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外伝 その王子と恋に落ちたら大変です  第五章 その王子と竜に愛されたら大変です(上)

第十一話 手伝い

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 シルヴェスターが復帰した。

 ダンカンとフィアは、シルヴェスターのことを気遣いながらも、今までと変わらぬ態度で彼に接していた。それはクランの仲間達も同じだった。たとえ、シルヴェスターが黄金竜ウェイズリーの神の如き凄まじい力を使うことが出来るとしても、シルヴェスターがその力の行使によって心を病んでいたことを聞き、彼もまた傷つきやすい心を持った普通の人間であることを、今更ながら理解したようだ。

 ユーリスの頼み通り、ダンカンとフィアは、シルヴェスターの力を借りることなくどうやってこの国を守ることが出来るか考えていた。
 結果論になるが、今回の、黄金竜ウェイズリーの“金色の芽”による一瞬にして多大なる損害を与えた攻撃は、非常に効果的だった。サトー王国の兵士達は勿論の事、魔族達も、決して旧カリン王国には攻め入ってはならないと、あの二回の攻撃で骨身に染みた様子だった。だから、ダンカンとフィアは、「この国に攻め入れば、“黄金竜の怒りを買う”」と喧伝すれば十分だったのだ。それだけで、当面の間この国へ攻め込もうという気にはならないだろう。

 ダンカンは、近々、イスフェラ皇国で開催を予定されている国際会議への出席を求められている。その会議には、イスフェラ皇国、アレドリア王国、ハルヴェラ王国の同盟三か国の代表はもとより、同盟加盟を認められることになっているラウデシア王国と、新たに同盟加盟と新王国の建国が認められるダンカン達の国の代表が出席することになっている。
 ダンカンはこの晴れがましい舞台に、シルヴェスターを連れていきたがった。しかし、本調子ではないシルヴェスターを連れていくことに、ユーリスは強く反対した。だからダンカンは旧カリン王国の官僚たちやクランの部下達を連れて旅立つ。シルヴェスターは直前まで自分も行くべきだろうかと悩み続けていたが、ユーリスは彼を椅子に無理やり座らせ、その顔の前で指を振り、怒ったような口調で言った。

「絶対にダメです。まだ貴方は本調子ではありません。私のそばで養生して下さい」

「……もう大丈夫だろう」

「絶対に絶対にダメです。もし貴方が勝手に行こうとしたら」

 次の言葉に、シルヴェスターは元より、シルヴェスターの中の黄金竜ウェイズリーもビクンと身体を大きく揺らした。

「私は貴方と結婚しませんから」

 それがトドメの一撃だった。

 それを聞いてシルヴェスターの中のウェイズリーは、大声で鳴き喚いている。

(ユーリスと結婚出来ないのは困る!!!! 困るから絶対に行くな!!!!)

 頭が痛くなるほど喚き散らしている。

 ウェイズリーにとって、番のユーリスと結婚出来なくなることは大変な惨事なのだ。サトー王国軍に攻め込まれるよりも、彼にとっては大きな出来事になるのだろう。それを思うとおかしくなる。
 自分の中にいる小さくて我儘な黄金竜。その竜はユーリスをとても愛している。
 自分と同じくらい、ユーリスを愛している。

「それは困るな」

 シルヴェスターが困ったような顔をして笑うと、ユーリスはシルヴェスターの唇に啄むように口づけた。

「だから、私のそばにいて下さい。ヴィー。貴方はもう充分に働いたはずです。私のそばでゆっくりと過ごす時間が今は必要なのだと思います」

 そう言ってもう一度、ユーリスはシルヴェスターの唇に口づけたのだった。





 それから、シルヴェスターはユーリスのそばでだらだらと過ごし、養生をする予定だった。
 しかし、そうはならなかった。

 ユーリスがとんでもなく忙しいからだ。

 ダンカンがクランの部下達や官僚達を引き連れてイスフェラ皇国に向けて旅立った後も、副クラン長フィアは城に残り、戦争の残務処理は元より、通常の行政事務などに朝も昼も夜もなく勤しんでいた。当然、フィアの片腕のように働いているユーリスもまたフィアの手で仕事場に引きずり込まれている。
 そばにいてくれるはずのユーリスが、そばにいないことにシルヴェスター王子は不満顔であったし、シルヴェスター王子の中のウェイズリーに至っては喚き散らしている。

「ユーリス、ウェイズリーが怒っているぞ」

 疲れて部屋に帰って来たユーリスにシルヴェスターがそう言うと、ユーリスは寝台に倒れ込むとぽつりと言った。

「…………謝っておいてください」

「忙しそうだな」

 横になったユーリスの艶やかな黒髪を優しく撫でると、ユーリスはため息をつきながら言った。

「忙しいです」

「……私に何か出来ることはないか」

 その言葉に、ユーリスは青い目を開いた。はたと気が付いたような顔をしている。

「そういえば、ヴィー。貴方は私と一緒に学園で数学の授業も受けていましたね」

「そうだったな」

 学園にいた当時、実力を表に出してはならないと、シルヴェスターは成績を抑え気味であったが、そばにいたユーリスはシルヴェスターの優秀さを誰よりもよく知っていた。彼は今でこそ武闘派としてクランで鳴らしているが、文武両道の男だったのだ。

「明日から、私と一緒に仕事をしましょう」

「…………お前は私に養生しろと言っていたが」

「部屋にこもってもお暇でしょう。大丈夫、数字が読めて計算できれば十分戦力になります」

「ユーリス」

 ユーリスはチュッと音を立ててシルヴェスターの唇に口づけすると、彼にしては珍しく、ふにゃりとした柔らかくて溶けるような笑みを浮かべた。

「貴方と一緒に仕事ができるなんて、私はとても嬉しいです」

 そんな笑顔を見てしまったら、シルヴェスターは何も言えず、同じくシルヴェスターの中のウェイズリーもまた番の思わぬ可愛さを見て、胸を撃たれたかのように立ち尽くしていた。

「明日から、朝から一緒です」




 こうしてシルヴェスターは恋人のユーリス=バンクールに、仕事場に引きずりこまれた。
 副クラン長フィアをはじめ、仕事場にいた者達は、突然のシルヴェスターの登場に、呆気にとられた後、何度も彼の姿を確かめるように眺めていた。ユーリスはそんな視線など気にも留めない様子で、シルヴェスターを部下のように使い始める。フィア達はシルヴェスターもまた数字が扱えることに驚きつつも、あまりの人手不足の中、シルヴェスターの手伝いを歓迎したのだった。

 そしてダンカンが会議を終えて戻って来た時、シルヴェスターが仕事場でユーリスと一緒に懸命に働いていることに驚きつつも、彼が普段通りの姿を取り戻したことにホッと安心した。だが同時に、少しだけ不安に思うことは、シルヴェスターがフィア達内政部門に取られてしまうのではないかということだった。
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