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外伝 その王子と恋に落ちたら大変です  第九章 蝶の夢(上)

第二十三話 一抹の不安

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 結局、ユーリスは、ルドガーが目覚めさせるための魔法を使っても、セリムが一生懸命、その身体を揺すっても、耳元で声をかけても一向に目を覚ますことはなかった。

 ルドガーには、ユーリスが眠り続ける理由が全く分からなかった。
 小さな黄金竜ウェイズリーは、眠り続けるユーリスのそばにいつも身を寄せるようにしている。小さな頭を胸元に擦りつけ、甘えて鳴いて、ユーリスの胸元で丸くなる。ウェイズリーはユーリスが目覚めるのを待つ雰囲気があった。
 セリムとその仲間達は、毎朝ユーリスの様子を見ては、彼が目覚めないことに気落ちした後、彼らもまたこの空中城で小人達の手伝いをして働き始めた。
 ルドガーは、セリム達の身の安全を考えて、彼らをゴルティニア王国の王城に戻すことはなかった。

 ルドガーは、眠り続けるユーリスを小人達とセリム達に任せて、彼はゴルティニア王国の王城に戻ると言った。自分がユーリスのそばにいても、出来ることは何もないからである。それに、離れている間のシルヴェスターのことが気になっていた。

「また様子を見に来る」

 ルドガーがセリムに言うと、セリムも頷いた。

 官僚として王城に勤めていたセリムは、ゴルティニア王国の王城に、白銀竜エリザヴェータとコンラートが、眠りから覚めた国王シルヴェスター共に現れた光景をその目で見ていた。白銀竜はプトレイセン王国を滅ぼし、その後、ルドガーは急ぎ、眠り続けるユーリスとセリム達を連れて王城から離れた。

 王城にいる間、自分達がおかしくなっていたことをセリムは覚えていた。
 セリムは、王城にいる間、シルヴェスター国王の伴侶であるユーリスの存在をすっかり忘れていた。ユーリスという存在はないものと扱われ、王城の人々もそのことを不思議に思うことなく過ごしていた。自分達がユーリスの存在を忘れても、平然と過ごしていたことにセリムはゾッとするほど恐ろしいものを感じていた。

 それは恐らく、王城に現れた白銀竜のせいだろう。恐らく、白銀竜は人の心を操る力を持っている。だからセリムは、今では白銀竜に対して強い警戒心を抱いていた。

 ルドガーは、セリムのそうした警戒心を察しているのだろう。セリム達に眠り続けるユーリスのそばにいることを命じ、彼らに王城へ戻るよう言うことはなかった。

 セリムは白銀竜達がシルヴェスター国王のそばにいるということにも当然、強い不安を感じていた。

「白銀竜達を、陛下のおそばから引き離した方が良いのではないでしょうか」

「…………それは出来ない」

 ルドガーは、約束をしたのだ。
 祖父ジャクセンを生き返らせるために、白銀竜達をシルヴェスターに仕えさせると。
 そのため、ユーリスを眠らせてシルヴェスターのそばから離したことを、セリムは知らない。そしてその結果、ユーリスが昏々と眠り続けることになったことも今のセリムは知らない。

「何故、出来ないんですか」

「白銀竜にしか出来ないことがあるからだ」

「白銀竜にしか出来ないことって何ですか!!」

 問いかけるセリムに、ルドガーは何も答えなかった。

 結局、すべての始まりは自分の我儘にある。
 ルドガーはそのことを知っていた。
 ユーリスは眠り続け、シルヴェスターと王城の人々の記憶は操作される。
 でも、それはそう長い間のことにはならないはずだった。
 白銀竜達も言ったではないか。一月の間、黄金竜にお仕えしたいと。
 その後、すべて元通りになるはずだった。

 しかし、王城へ“転移”して戻るルドガーの胸にはチロチロと小さな炎のように燃え上がった不安が騒めいていた。
 危惧があったのだ。

(もし、ユーリスがこのまま目覚めなかったら、いったいどうなってしまうのか)

 その不安を、彼は誰にも吐露出来なかった。
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