686 / 711
外伝 その王子と恋に落ちたら大変です 第十章 蝶の夢(下)
第二十九話 空中城の卵(上)
しおりを挟む
シルヴェスター国王の番、ユーリスが命を落とすほどの大怪我を負って、王城に運び込まれたという話を聞いた時、白銀竜エリザヴェータが心の底から思ったことは、(ああ、このままユーリスが命を落としてくれれば、万事全てがうまくいくのに)ということだった。
シルヴェスターは、番を失い悲しむだろう。
でも、そばには白銀竜エリザヴェータとコンラートがいるのだ。
親身になって慰め続ければ、きっと立ち直ってくれる。
そうしたら、エリザヴェータとコンラートは、シルヴェスターと共に、ずっとこのままゴルティニア王国で暮らしていける。
白銀竜エリザヴェータとコンラートが、力を尽くせばこの王国は益々富み栄え、陛下は否定なさったが、大陸全土に覇を唱えることだって容易だろう。
けれど、王城の治癒魔法を使う魔術師達の尽力もあって、ユーリスはその命を取り留めた。
その時の、エリザヴェータのガッカリ感といったらなかった。
それから王城の王の居室に寝台が運び込まれ、ユーリスを国王自らが看病し、寵愛している話が耳に入るようになると、エリザヴェータの顔は大きく引きつった。
(ああ、死んでくれればよかったのに)
(ユーリスが死んでくれれば)
(すべてがうまく行くのに)
沸々と、彼女の胸の中に、憎悪の感情が滾るのだった。
そして弟のコンラートは、姉のその様子に(どうしたものか)と思い始める。
当初は一月という約束で、王城に留まった白銀竜の姉弟達であったが、約束の一月を過ぎ、伴侶のユーリスが戻ってこないことをいいことに、居座った。
黄金竜ルドガーからは責められたが、ユーリスが戻ってこないのなら、自分達が居座っても問題はないだろうと白銀竜コンラートも内心思っていた。戻ってこない者が悪いのだ。
ところがここにきて、とうとう、ユーリスが戻って来た。
姉エリザヴェータとは別に、コンラートは引き際をそろそろ考えた方がいいのではないかと思っていた。しかし、姉の様子を見るになかなかそれを口に出せない。
ユーリスは、王城に傷が良くなるまで養生のために留まると述べた。
国王シルヴェスターは喜んでいた一方で、コンラートは疑問を覚えることがあった。
ユーリスの可愛がっていたあの小さな黄金竜。アレが、黄金竜ウェイズリーが力を分け与えた、ユーリスの身を守るためだけに作られた存在だと、ルドガーからコンラートは聞いて覚えていた。
別れ際に、小さな黄金竜は離れがたくユーリスの胸にしがみついて、大粒の涙を流して鳴いていた。その様子を見て、コンラートは口にしなかったが、疑問は大きくなっていた。
(ユーリスの身を守るために、わざわざウェイズリーが作った小さな黄金竜だ。それが、ユーリスのそばを離れる?)
普通なら、絶対に離れないだろう。
たとえ籠の中に閉じ込められるとしても、番のそばから絶対に離れない。
それが、竜というものだ。
なのに、ユーリスに説得されて離れる。
ユーリスは、小さな声で他の者に聞こえぬように言っていたが、コンラートはその言葉を耳にしていた。
「“巣”には、君が大切にしているものがあるはずだ」
その言葉の意味が分からない。
番であるユーリスよりも大切なもの。
それは一体何なのだろうと、コンラートは思う。
王城の居室で、白銀の髪の美しい女は嫉妬と怒りで、今日も花瓶を床に叩きつけている。女官達はその剣幕が恐ろしくて、エリザヴェータとコンラートのいる部屋には近寄りたがらない。
コンラートも、少しばかりその姉の剣幕に辟易していたものだから、小さな黄金竜の“巣”、ゴルティニア王国の空を漂う空中城に、様子を見に行こうと思っていた。
その空中城は、黄金竜ウェイズリーが番のユーリスのために作った“巣”だった。
そのことを白銀竜の姉弟達はかねてから知っていた。空中城はゴルティニア王国の空に浮かぶ巨大な建造物なのである。空を飛ぶ竜が知らぬわけがなかった。
ルドガー王子が、眠りから覚めぬユーリスとその部下達の身を案じ、彼らを連れて避難した先でもある。
居所が分かっている方が良いだろうと、エリザヴェータとコンラートは、ユーリス達が空中城に身を寄せていることを見逃してやっていた。
そこから別の場所に移動されるよりはいいだろうと、それ以上警戒されぬよう、コンラート達も空中城に手出しをすることはなかった。
しかし、ユーリスは今王城にいる。あの空中城にいるのは、小さな黄金竜とユーリスの部下達だけのはず。
そこにある大切なものとは何だろうと、コンラートは思う。
空中城には、侵入者を弾く魔道具が置かれているが、コンラートは古えから生きる白銀竜である。そんな魔道具など、コンラートは易々と解除出来た。彼らはその魔道具で、これまでの間、白銀竜達が空中城に近寄れなかったと信じているだろう。しかしそうではない。コンラート達が、空中城に近寄らないよう配慮していたのだ。
そして、コンラートが空中城に足を踏み入れると同時に、空中城の四方に置かれていた魔道具は粉々に砕け散った。
コンラートは空中城の最上階を目指して、歩いていったのだった。
シルヴェスターは、番を失い悲しむだろう。
でも、そばには白銀竜エリザヴェータとコンラートがいるのだ。
親身になって慰め続ければ、きっと立ち直ってくれる。
そうしたら、エリザヴェータとコンラートは、シルヴェスターと共に、ずっとこのままゴルティニア王国で暮らしていける。
白銀竜エリザヴェータとコンラートが、力を尽くせばこの王国は益々富み栄え、陛下は否定なさったが、大陸全土に覇を唱えることだって容易だろう。
けれど、王城の治癒魔法を使う魔術師達の尽力もあって、ユーリスはその命を取り留めた。
その時の、エリザヴェータのガッカリ感といったらなかった。
それから王城の王の居室に寝台が運び込まれ、ユーリスを国王自らが看病し、寵愛している話が耳に入るようになると、エリザヴェータの顔は大きく引きつった。
(ああ、死んでくれればよかったのに)
(ユーリスが死んでくれれば)
(すべてがうまく行くのに)
沸々と、彼女の胸の中に、憎悪の感情が滾るのだった。
そして弟のコンラートは、姉のその様子に(どうしたものか)と思い始める。
当初は一月という約束で、王城に留まった白銀竜の姉弟達であったが、約束の一月を過ぎ、伴侶のユーリスが戻ってこないことをいいことに、居座った。
黄金竜ルドガーからは責められたが、ユーリスが戻ってこないのなら、自分達が居座っても問題はないだろうと白銀竜コンラートも内心思っていた。戻ってこない者が悪いのだ。
ところがここにきて、とうとう、ユーリスが戻って来た。
姉エリザヴェータとは別に、コンラートは引き際をそろそろ考えた方がいいのではないかと思っていた。しかし、姉の様子を見るになかなかそれを口に出せない。
ユーリスは、王城に傷が良くなるまで養生のために留まると述べた。
国王シルヴェスターは喜んでいた一方で、コンラートは疑問を覚えることがあった。
ユーリスの可愛がっていたあの小さな黄金竜。アレが、黄金竜ウェイズリーが力を分け与えた、ユーリスの身を守るためだけに作られた存在だと、ルドガーからコンラートは聞いて覚えていた。
別れ際に、小さな黄金竜は離れがたくユーリスの胸にしがみついて、大粒の涙を流して鳴いていた。その様子を見て、コンラートは口にしなかったが、疑問は大きくなっていた。
(ユーリスの身を守るために、わざわざウェイズリーが作った小さな黄金竜だ。それが、ユーリスのそばを離れる?)
普通なら、絶対に離れないだろう。
たとえ籠の中に閉じ込められるとしても、番のそばから絶対に離れない。
それが、竜というものだ。
なのに、ユーリスに説得されて離れる。
ユーリスは、小さな声で他の者に聞こえぬように言っていたが、コンラートはその言葉を耳にしていた。
「“巣”には、君が大切にしているものがあるはずだ」
その言葉の意味が分からない。
番であるユーリスよりも大切なもの。
それは一体何なのだろうと、コンラートは思う。
王城の居室で、白銀の髪の美しい女は嫉妬と怒りで、今日も花瓶を床に叩きつけている。女官達はその剣幕が恐ろしくて、エリザヴェータとコンラートのいる部屋には近寄りたがらない。
コンラートも、少しばかりその姉の剣幕に辟易していたものだから、小さな黄金竜の“巣”、ゴルティニア王国の空を漂う空中城に、様子を見に行こうと思っていた。
その空中城は、黄金竜ウェイズリーが番のユーリスのために作った“巣”だった。
そのことを白銀竜の姉弟達はかねてから知っていた。空中城はゴルティニア王国の空に浮かぶ巨大な建造物なのである。空を飛ぶ竜が知らぬわけがなかった。
ルドガー王子が、眠りから覚めぬユーリスとその部下達の身を案じ、彼らを連れて避難した先でもある。
居所が分かっている方が良いだろうと、エリザヴェータとコンラートは、ユーリス達が空中城に身を寄せていることを見逃してやっていた。
そこから別の場所に移動されるよりはいいだろうと、それ以上警戒されぬよう、コンラート達も空中城に手出しをすることはなかった。
しかし、ユーリスは今王城にいる。あの空中城にいるのは、小さな黄金竜とユーリスの部下達だけのはず。
そこにある大切なものとは何だろうと、コンラートは思う。
空中城には、侵入者を弾く魔道具が置かれているが、コンラートは古えから生きる白銀竜である。そんな魔道具など、コンラートは易々と解除出来た。彼らはその魔道具で、これまでの間、白銀竜達が空中城に近寄れなかったと信じているだろう。しかしそうではない。コンラート達が、空中城に近寄らないよう配慮していたのだ。
そして、コンラートが空中城に足を踏み入れると同時に、空中城の四方に置かれていた魔道具は粉々に砕け散った。
コンラートは空中城の最上階を目指して、歩いていったのだった。
11
お気に入りに追加
3,639
あなたにおすすめの小説
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
願いの守護獣 チートなもふもふに転生したからには全力でペットになりたい
戌葉
ファンタジー
気付くと、もふもふに生まれ変わって、誰もいない森の雪の上に寝ていた。
人恋しさに森を出て、途中で魔物に間違われたりもしたけど、馬に助けられ騎士に保護してもらえた。正体はオレ自身でも分からないし、チートな魔法もまだ上手く使いこなせないけど、全力で可愛く頑張るのでペットとして飼ってください!
チートな魔法のせいで狙われたり、自分でも分かっていなかった正体のおかげでとんでもないことに巻き込まれちゃったりするけど、オレが目指すのはぐーたらペット生活だ!!
※「1-7」で正体が判明します。「精霊の愛し子編」や番外編、「美食の守護獣」ではすでに正体が分かっていますので、お気を付けください。
番外編「美食の守護獣 ~チートなもふもふに転生したからには全力で食い倒れたい」
「冒険者編」と「精霊の愛し子編」の間の食い倒れツアーのお話です。
https://www.alphapolis.co.jp/novel/2227451/394680824
実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは
竹井ゴールド
ライト文芸
日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。
その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。
青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。
その後がよろしくない。
青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。
妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。
長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。
次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。
三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。
四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。
この5人とも青夜は家族となり、
・・・何これ? 少し想定外なんだけど。
【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】
【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】
【2023/6/5、お気に入り数2130突破】
【アルファポリスのみの投稿です】
【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】
【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】
【未完】
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。
克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります!
辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
【完結】伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします
*
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃん……え、おじいちゃん……!?
しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが吃驚して憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です!
めちゃくちゃかっこよくて可愛い伴侶がいますので!
本編完結しました!
時々おまけを更新しています。
【完結】もふもふ獣人転生
*
BL
白い耳としっぽのもふもふ獣人に生まれ、強制労働で死にそうなところを助けてくれたのは、最愛の推しでした。
ちっちゃなもふもふ獣人と、攻略対象の凛々しい少年の、両片思い? な、いちゃらぶもふもふなお話です。
本編完結しました!
おまけをちょこちょこ更新しています。
第12回BL大賞、奨励賞をいただきました、読んでくださった方、応援してくださった方、投票してくださった方のおかげです、ほんとうにありがとうございました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる