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外伝 その王子と恋に落ちたら大変です  第三章 再びの出会い

第十五話 花束を捧げる

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 シルヴェスターは、ユーリスを連れてクラン“竜の牙”に戻り、ユーリスをクラン長室にいたダンカンとフィアに紹介した。

 シルヴェスターが、アレドリア王国にいるはずのユーリス=バンクールを連れて来たことに、ダンカンもフィアも、目を丸くして驚きの余り、言葉を失っていた。
 シルヴェスターは、晴れやかな笑みを浮かべ、嬉しそうに傍らのユーリスを紹介した。

「ダンカン、フィア。私のユーリスだ。これから私の部屋で一緒に暮らすつもりだ」

 こいつ、「ユーリス」と言っているよ。
 クラン長ダンカンは副クラン長フィアと静かに視線を交わす。
 見るからに、シルヴェスターは浮かれていた。
 それはそうだろう。
 彼は五年前から、いや、それ以上前の少年時代からユーリスに夢中であった。
 五年前、最愛の少年と泣く泣く別れ、そして今、再会したのである。
 浮かれないわけがない。
 シルヴェスターの碧い瞳は今もずっと傍らのユーリスの上から一時も離れず、熱をたたえている。その顔はとろけるような甘い表情を浮かべている。それにはダンカンもフィアも呆気に取られていた。こんなシルヴェスターの様子など今まで一度として見たことが無かった。

「しばらくの間、お世話になります」

 礼儀正しくユーリスは頭を下げる。
 五年会わない間に、随分とユーリスは美貌の青年に変わっていた。以前にも飛び抜けて美しい少年だとは思っていた。それに、もはや父親そっくりではないか。水も滴るような美青年である。
 スラリとした容姿に、切れ長の青い瞳の彼に見つめられると胸をときめかせない者はいないだろう。そしてその美貌のユーリスに、みるからにシルヴェスターはぞっこんであった。

「……君達、結婚するの?」

 思わず零れた副クラン長フィアの言葉に、シルヴェスターはなおも笑みを深めた。
 それは最高に良いアイデアのように聞こえたようだ。

「ユーリス、私はお前とすぐにでも結婚したい」

「いやいやいや、待て、シルヴェスター。お前、ユーリスと再会してまだ少ししか経っていないだろう。それに、ジャクセン殿の許しも得ずにするのはマズイ」

 慌ててダンカンが止めに入る。
 シルヴェスターがユーリスの手紙を見つけてクランを飛び出して、戻ってきたと思ったらコレである。
 シルヴェスターはジャクセンの名を聞いて、瞬時、表情を暗くした。

「ジャクセン殿の……許し」

 ユーリスの父親ジャクセンは、シルヴェスターにとっての鬼門である。
 五年前、ジャクセンからシルヴェスターは厳しく拒絶された。ユーリスを愛しているなら消えろとまで言われたのだ。
 父親の名を聞いて、顔を強張らせたシルヴェスターの様子を見て、ユーリスが声をかける。

「父は関係ない。私はもう大人だ。父も私の決定を尊重してくれるだろう」

 実際、ユーリスがアレドリアに渡り学問を続けることを認めてくれた父である。
 ユーリスがジャクセンの敷いたレールの上を、もはや素直に走り続けないことを、父も理解しているはずだった。

「……私はジャクセン殿に認められ、お前と結婚したい」

「殿下」

 決意を漲らせて言うシルヴェスターとそれを見つめるユーリス。なんとなしに二人の世界が展開され始めたことに、辟易したフィアが言った。

「はいはいはい。分かりました。とりあえず、ユーリスはシルヴェスターの部屋で暮らすことでいいんだね。寝台はもう一つ運びこむ? え、二人で一つの寝台を使うからいい。余計なお世話でしたね。了解しました」

 そうテキパキとフィアが仕切り始めた。ダンカンとフィアは二人が暮らすことを認めた。
 そしてダンカンは、息子のように可愛がってきたシルヴェスターが、ようやく最愛の恋人を取り戻したことを祝福した。

「良かったな、シルヴェスター」

 その言葉に、シルヴェスターもまた晴れやかな笑みを浮かべて「はい」と返事をしていた。
 


 本当なら、シルヴェスターはそろそろ皇国の北に位置する旧カリン王国へ向かい、カリン王国西部での戦いに参加する予定であった。しかし、五年ぶりに再会したユーリスとの逢瀬を今しばらくは楽しみたいであろうと、ダンカンとフィアが配慮して、更に一週間ほどシルヴェスターはユーリスのそばで過ごすことになった。
 その間、シルヴェスターは自分の恋人をクランの者達に紹介し、自分が一緒であれば安全だとして、皇国の都の中を自らユーリスを案内した。正直、そのことに関してはフィアはあまりいい顔をしなかった。
 皇国の皇女との婚約を求められているシルヴェスターは、その婚約を拒否している。だが、皇女はそれを諦めていない。
 そんな中、シルヴェスターは最愛の恋人を、その皇国へ迎えたのである。
 ダンカンもフィアも、ユーリスの身の安全にはくれぐれも気を付けるつもりであったが、不安は拭えなかったのだ。



 そしてユーリスは、シルヴェスターと共に暮らし始める生活の中で、気が付いたことがあった。
 朝になると、部屋の窓辺に、いつも小さな花束がちょこんと置かれているのだ。それは掌に載るほどの小さな小さな花束だった。
 毎朝、綺麗な白い花や、黄色い花、赤い花など、紐で簡単に根本を縛った小さな花束が供えられている。それは素朴な野草の花の時もあれば、見たこともない外国の色鮮やかな花の時もあるし、今の季節では咲いているはずもない花の時もあった。いずれも瑞々しく、摘んだばかりといった花の花束であった。

 シルヴェスターが用意してくれたのだろうかと思って、一度彼に聞いてみたが、彼はしていないと言う。

「…………ウェイズリー?」

 それで、脳裏に浮かんだのはあの黄金色の小さな竜のことである。
 「キュイキュイ」と甘えて鳴いていた小さな竜は、ユーリスが喜ぶことをいつもしようとしていた。
 「欲しいものはないのか。私が持って来てやろう」と必死に言われたことがあった。ユーリスが「欲しいものはない」と告げると、しょんぼりと気落ちしていた小さな竜。

 結局、あれ以来、ウェイズリーは姿を見せることはなかった。

「ウェイズリー?」

 もう一度その名を呼んでみる。







 だけど、返事はなかった。
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