上 下
666 / 711
外伝 その王子と恋に落ちたら大変です  第十章 蝶の夢(下)

第九話 結界の指輪(上)

しおりを挟む
 獅子面の魔族の騎士ローエングリンは、ユーリスがシルヴェスターの卵を身籠っていると聞くと、ゴルティニアの王城に、白銀竜達を討つために攻め込むことを、とりあえずは中止した。
 万が一にも、ユーリスに矛先が向いては困るからだ。
 ユーリスは、ローエングリンにとっての主君、シルヴェスターの子を孕んでいるのである。
 その身は大切に守られなければならない。

「グルグルグルルルゥグルゥ(卵を無事に産み落とした後、もしユーリス殿に私の加勢が必要ならば声を掛けて下さい)」

 そうローエングリンは言って、魔の領域に帰っていったが、ユーリスは無事に卵を産み落としたとしても、ローエングリンに加勢を頼むつもりはなかった。
 高位魔族ローエングリンとその配下の魔族達を率いて、ゴルティニア王国の王城に行き、白銀竜達と戦うとなれば、王城は元より都は大荒れとなり、巻き込まれて命を落とす者達も次々に出てくるはずだ。シルヴェスターを取り戻したいとは考えていたが、国を内戦状態にすることは避けたかった。

 とにもかくにも、シルヴェスターの現状を確認して、そして彼の記憶を取り戻す方法を見つけなければならなかった。武力で強引にどうこう出来る問題ではないのだ。
 卵を産み落とした後、ユーリスは今の自分に出来る方策を考えた。

 一つは、白銀竜達の精神支配の魔法から逃れる術を見つけることだった。
 シルヴェスターに会いに行くとしても、王城に足を踏み入れた瞬間、白銀竜達の魔法に支配されてはたまらない。副官のセリム達も王城にいた時にはおかしくなっていた。その自覚が彼らにはあったからこそ、白銀竜達を強く警戒していた。

 ユーリスは、自分につけられた小さな黄金竜ウェイズリーに、セリム達を含め自分に、精神支配の魔法を防ぐ、防御の魔法をかけられないか尋ねたが、小さな黄金竜ウェイズリーは「キュルー(出来ない)」と答えた。一生懸命小さな竜が説明したことによると、その場、その瞬間で防ぐことが出来ると思うが、継続的に、複数の人間に対して加護のようなものを小さな黄金竜ウェイズリーがかけることは出来ないようだった。
 そもそも、小さな黄金竜ウェイズリーはユーリスの身を守るためだけに作られたのだ。さらにその魔法の力を分散させるような、他の人間に対して加護を与えるようなことは出来ないと言う。

 何かしら、身を守る防御の魔法のことを考えている中で、ユーリスは思い出した。
 
 かつて、ユーリスの父ジャクセンの身を結界で守った指輪の魔道具があったことを。
 毎朝、ジャクセンの寝室にやってくるルドガーに、怒っていたジャクセンのために作り上げた、非常に強力な結界の魔道具の指輪だった。
 それも黄金竜ウェイズリーの鱗から作り上げた指輪だった。

 そのことを思い出して、ユーリスはすぐにラウデシア王国にいる妹コレットと連絡をとった。
 コレットは、婿取りをしてバンクール商会を継いでいた。彼女はバンクールの屋敷と父ジャクセンの財産の管理も行っていた。当然、父が持っていた魔道具なども彼女が把握しているはずだ。
 
 長い間、ユーリスが連絡をとっていなかったことを、コレットは文句を言いつつも、彼女はその指輪がバンクールの屋敷にあることを教えてくれた。細身の銀の三連の指輪。遠話魔道具を通じて、ユーリスが、急ぎ、その指輪が欲しいと頼むと、彼女は、早急にその指輪をユーリスのいるゴルティニア王国のバンクール商会の支店まで送ってくれることになった。

 そして妹コレットは、ユーリスの身をひどく案じていた。
 彼女はこの一年の間、何度もユーリスの安否についてゴルティニア王国の王城に問い合わせていた。突然、一年程前からユーリスからの連絡がパッタリと途絶えたからだ。ラウデシア王国のバンクール家の者達は、ユーリスの身に何か起きたのではないかと考えた。
 しかし、問い合わせをしても「そのような人物はいない」と答えられるだけで、まともな返事がもらえなかった。バンクール商会の者を遣わせても、王城に入れてもらえることはなかったという。

 そのことを聞いて、ユーリスは内心胸を撫で下ろしていた。
 もし、そのバンクール商会の者が王城に足を踏み入れて、ユーリスのことを問いかけようとしたならば、最悪、“白銀の芽”で貫かれて絶命しただろう。または白銀竜の精神を支配する魔法にかけられて、ユーリスのことを聞くことも出来ない状態にさせられたはずだ。
 
 ユーリスの身に起きている異変を気にかけていたが、遠いラウデシア王国にいるコレット達ではどうすることも出来ず、コレット達バンクールの者達はひどくやきもきした気持ちでいたらしい。そこにようやく一年近く経ってユーリスから連絡が来たのである。驚くと共に、長い間連絡をとらなかったことに対して文句の一つも言いたくなったのだろう。
 同時に、心配する声が、遠話魔道具から響いた。

「何があったの、お兄さま」

 遠話魔道具の向こうから聞こえる声は、大人の女性の声だった。
 ユーリスの瞼の裏のコレットの姿は、亜麻色の美しい髪をした、華奢な少女の姿である。
 しかし歳月は流れ、遠話魔道具の向こうのコレットは、年を感じさせる声をしていた。
 その彼女が、ユーリスのことを心配している。

「王城にもいないというじゃない。今、どこにいるの?」

 ゴルティニア王国の空を漂う城の中だとは、ユーリスは答えられない。
 ただ、安全な場所にいると心配する妹に答えた。

「もしお兄さまが、ラウデシア王国にお戻りになりたいのなら、いつでも私達は歓迎するわ」

 ユーリスの身に起きている異変が只事ではないと感じているのだろう。コレットはそんなことを言う。
 ユーリスは「大丈夫だよ、コレット」となんでもない風を装って答えた。

 そして結界の指輪を出来るだけ早く送ってくれるように求めたのだった。

 それから一週間後、バンクール家の護衛に守られながら、ジャクセンの遺品である結界の指輪がユーリスの手元に届けられたのだった。
しおりを挟む
感想 276

あなたにおすすめの小説

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

願いの守護獣 チートなもふもふに転生したからには全力でペットになりたい

戌葉
ファンタジー
気付くと、もふもふに生まれ変わって、誰もいない森の雪の上に寝ていた。 人恋しさに森を出て、途中で魔物に間違われたりもしたけど、馬に助けられ騎士に保護してもらえた。正体はオレ自身でも分からないし、チートな魔法もまだ上手く使いこなせないけど、全力で可愛く頑張るのでペットとして飼ってください! チートな魔法のせいで狙われたり、自分でも分かっていなかった正体のおかげでとんでもないことに巻き込まれちゃったりするけど、オレが目指すのはぐーたらペット生活だ!! ※「1-7」で正体が判明します。「精霊の愛し子編」や番外編、「美食の守護獣」ではすでに正体が分かっていますので、お気を付けください。 番外編「美食の守護獣 ~チートなもふもふに転生したからには全力で食い倒れたい」 「冒険者編」と「精霊の愛し子編」の間の食い倒れツアーのお話です。 https://www.alphapolis.co.jp/novel/2227451/394680824

【完結】伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします

  *  
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃん……え、おじいちゃん……!? しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが吃驚して憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です! めちゃくちゃかっこよくて可愛い伴侶がいますので! 本編完結しました! 時々おまけを更新しています。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは

竹井ゴールド
ライト文芸
 日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。  その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。  青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。  その後がよろしくない。  青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。  妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。  長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。  次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。  三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。  四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。  この5人とも青夜は家族となり、  ・・・何これ? 少し想定外なんだけど。  【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】 【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】 【2023/6/5、お気に入り数2130突破】 【アルファポリスのみの投稿です】 【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】 【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】 【未完】

社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈

めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。 しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈ 記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。 しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。 異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆! 推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!

異世界は『一妻多夫制』!?溺愛にすら免疫がない私にたくさんの夫は無理です!?

すずなり。
恋愛
ひょんなことから異世界で赤ちゃんに生まれ変わった私。 一人の男の人に拾われて育ててもらうけど・・・成人するくらいから回りがなんだかおかしなことに・・・。 「俺とデートしない?」 「僕と一緒にいようよ。」 「俺だけがお前を守れる。」 (なんでそんなことを私にばっかり言うの!?) そんなことを思ってる時、父親である『シャガ』が口を開いた。 「何言ってんだ?この世界は男が多くて女が少ない。たくさん子供を産んでもらうために、何人とでも結婚していいんだぞ?」 「・・・・へ!?」 『一妻多夫制』の世界で私はどうなるの!? ※お話は全て想像の世界になります。現実世界とはなんの関係もありません。 ※誤字脱字・表現不足は重々承知しております。日々精進いたしますのでご容赦ください。 ただただ暇つぶしに楽しんでいただけると幸いです。すずなり。

【完結】悪役令息の従者に転職しました

  *  
BL
暗殺者なのに無様な失敗で死にそうになった俺をたすけてくれたのは、BLゲームで、どのルートでも殺されて悲惨な最期を迎える悪役令息でした。 依頼人には死んだことにして、悪役令息の従者に転職しました。 皆でしあわせになるために、あるじと一緒にがんばるよ! 本編完結しました! 時々おまけのお話を更新しています。

処理中です...