラビットとボアが縄張り争いをしてる場面に遭遇。
毛色の違うハンターラビットに自分を重ねるルークだったが、兄アスターから引き止められてギルドに報告しに行くのだった。
翌朝死体が運び込まれ、素材が剥ぎ取られるハンターラビット。
使われなくなった肉片をかき集めてお墓を作ると、ルークはハンターラビットの魂を拾ってしまい……変身できるようになってしまった!
一方で死んだハンターラビットの帰りを待つもう一匹のハンターラビットの助けを求める声を聞いてしまったルークは、その子を助け出す為兄の言いつけを破って街から抜け出した。
その先で助け出したはいいものの、すっかり懐かれてしまう。
この日よりルークは人間とモンスターの二足の草鞋を履く生活を送ることになった。
次から次に集まるモンスターは最強種ばかり。
悪の研究所から逃げ出してきたツインヘッドベヒーモスや、捕らえられてきたところを逃げ出してきたシルバーフォックス(のちの九尾の狐)、フェニックスやら可愛い猫ちゃんまで。
ルークは新しい仲間を募り、一緒にお世話するブリーダーズのリーダーとしてお世話道を極める旅に出るのだった!
<第一部:疫病編>
一章【完結】ゴミ拾いと冒険者生活:5/20〜5/24
二章【完結】ゴミ拾いともふもふ生活:5/25〜5/29
三章【完結】ゴミ拾いともふもふ融合:5/29〜5/31
四章【完結】ゴミ拾いと流行り病:6/1〜6/4
五章【完結】ゴミ拾いともふもふファミリー:6/4〜6/8
六章【完結】もふもふファミリーと闘技大会(道中):6/8〜6/11
七章【完結】もふもふファミリーと闘技大会(本編):6/12〜6/18
性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました
まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。
性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。
(ムーンライトノベルにも掲載しています)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる