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外伝 その王子と恋に落ちたら大変です  第七章 新たなる黄金竜の誕生

第二十九話 刻まれる呪文(上)

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 ゴルティニア王国に戻ったシルヴェスター王子と黄金竜ウェイズリーは、早速、息子であるルドガーにまじないをかけた。その小さな竜の体に、ジャクセンを番にすることや、彼の身体を魔法で変えることを禁じる魔法を掛けたのだった。
 ルドガーの背中に、キラキラと輝く魔法の文字が吸い込まれて消えていく。
 それは古い竜の魔法の言葉で、ユーリスにも解読することは出来なかった。
 その文字が、呪いの内容を示している。
 そしてそれは、ルドガーとジャクセンのどちらかが死ぬまで続く呪いであった。

 ルドガーは大人しく、呪いが掛けられることを受け入れていた。

 彼は、その呪いを受け入れなければ、きっと祖父ジャクセンが自分に会ってくれないだろうと考えていた。また、ユーリスもシルヴェスターも、ルドガーが呪いを受け入れない限り、ラウデシア王国へ行かせる気はなかった。
 
 それから、呪いを受け入れたルドガーは、どこか悄然とした様子で、ラウデシア王国のジャクセンの屋敷を訪れた。
 今までと変わらぬ態度で、ジャクセンが自分を受け入れてくれるだろうか。
 ルドガーの小さな胸はその不安でいっぱいだった。

(もしジャクセンが、僕に「会いたくない」と言ったらどうしよう)

 そのことを考えるだけでも、人の姿をしているルドガーの青い目は潤んでいた。

(孫なのに、おかしいって言って、僕を追い返したらどうしよう)

 親のユーリスが、ルドガーの想いをジャクセンに伝えた時、ルドガーは絶望すると同時に、後悔した。
 絶望は、ジャクセンに知られたことで、彼から遠ざけられるかも知れない、嫌われてしまうかも知れないという怯えからきていた。
 そして後悔は。

 もう少し、上手くやるべきだったということだった。

 実際、ユーリスもシルヴェスターも、最初から反対していた(黄金竜ウェイズリーはそんなこと、どうでもよいと考えている適当な様子だった)。特にユーリスは、祖父のジャクセンを番にするだなんて絶対に許されないと強硬な態度を見せていた。
 もっと親達を警戒しておくべきだった。あんな拙速に事を運ぶべきじゃなかった。
 でも今更、どんなに後悔しても、もう遅い。

 屋敷にやって来たルドガーを、いつものように召使が案内してくれる。
 そしてジャクセンの仕事場の扉を、召使がトントンと叩く。
 やけにその音が、ゆっくりとルドガーには聞こえていた。

 そして早鐘を打つような、自分の心臓の鼓動の音が聞こえる。

(「追い返せ」と言われたら、どうしよう)

 そんなこと言われたら、たぶんその瞬間、ルドガーの身体はその場で石像になってしまうんじゃないかと思った。そしてその石像にヒビが走り、粉々に砕け散ってしまう。そんな想像までしてしまう。

 祈るような気持ちで、扉の向こうからの返事を待つ。
 やがて、両開きの扉が静かに開かれた。大きなデスクについて、いつものように書類を処理しているジャクセンの姿や、彼のそばに、ルドガー専用の布張りの椅子が置かれている様子を見た時、ルドガーは安堵のあまり、倒れそうになった。

 思わず「おじいさま!!」と声を上げて、デスク前まで走り寄っていく。
 ジャクセンは視線を上げ、「まだ仕事中だ。静かにするように」と言うと、そのまま書類の処理に没頭していた。ルドガーは「はい!!」と声を弾ませて答えて、椅子に座って、大人しくジャクセンの仕事をする様を眺めていた。

 ジャクセンに拒絶されず、彼が自分に対する態度を変えなかったことに、ルドガーは喜んでいた。
 最悪のケースを想像していたのだ。それ故に安堵の思いが強い。

 夕刻にはお茶をして、それからジャクセンの妻や娘達と一緒のテーブルで夕食をとる。その後、いつものようにジャクセンに、王子教育で分からなかったことを質問して教えてもらう。ジャクセンは、一度目にしたもの耳にしたものを忘れることはないという特技があったから、ルドガーにつけられている王子教育のための教師達よりも彼は博識だった。
 頭が良くて仕事の出来る、そして誰よりも美しい男性のジャクセンの姿を、ルドガーはいつも見惚れてしまう。

(今、僕は呪いで縛られている)

(でも、これから先、僕がウェイズリーよりも強くなったら)

 親である黄金竜ウェイズリーのことを、ルドガーは思い浮かべる。あの小さな黄金竜は、ユーリスにべた惚れで、それ故に、隙だらけだった。
 今はルドガーも生まれたばかりだから、黄金竜ウェイズリーには敵わない。

 でも、ウェイズリーに自分が負ける姿は思い浮かばなかった。
 なにせテーブルの上から、ルドガーがウェイズリーを蹴り落とせば、びっくりした顔でウェイズリーは床に落ちていた。
 あまりにも間抜けすぎる。
 ※なお、蹴り落とされたウェイズリーを、ユーリスは慌てて拾い上げて、撫でていた。そしてルドガーに「お父さんを蹴って苛めたらダメです!!」と、叱りつけていた。ウェイズリーは黄金竜たる威厳など何もない、まこと、間抜けな竜なのだ。

 だから黄金竜ウェイズリーに呪いを刻まれても、ルドガーは、それでジャクセンのことを諦めるつもりなんて、ひとかけらもなかったのだった。
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