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外伝 その王子と恋に落ちたら大変です  第八章 永遠の王の統べる王国

第七話 親善旅行へ(1)

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 転移魔法でゴルティニア王国の王城に戻って来た。
 たった一日の不在であったけれど、ユーリスとシルヴェスター王子が王城に姿を現わすなり、待ち構えていたように、官僚達に取り囲まれて、早速仕事場に双方とも連れて行かれる。
 ゴルティニアは新しく出来たばかりの王国で、ユーリスはシルヴェスター王子の伴侶として敬われる一方、大臣のフィアの右腕として働いているから、やるべきことが山のようにある。またシルヴェスターも新しく出来た騎士団の騎士として働いており、彼にもまたやるべきことが山のようにあった。
 そして、夕方近くまでおのおの働いた後、ユーリスはシルヴェスターと暮らす部屋へと戻って来る。まだシルヴェスターは戻って来ていなかった。だからユーリスは一人でお茶を淹れて椅子に座ってそれを飲んでいた。

 王子の伴侶で妃の身分を持つユーリスは、本当なら彼に仕える侍従や護衛の騎士がそばにいるべきなのだろう。だがユーリスは、自分が王城にいる間、できるだけそれを付けないように頼んでいた。そしてその願いは聞き届けられていた。
 この城で働く多くの者達が、冒険者上がりである。彼らはざっくばらんな者達ばかりで、「自分で出来ることは自分でやる」という信条を持つ者が多かった。だからユーリスの要望は、ゴルティニア王国では受け入れられやすい土壌があった。それに加え、黄金竜ウェイズリーの番であるユーリスは、黄金竜の“金色の芽”が常にその身を護っている。実際、人間の護衛をつける必要は全くなかったのである。ユーリスを狙う不届き者は容赦なく瞬殺される。

 外国からの賓客が王城を訪れた時には、ユーリスとシルヴェスター王子が単身で自由に動き回っている姿を見て驚く。勿論、ユーリスもシルヴェスター王子も、対外的に必要がある時には、そばに護衛や侍従をつけることは受け入れている。また城の外に出る時も同様で、その時には多くの騎士達に二人は護衛されることになる。

 そして今、ユーリスは私室に一人でいた。
 お茶を口にして、一休みしている。シルヴェスター王子と二人で暮らしている部屋は広い。寝台の他に、書棚と机が二つある。そして自分で湯を沸かすことの出来る魔道具や、冷蔵の魔道具まで置かれている。二人暮らしするには十分揃っていたが、黄金竜ウェイズリーに言わせると「もっとお前の部屋は立派であるべきだ。いい家具をもっと入れろ!!」とうるさかった。黄金竜ウェイズリーの家具の趣味と、ユーリスの趣味は合わない。シンプルでコンパクトなものが好きなユーリスは、今の部屋を気に入っているから、大型で重厚な家具好みの黄金竜ウェイズリーの言葉に従うつもりはなかった。だいたい、空中城に置かれている家具はウェイズリーの趣味でまとめられている。あの馬鹿でかい寝台など、一体何なのだと常々ユーリスは思っていた。

 そんなことを考えながらお茶を飲んでいるところに、シルヴェスターが帰って来た。ユーリスは彼に近寄ると、上着を受け取り、優しく口づけし合う。
 ゴルティニア王国の騎士の制服をまとったシルヴェスター王子は、鍛えられた長身とあいまって、美男子ぶりが上がっていた。常に王城の女官や侍従達から熱い眼差しを向けられている。だが、ユーリス一筋であるシルヴェスター王子が脇目を振ることはない。今もユーリスを愛し気に見つめ、ユーリスを抱きしめて離さなかった。

 仕事から帰宅すると、二人で食堂に食事をとりにいくのが常だった。
 今日はまだ食堂に降りるまで時間がある。
 ユーリスはシルヴェスターを椅子に座らせ、お茶を用意する。シルヴェスターはユーリスが茶器を運んでくる様子をじっと眺めていた。そしてユーリスに話しかけた。

「お前がハルヴェラ王国へ行く話を、ダンカンに上げたそうだな」

「ええ。リン王太子妃が改めて正式な招待状を陛下に出されると話していました」

 個人的に、ユーリスがハルヴェラ王国へ遊びに行くということではなく、ユーリスはゴルティニア王国の王子妃として、親善でハルヴェラ王国へ赴くことになりそうだった。その方が、双方の国にとって利があるだろうと、ユーリスもリン王太子妃も考えたのだ。小国であるハルヴェラ王国は、この大陸で今最も勢いのあるゴルティニア王国と友好の関係があるとアピールしたかったし、ゴルティニア王国としても、大陸中央部にあり、滅亡まで追い込まれたアレドリア王国の後見をしているハルヴェラ王国とは友好関係を維持したい。ゴルティニア王国もハルヴェラ王国も、アレドリア王国から数多くの難民を受け入れ、またアレドリア王国の再建にも携わっていた。同じような立場であるからして、互いに関係をより深めていきたいと考えていた。

 シルヴェスターにお茶を淹れた後、ユーリスも椅子に座り、少し冷めてしまった自分のお茶に口をつける。ユーリスは言った。

「今回、ハルヴェラ王国には、ルドガーを連れていこうと思っています」

「何故だ?」

「ルドガーの経験のためです。ハルヴェラ王国には、リン王太子妃の王子殿下、王女殿下がおられます。同じ年頃の子供達と触れ合うことは、きっとルドガーのためになるでしょう」

 ユーリスとシルヴェスター王子、黄金竜ウェイズリーの息子、ルドガー王子。彼はただの人間ではない。彼もまた黄金竜だった。そしてその黄金竜ルドガーは、ユーリスの祖父に恋している。
 ユーリスは、ルドガーがジャクセン以外の他の者に目を向け、興味を持って欲しかった。ルドガーには他の人や竜と触れ合う絶対的な経験が足りない。これから先、積極的に多くの人間や、竜と触れ合うようになれば、ルドガーも変わっていくはずだった。

「そうだな」

 シルヴェスターは頷く。今回の親善旅行には、シルヴェスターは同行しない予定だった。
 黄金竜ウェイズリーは「ユーリスと離れるなんて絶対に嫌だ!!!!」と我儘を言っていたが、シルヴェスターには、王城での仕事がある。「お前の“金色の芽”を付けておけば、ユーリスは守られるだろう」とシルヴェスターが指摘すれば、黄金竜ウェイズリーは不機嫌そうにずっと地面を尻尾で叩き続けていた。
 この方、黄金竜ウェイズリーは番のユーリスのそばから離れたことはない。心傷ついてやむなく姿を消した時だって、実際は密かにユーリスのそばにいた。戦場へ向かう時だって、夜にはユーリスのそばに戻って来ていた。番至上主義の黄金竜ウェイズリーは、絶対にユーリスから離れたくない。

 今回だって、一緒に同行しないことにはなっているが、きっと黄金竜ウェイズリーは、夜になれば、ユーリスの寝床に忍び込むだろう。あの黄金竜は本当に、ユーリスが好きすぎてどうしょうもないのだ。そしてユーリスも、我儘な黄金竜のことを受け入れている。

 そんな黄金竜ウェイズリーの一途な想いと同じものを、息子ルドガーも持っているように思える。ルドガーも、結界の魔道具でルドガーの訪問が弾かれるようになった今でさえも、辛抱強く、祖父ジャクセンが昼頃に魔道具を解除するのを待っている。そして解除されるや否や、喜び勇んでジャクセンの屋敷に飛んでいく。それはまるで、黄金竜ウェイズリーが、ユーリスを見るやすぐさまその胸に飛び込んで「キュイキュイキュルルルルゥ」と甘く鳴いてせがむ姿によく似ている。

 他の者達と触れ合う機会を増やすのは良いと思う。
 だが、それでルドガーが変わるだろうか。

 最近になって、シルヴェスター王子もそんなことを思うようになっていた。
 だが、あくまで反対し続けるユーリスに、シルヴェスターはその言葉を告げることは出来なかった。

 どちらにせよ、ルドガーの身体には黄金竜ウェイズリーの魔法の呪文が刻まれており、ルドガーの想いは叶うことはない。祖父ジャクセンを番にすることなど、出来やしないのだ。
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