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外伝 その王子と恋に落ちたら大変です  第四章 黄金竜の雛は愛しい番のためならば、全てを捧げる

第二十七話 黄金の瞳(上)

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 シルヴェスターという名の男の命が、刻一刻と零れ落ちていることを、黄金竜ウェイズリーは見て取っていた。人間の魔術師達がふるう治癒の魔法でも癒しきれない深い傷。シルヴェスターが城へ戻るまで時間が経ちすぎていた。もはや虫の息のその男を助けるためには、ウェイズリー自身の魔法の力を使っても難しいと思われるほどである。

 だが、方法が全くないわけではなかった。

 番のユーリスは、シルヴェスターの命を救うことを望んでいた。
 今までウェイズリーに望むことのなかった番が、初めて強く望んだ願いが、愛しい男の命を救ってくれというものだった。

 ウェイズリーの胸が、また痛くなる。
 締めつけられるようなその痛み。

 愛しいユーリス。
 誰よりも、愛しい番だった。

 彼の願いは叶えられてしかるべきだった。

 シルヴェスターという男を喪ってしまえば、ユーリスの心が砕けてしまうのではないかと思うほど、ユーリスはこの男を愛している。
 見殺しにすることは出来ない。
 
 いっそのこと、見殺しにしてしまいたかった。
 そう出来たのなら、そうしたかった。

 でも、ユーリスはこの男を愛している。



 “同化”

 竜と竜騎士がする“同調”よりももっと深い、戻ってくることのできない“同化”。
 肉体も魂も何もかも溶け合うそれを行えば、シルヴェスターの命は助かるだろう。
 強靭な回復力を誇る竜の体に変わるのだから。



 決断をした黄金竜の雛ウェイズリーは、人の子であるシルヴェスターの身体に、その魂に、混じり合い、溶けていく。その意識もまた深く深く、どこまでも深く、魂の奥底まで絡み合いながら、溶け合いながら一つになっていった。

 シルヴェスターの命を救うためには、“同化”も即座に行う必要があった。
 ウェイズリーはその決断をした後、すぐさまそれを行い、半刻も経たないうちに完了させた。

 再度目を開けた時、自分のすぐ目の前に涙を浮かべたユーリスの姿があった。
 涙を流し、自分の回復を喜んで抱きついてくる愛しい番に、胸がいっぱいになる。


 シルヴェスターも、瀕死の状態から生き返るためには、黄金竜のウェイズリーと“同化”するしかないと理解すると、ウェイズリーの提案を進んで受け入れた。そうしなければ、二度とユーリスと会えないというのなら、拒否することは出来ない。当然の決断だった。
 だからこその素早い“同化”だった。ここまで一切の拒絶反応の起きない“同化”は、普通なかなかないものであった。しかし、一人と一頭は、ユーリスへの強い愛で結ばれた同志のようなもので、互いをライバル視しながらも、過去のユーリスへの愛情を、“同化”の行程の中で垣間見て、互いを認め合っていた。

 恋人として、番として誰よりもユーリスを愛していた。
 一人と一頭は、他の誰にも負けないユーリスへの強い愛情を持っていると思っていたし、実際、“同化”しながらも、その精神の内部では、互いに「いかにユーリスが素晴らしい恋人(番)であるか」「その可愛らしさ」「自分に見せた優しさ」を、懸命に語り合うところもあるほどであった。


 目を覚ましたシルヴェスターは、しばらくの間、自室で養生するようにクラン長ダンカンから命じられる。
 すでにその身体は完全回復していたのだが、シルヴェスターは(ユーリスがそばで看病してくれるならいいか)と考えている。心配した恋人が付きっ切りで看病してくれる。ご褒美のようなものではないかと思う。そしてそのことについては、自分と“同化”しているウェイズリーも力強く頷いていた。

 実際、ユーリスはシルヴェスターのそばを片時も離れず、看病してくれた。食事も手づから口元へ運んでくれる。寂しければ、そばでずっと手を握り、眠る時まで寄り添ってくれる様子であった。シルヴェスターもウェイズリーも内心では大喜びだった。二人はユーリスに甘えるのが大好きであったし、甘えさせてくれるユーリスが大好きだったのだ。そういうところでは全く共通の想いを持っている一人と一頭であった。

 だが、そばにいるユーリスは時々、部屋の窓辺に立って、ひどく寂しそうな目をして外を眺めている。
 それがどうやら、黄金竜の雛ウェイズリーを探してのものだと分かると、ウェイズリーは大喜びしていた。

(ユーリスが私を探している!!!! 私がいないことを寂しがって悲しんでいる!!!!)

 ユーリスがウェイズリーの姿を探し、時に、ウェイズリーを傷つける身勝手な願いをしたことを後悔する様子を見せた。それからひどく悲しんで、あたかも美しい花がしおれていくように、少しずつやつれていっていた。その様子を見て、ウェイズリーはこんな時なのに喜んでいた。

(こんなにやつれるほど、ユーリスは私がいないことを悲しんでいるのだ!!!!)

 どうだと言わんばかりに、シルヴェスターの中で、ウェイズリーの心がそう言ってドヤ顔をしている。
 それが、シルヴェスターにとっては苛立たしかったし、やつれるほど悲しんでいるユーリスが可哀想で仕方なかった。

(ウェイズリー、ユーリスに私達のことを話してやった方がいいだろう。こんなにやつれてしまって可哀想ではないか)

(私のいないことでこんなにも悲しんでくれるユーリスが、愛しくて仕方ない。私がいないことがこれほどユーリスにショックを与えているのだぞ!!!!)

 自分のいないことで、ひどく嘆き悲しんでいるユーリスを見て喜ぶウェイズリー。

(お前は歪んでいる)
 
 シルヴェスターの声に、ウェイズリーの意識が怒る。

(私の事を悲しんでいるユーリスも可愛くていいだろう!!)

(ユーリスはいつも可愛い。それよりも悲しみ過ぎて可哀想だし、ユーリスは身体を壊してしまうぞ)

(…………………それはだめだ)

 実際、ユーリスは食欲も落ちているようで、元から細い体付きの青年がなおも痩せてきている。
 ユーリスは、黄金竜ウェイズリーの姿が見えないことに、悲しみに暮れていた。そんな彼をシルヴェスターは後ろから抱きしめる。

「ユーリス」

 シルヴェスターの手が、ユーリスの身体をまさぐり、その耳朶を甘く食む。

「……殿下。まだ横になっている方が」

 そう言って止めようとするユーリスに、シルヴェスターは首を振った。

「私は元気だ。それよりもお前の様子の方が気になるぞ」

 そろそろとシルヴェスターの手が太腿辺りに触れたところで、ユーリスはその手をやんわりと押しのけた。

「まだ病み上がりです」

「私は元気だと言っているだろう」

 ユーリスは、シルヴェスターが傷ついて目を覚まして以来、シルヴェスターの身体を心配して、口づけ以上の行為をしようとしなかった。“同化”して健康な体を取り戻したシルヴェスターにとって不満であった。ユーリスは目元を赤く染めながら、それでも抵抗していた。

「…………殿下、大人しくなさってください」

 ユーリスの瞼に口づけを落とす。

「何故、そのように元気がない」

 問いかけるシルヴェスター。そのシルヴェスターの内心では、なおも黄金竜の雛ウェイズリーが喜んでいた。

(私がいなくなったせいだと言っているだろう!! ユーリスは私のことが大好きだったんだからな!!)

 またしても小さな黄金竜の雛がドヤ顔で、胸を張りながらそう言ってくることが非常にウザかった。
 シルヴェスターはユーリスの頬に手を添え、熱心にその顔に口づけを落としていく。
 
 ユーリスは、シルヴェスターと共に寝台に座り、そしてゆっくりと黄金竜ウェイズリーのことを話し始めた。シルヴェスターの命を救ってくれた黄金竜の雛のことを。
 それは長い話だった。

 ラウデシア王国の王宮の地下遺跡からやって来た卵から孵った小さな竜。その雛を、アレドリア王国へ連れて帰り、育て続けていたこと。そしてその小さな竜の雛が自分のことを何くれと助けてくれたこと。シルヴェスターの命も黄金竜ウェイズリーが救ってくれたであろうことを話したところで、ユーリスの青い目からポロリと涙が零れ落ち、後は止めどなく、ポタポタと涙を落としていた。

「……何故、泣くのだユーリス」

 問いかけるシルヴェスターに、ユーリスは言った。

「私はウェイズリーを傷つけてばかりだったからです。もっと優しくしてやれば良かった」

 あの黄金竜の雛は、ユーリスのことを番だと言い張り、ユーリスには何も求めずに愛してくれた。
 無償の愛だった。
 恋敵であるシルヴェスターの命すらも、ユーリスの願いで救ってくれた。
 あの時の、あの小さな竜の気持ちを思うと、今更ながら自分がひどく残酷なことをしていたと分かった。

「お前は優しかった」

 シルヴェスターがユーリスの頬に流れ落ちる涙を拭う。

「……違う」

 弱々しく言うユーリスの唇に、シルヴェスターは己の唇を重ねた。それから優しくユーリスの身体を寝台に押し倒す。

「……殿下」

 今はそんな気分になれないユーリスは、弱々しくシルヴェスターの胸に両手で押す。そしてシルヴェスターの顔を見上げたユーリスは凍りついたように動きを止めた。

「…………」

 言葉を失い、ユーリスは目を見開いてシルヴェスターの顔を、その目を凝視していた。
 シルヴェスターの碧かった両眼が、その時、輝くような黄金色に色が変わっていたのだ。

「…………」

 呆然としているユーリスを見下ろすシルヴェスターは、自分の瞳の色が変わっていることに気が付いた。シルヴェスターは言った。

「ああ、興奮してしまうと変わってしまうようだな」

「どういうことなのです、殿下」

 その輝くような黄金色の瞳は、黄金竜の雛ウェイズリーのものだった。
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