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外伝 その王子と恋に落ちたら大変です  第十章 蝶の夢(下)

第八話 夢の中で振り返る

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 ゴルティニア王国の空を漂う空中城で、ユーリスが卵を産んだのは、冬も終わり、春になろうとしていた頃のことだった。
 ユーリスの産み落とした卵は、今、小さな絹のクッションの上に置かれている。
 その絹のクッションは、ユーリスが卵を身籠っている話を聞いてから、空中城に住む小人達が用意したものだった。鮮やかなブルーの布地には煌めく銀糸で小さな竜の姿の刺繍が施され、四方には房までつけられている。日替わりで使用できるようにと、小人達はそうしたクッションを何個も作っていた。
 小さな卵にぎゅっと小さな黄金竜ウェイズリーが抱きついている。
 ユーリスが産んだ卵を見て、誰もが喜びの声を上げていたが、この小さな黄金竜ウェイズリーも大喜びで鳴いて、卵とユーリスの上をしばらくの間、グルグルと飛び回っていた。そしてひとしきり、喜びの声を上げた後は、卵に張り付くようにそばにいた。
 
 ユーリスがクッションの上に卵を置けば、卵のそばに。そして胸元に卵を包んだ袋を入れて、ユーリスが卵を温めようとする時には、ウェイズリーも一緒にユーリスの胸元に卵と一緒に入りたがった。
 とにかく小さな竜は卵に夢中だったのだ。

 セリムをはじめとする、ユーリスの部下の者達も、入れ替わり立ち替わり、ユーリスの部屋を訪れて、卵の様子を見て、早く卵から子が孵ることを待ち望んでいた。
 お祝いムード一色の空中城の中で、ユーリスは笑顔を見せながらも、内心は思っていた。

(ヴィーに会いたい)

 かれこれ、一年近くシルヴェスターには会っていないのである。
 シルヴェスターはユーリスの事を忘れてしまっている。彼のそばには、精神を支配する魔法をかける白銀竜達がいる。
 大丈夫だろうかと、シルヴェスターのことが心配で仕方なかったし、彼に会いたくてたまらなかった。ユーリスは眠りから目を覚まして以来、何度も彼のことを夢に見た。

 夢の中で、シルヴェスターは以前と変わらぬ姿でいる。
 そばに近寄ろうとすると、ふいと彼の姿は消えてしまう。
 そして時に、「お前なんて知らない。いったい誰だ」と冷たくあしらわれることもある。

 寂しさと切なさに、ユーリスは苦しんだ。

 どんなにシルヴェスターのことを想っても、彼のそばに行くことは出来なかった。
 身籠った卵に対して、白銀竜達が何をするか分からなかったからだ。

 でもようやく、ユーリスは卵を産み落とした。

 ユーリスは、卵にぴったりと抱きついたままの小さな黄金竜ウェイズリーに言った。

「君は何があっても、その卵を第一に守っておくれ」

 小さな黄金竜は、金色の瞳をパチクリとさせたあと、何度もうなずく。

「いい子だね」

 ユーリスが指の腹で黄金竜の頭を撫でると、いつものように気持ち良さそうにウェイズリーは目を細める。

 卵から雛が孵るまで、あと数か月はかかるだろう。
 卵を温める孵卵器はすでに用意してあった。
 突然産み落とすことになった第一子のルドガーの時と違って、卵が産まれることは随分前から分かっていたから、卵を迎えるための準備は万端だった。
 空中城の小人達は、卵を載せるためのクッションの他にも、子供が着るような服もそれはたくさん用意していた。一つ一つの服に得意の刺繍を施していたし、それは飛び切り綺麗な色合いの服を用意していた。そんな小人達の準備の様子を眺めていると、ユーリスは父ジャクセンのことを思い出す。
 ジャクセンは、ユーリスをはじめとした兄妹を溺愛しており、特に子供達が身にまとう服に対してはこだわりがあった。父の率いるバンクール商会が服飾を扱う商会であったから、それは当然のことだったかも知れない。

 ユーリスの父ジャクセンも、母ルイーズも、容姿の整った綺麗な人達であったから、着飾った父母や姉妹達を見ていると誇らしい気持ちもあった。大勢の賛辞の視線を向けられる中、父が母の手を取って歩いていく。スラリとした容姿の父に、いつまでたっても少女のような可愛らしさを持つ母。
 亜麻色の髪を持つ二人の妹達。妹達もパートナーの婚約者を従えている。
 そしてユーリスも、そばにいるシルヴェスターに向かって振り返った途端、そこに誰もいないことに気が付いた。




「ユーリス殿下」

 肩を揺すられ、目を開ける。
 すぐ目の前に、セリムが心配そうな表情でいた。彼は膝掛けを手にしていた。

「こんなところで眠ってしまわれたら、お風邪を召します。寝室に移りましょう」

 テーブルの上の孵卵器には真っ白い卵が入っている。孵卵器が載せられているテーブルにもたれかかってユーリスは眠りについていた。卵の入っている孵卵器のそばのクッションの上に、小さな黄金竜ウェイズリーも丸くなっていびきをかいて眠っている。

(…………夢か)

 夢の中では、父も母も妹達も、その妹の婚約者も変わらずにいた。
 煌びやかなパーティ会場のような場所で、彼らは着飾り、楽しそうに笑いさざめいていた。
 でも、今や父も母も亡くなっている。彼らの姿は二度と見られない。
 もし両親が生きていたのなら、今の自分の状況を見て何を思うだろうか。
 でもきっと、父は、ユーリスとシルヴェスターの婚姻を最後には認めた彼ならば、きっとユーリスの力になってくれただろう。

 妹達は婚約者と結婚して、幸せに暮らしている。
 そのことは良かったと思う。

 でも、自分はどうだ。
 


 もうすぐ、彼と離れて一年が経つ。
 シルヴェスターに、ひどく会いたくて仕方がなかった
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