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外伝 その王子と恋に落ちたら大変です 第九章 蝶の夢(上)
第六話 子供達
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翌朝、ユーリスはいつものように執務室へと足を運んだ。扉を開けると、ユーリスのデスクの上に積み上げられている書類の整理をしていたセリムという若者が「おはようございます、ユーリス殿下」と元気に声を掛けてきた。
セリムは、昨年からユーリスの副官に就いており、ユーリスの仕事を手伝ってくれている。彼は、かつて“竜の牙”というクランがあった時代には、ユーリスと共に経理作業を務め、ゴルティニア王国建国後には、騎士団の騎士となったイルムの息子だった。
よくよく見れば、セリムの顔はイルムによく似ている。ただイルムが冒険者らしく非常に体格の良い男であったのとは反対に、セリムは小柄な若者だった。
今、父親のイルムは騎士団を引退して、妻となった女性の宿屋を手伝っているという。
彼の息子と一緒に仕事をすることになるなんて思ってもいなかったユーリスは、自分と共に仕事をするセリムを感慨深く見つめてしまう。
それに、今この場にはいないが、時折、ユーリスの警護に入る近衛騎士団の騎士の中には、ゲランの息子もいる。ゲランもまた冒険者時代にはユーリスの護衛を務めていた男で、その後、このゴルティニア王国の騎士になった。そして彼の息子もゴルティニア王国の騎士になったわけである。
イルムもゲランも、五十を超えたところで、王国の騎士の仕事を辞め、今は別の市井の仕事に就いていた。二人とも、市井の冒険者であったが故に、いつまでも騎士の仕事にしがみつくことは考えていなかったようだ。王城の中で二人の姿が見れなくなったことは寂しかったが、彼らの子供達が自分のそばにいてくれることを非常に嬉しく思うユーリスだった。
「おはよう、セリム。急ぎの仕事はありませんよね」
「はい。大丈夫です。ただこの書類とこちらは、今日中に見て頂きたいと連絡を受けています」
ユーリスは椅子に座ると、セリムから差し出された書類を手に取る。
顎に手を当て、書類を手に考え込むユーリスの姿を、今日もセリムは眩しいような眼差しで見つめていた。セリムは父であるイルムから、ユーリスがウェイズリーという黄金竜によってその身体を人間から変えられている話も聞かされていたし、主であるシルヴェスター国王陛下が、黄金竜と同化している話も聞いていた。イルムもゲランも、ユーリスが昔から信頼する部下であったから、そのイルムやゲランの子供達も当然のようにユーリスは信頼していたし、彼らもユーリスとシルヴェスターに敬愛の感情を抱き、忠誠を誓っていた。
椅子に座り、黙って書類に視線を落とす国王の伴侶の姿をセリムはじっと見つめて、彼からの指示を待っている。そして今日も、匂うように美しい人だと内心思っていた。
シルヴェスター国王陛下が少年の時分から寵愛していたというこの目の前の若者は、確かに目を奪うほどの素晴らしい美貌の主だった。それだけではなく、彼は素晴らしく仕事が出来た。その美貌で甘く見て、痛い目にあった官僚達も多い。ずば抜けた記憶力と判断力に、彼に憧れのような感情を抱く同僚達も多かった。
とはいえ、国王の想い人なのである。とても手を出すことなんて出来ない。高嶺の花としてせいぜい眺めるだけだった。
「こちらはもう少し調べる必要があるでしょう。こちらには私がサインしておきます。すぐに届けてもらえますか」
「はい」
書類を受け取り、セリムは彼の指示通りに進める。
それからユーリスは調べものをしたり、他の書類の処理を進めていたので、セリムもまた自分の抱えていた書類の処理を進めた。
昼になる少し前、ユーリスはセリムに尋ねた。
「ルドガーは今、どうしているか、分かるかな」
「ルドガー王子殿下は、今日も外出していると聞いています」
「そう」
もし、ルドガー王子が王城にいると聞いたのなら、きっとユーリスは昼食に誘うつもりだったのだろうとセリムは知っていた。ユーリスは何かとルドガー王子のことを気にかけていて、共に過ごそうとしていた。しかし、ルドガー王子はふらふらと出かけ、王城を離れていることが多かった。
ルドガー王子も黄金竜であるから、一人気儘に出かけたとしても、その身が危険な目に遭うことは考えられない。だが、それをいいことに、このゴルティニア王国の王子という貴き身分であるのに、彼は王城に居つかなかった。政務も、ユーリスが頼んでようやく果たしているという様子だった。
おそらく、彼はゴルティニア王国の王位を継ぐ気はないのだろう。
周囲の者達もそんなことを口にし出している。ただ一人しかいない王子であるから、本当なら首に縄をつけてでも連れてきて、王の気構えをつけさせるため、何かしらの教育を受けさせるべきなのだろうが、シルヴェスター王子もユーリスも、普通の人間とは違って長命だったから、別に次の王位のことを考える必要に迫られていなかった。
それ故に、ルドガー王子は勝手気ままに過ごせている。
でも、彼の親であるユーリスはルドガー王子のことを純粋に心配していた。
それが傍目でも分かるから、内心セリムは(あの放蕩王子は、ユーリス殿下を心配させてばかりで仕方ない)と、ルドガー王子にいつも悪態をついていたのだった。
セリムは、昨年からユーリスの副官に就いており、ユーリスの仕事を手伝ってくれている。彼は、かつて“竜の牙”というクランがあった時代には、ユーリスと共に経理作業を務め、ゴルティニア王国建国後には、騎士団の騎士となったイルムの息子だった。
よくよく見れば、セリムの顔はイルムによく似ている。ただイルムが冒険者らしく非常に体格の良い男であったのとは反対に、セリムは小柄な若者だった。
今、父親のイルムは騎士団を引退して、妻となった女性の宿屋を手伝っているという。
彼の息子と一緒に仕事をすることになるなんて思ってもいなかったユーリスは、自分と共に仕事をするセリムを感慨深く見つめてしまう。
それに、今この場にはいないが、時折、ユーリスの警護に入る近衛騎士団の騎士の中には、ゲランの息子もいる。ゲランもまた冒険者時代にはユーリスの護衛を務めていた男で、その後、このゴルティニア王国の騎士になった。そして彼の息子もゴルティニア王国の騎士になったわけである。
イルムもゲランも、五十を超えたところで、王国の騎士の仕事を辞め、今は別の市井の仕事に就いていた。二人とも、市井の冒険者であったが故に、いつまでも騎士の仕事にしがみつくことは考えていなかったようだ。王城の中で二人の姿が見れなくなったことは寂しかったが、彼らの子供達が自分のそばにいてくれることを非常に嬉しく思うユーリスだった。
「おはよう、セリム。急ぎの仕事はありませんよね」
「はい。大丈夫です。ただこの書類とこちらは、今日中に見て頂きたいと連絡を受けています」
ユーリスは椅子に座ると、セリムから差し出された書類を手に取る。
顎に手を当て、書類を手に考え込むユーリスの姿を、今日もセリムは眩しいような眼差しで見つめていた。セリムは父であるイルムから、ユーリスがウェイズリーという黄金竜によってその身体を人間から変えられている話も聞かされていたし、主であるシルヴェスター国王陛下が、黄金竜と同化している話も聞いていた。イルムもゲランも、ユーリスが昔から信頼する部下であったから、そのイルムやゲランの子供達も当然のようにユーリスは信頼していたし、彼らもユーリスとシルヴェスターに敬愛の感情を抱き、忠誠を誓っていた。
椅子に座り、黙って書類に視線を落とす国王の伴侶の姿をセリムはじっと見つめて、彼からの指示を待っている。そして今日も、匂うように美しい人だと内心思っていた。
シルヴェスター国王陛下が少年の時分から寵愛していたというこの目の前の若者は、確かに目を奪うほどの素晴らしい美貌の主だった。それだけではなく、彼は素晴らしく仕事が出来た。その美貌で甘く見て、痛い目にあった官僚達も多い。ずば抜けた記憶力と判断力に、彼に憧れのような感情を抱く同僚達も多かった。
とはいえ、国王の想い人なのである。とても手を出すことなんて出来ない。高嶺の花としてせいぜい眺めるだけだった。
「こちらはもう少し調べる必要があるでしょう。こちらには私がサインしておきます。すぐに届けてもらえますか」
「はい」
書類を受け取り、セリムは彼の指示通りに進める。
それからユーリスは調べものをしたり、他の書類の処理を進めていたので、セリムもまた自分の抱えていた書類の処理を進めた。
昼になる少し前、ユーリスはセリムに尋ねた。
「ルドガーは今、どうしているか、分かるかな」
「ルドガー王子殿下は、今日も外出していると聞いています」
「そう」
もし、ルドガー王子が王城にいると聞いたのなら、きっとユーリスは昼食に誘うつもりだったのだろうとセリムは知っていた。ユーリスは何かとルドガー王子のことを気にかけていて、共に過ごそうとしていた。しかし、ルドガー王子はふらふらと出かけ、王城を離れていることが多かった。
ルドガー王子も黄金竜であるから、一人気儘に出かけたとしても、その身が危険な目に遭うことは考えられない。だが、それをいいことに、このゴルティニア王国の王子という貴き身分であるのに、彼は王城に居つかなかった。政務も、ユーリスが頼んでようやく果たしているという様子だった。
おそらく、彼はゴルティニア王国の王位を継ぐ気はないのだろう。
周囲の者達もそんなことを口にし出している。ただ一人しかいない王子であるから、本当なら首に縄をつけてでも連れてきて、王の気構えをつけさせるため、何かしらの教育を受けさせるべきなのだろうが、シルヴェスター王子もユーリスも、普通の人間とは違って長命だったから、別に次の王位のことを考える必要に迫られていなかった。
それ故に、ルドガー王子は勝手気ままに過ごせている。
でも、彼の親であるユーリスはルドガー王子のことを純粋に心配していた。
それが傍目でも分かるから、内心セリムは(あの放蕩王子は、ユーリス殿下を心配させてばかりで仕方ない)と、ルドガー王子にいつも悪態をついていたのだった。
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