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外伝 その王子と恋に落ちたら大変です  第八章 永遠の王の統べる王国

第三話 異世界から来た王太子妃(上)

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 ユーリスは、カルフィー魔道具店の所有する瀟洒な邸宅を訪れていた。
 ユーリスは胸元に黄金竜ウェイズリーを潜ませたまま、その邸宅の入口で、招待状を提示する。するとすぐさま案内を務める使用人がやって来て、邸宅の鉄の門扉を開けて案内してくれた。
 邸宅の周りには、警備を担当する私兵が数多くいる。なかなか物々しい様子だった。

 贅を凝らした貴族の館を、そのまま手を加えることなく集まりの会場にしているようだった。邸宅入口まで石畳の道が続いており、道の左右には美しい生垣と庭園が広がっていた。
 邸宅入口のアーチを描く石の門をくぐると、大きな木製の両扉があり、正装姿の使用人が恭しい態度でその両扉を開ける。
 どこか優美な女性的なデザインの館で、入口正面には、大きな花瓶に色とりどりの大輪の花が活けられており、壁に掛けられている美しい貴婦人たちの絵画とあいまって、華やかな雰囲気を醸し出している。
 会場の案内をする使用人は、ユーリスを二階にある会場へ連れていく。

(随分と立派な会場を使った集まりだな)

 招待状には「簡単な内輪の集まり」とあったのに、それを裏切る豪奢さである。

 二階の会場の部屋に入ると、すでに到着している客人が見えた。
 その中に、ユーリスは見知った顔を見つけた。

 叔父のリヨンネである。彼のそばには、リヨンネの伴侶で、長年従者を務めたキースもいる。
 そしてリヨンネが親し気に会話しているのは、ユーリスも何度か相まみえているラウデシア王国のアルバート王子だった。黒髪に鳶色の瞳のハンサムな若い男である。そのアルバート王子の傍らにいるひどく華奢な人は誰だろうと思う。
 入り口からユーリスが入って来るのに気が付いて、リヨンネが片手を挙げて声を上げていた。

「ユーリス、こっちだよ」

 ユーリスが近づくと、キースは一礼し、アルバート王子も振り向いた。そしてそのアルバート王子が腰を抱くように立っていた貴人も振り向いた。アルバート王子のそばにいた貴人を見て、ユーリスは驚いて足を止めた。

 アルバート王子のそばにいた貴人は、目も覚めるような美貌の持ち主だったのだ。濡れたように輝く黒い大きな瞳に、透き通るような真白の肌、艶やかな黒髪に、柔らかそうな唇。天の御使いのような、あまりにも人離れした美しさに、息を飲むユーリスを見て、リヨンネが笑っていた。
 ユーリスの腕を掴んで、リヨンネは自分のそばまで引き寄せると、ユーリスの耳元で声を潜めながら、悪戯っぽく告げた。

「ユーリス、こちらは紫竜ルーシェだよ。一応、外ではルーシェじゃなく、シアンという名で通している。君もそう呼んでね」

「え!?」

 ユーリスは、アルバート王子の傍らの美しすぎる貴人を、もう一度見つめていた。

 黄金竜ウェイズリーと共に、いつもテーブルの上でひどく楽しそうに身体を揺らして踊っていた小さな紫竜。「ピルピルピルー」と鳴いて、アルバート王子の膝の上で甘えていた紫竜。
 
 そういえば、紫竜は“魔術の王”と呼ばれるほど、竜の中でも豊富な魔力量を誇る珍しい竜である。当然、黄金竜ウェイズリーと同じく人化して、成長した姿だって見せることが出来るだろう。いつも小さくて可愛らしい竜の姿ばかり見ていたため、紫竜ルーシェが人化できることをユーリスはすっかり忘れていた。

(あの小さな竜が、こんな美しい人になるのか!?)

 思わず呆然とユーリスが、ルーシェを見つめていると、ルーシェは「えへへへへ、シアンです。よろしく。本当はルーシェだけど内緒にしてね」と、全くその美貌に似つかない、随分と親しみを感じるような口調で、頭に手を当て、軽く頭を下げて言っていた。
 それからルーシェは周囲を見回し「ウェイズリーはどこ? あいつも来てるの?」と黄金竜ウェイズリーの姿を探す。常にユーリスにべったり張り付いている黄金竜ウェイズリー。彼がいないはずはないと、ルーシェは考えていた。そしてそれは間違いではなかった。
 ウェイズリーはユーリスの胸元から、ぴょこんと黄金色の頭を覗かせて「キュルルルルゥ(ここにいるぞ)」と本人としては威厳に満ちた声を出して告げたつもりだったが、ユーリスの胸元から頭だけ出しているその姿は、威厳ある黄金竜の姿からは程遠く、ルーシェに「お前、いっつもそこにいるな。甘えん坊だな!!」と指を突き付けられて大笑いされ、黄金竜ウェイズリーはぷっくりと頬を膨らませて怒っていたのだった。
 そしてユーリスは「ウェイズリー、出ちゃダメだと言っただろう」と言って、自分の胸元にもう一度、ウェイズリーの小さな頭を押し込めて、会場にいた他の者達に、自分の胸元に小さな竜が潜んでいることがバレていないか、慌てて様子を窺っていたのだった。幸いなことに、ウェイズリーが頭を出したのは一瞬であったので(すぐにユーリスが押し込めた)、他の者達に気付かれることはなかった。

「そんなに警戒しなくても大丈夫だよ」

 ユーリスが胸元に潜むウェイズリーに、小声で叱りつけている姿を見て、ルーシェはおかしそうに笑いながら言った。

「この会場にいるのは、本当、身内みたいな人達ばかりで、信頼できる人達だから。まぁ、給仕してくれる召使達は別としても」

 そう言われて、ユーリスは室内をぐるりと見回す。
 リヨンネやキース、ルーシェやアルバート王子の他、会場にいるのは誰だろうと見たのだ。
 そして、少し離れた場所で、今回のホストである三橋友親とその伴侶カルフィーとケイオスの他に、美しく着飾った黒髪の女性とその護衛達を見つけた。相変わらず目鼻立ちのこじんまりとした、異世界人らしい顔立ちの三橋友親と談笑している女性もまた、目鼻立ちがこじんまりとしていることに気が付いて、ユーリスは驚いた。二人はまるで同族のような顔立ちと雰囲気があった。

 ルーシェは、ユーリスの腕を取って、三橋友親達が話をしている場に連れていく。

「友親、ユーリスが来たよ。これで全員揃ったんじゃないか?」

「ああ、そうだな」

 三橋友親とルーシェは、昔からの親しい友人のように話している。
 友親に、もう一人の異世界人であろう女性が声をかけた。

「あら、その方を私にも紹介して頂戴」

「ああ、そうか。お二人は対面するのは初めてなのかな。こちらはユーリス=ゴルティニア殿下です。ゴルティニア王国のシルヴェスター王子殿下の伴侶であらせられるお方です」

 友親が恭しく紹介する。
 目鼻立ちのハッキリしない女性は、ユーリスの美貌を感嘆のため息をつきながら見つめて言った。

「ユーリス殿下はとても美しい方だと聞いておりましたが、本当に綺麗な方なのね。ルー……いえ、シアンもびっくりするくらい綺麗だけど、ちょっと綺麗すぎて人間離れしているのよね」

「……まぁ、竜だからな」

 ボソリと小声でルーシェが言う。
 その言葉で、ルーシェが紫竜の化身であることを、その女性が知っていることがユーリスには分かった。

「初めまして、ユーリス殿下。わたくしはハルヴェラ王国王太子妃リン=ヨーデルリヒですわ」
 
 その女性もまた綺麗に一礼して、ユーリスに向かって挨拶したのだった。
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