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外伝 その王子と恋に落ちたら大変です  第一章 五番目の王子との学園時代

第二話 同室になった王子

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 ユーリスの従者クラリオネは、早速、主人であるジャクセンに、ユーリスの同室者が第五王子シルヴェスターであると報告した。ジャクセンは驚いた。

 第五王子シルヴェスターは、“放置されている王子”である。
 そのことを、王宮内へ頻繁に出入りする商会長であるジャクセンは知っていた。

 第五王子シルヴェスターの母は、王宮へ女官として勤めていた非常に美しい娘であった。貧しい男爵家出身の令嬢は、その美しさを当然のように王に目を留められ、手が付けられた。シルヴェスターを懐妊後、側妃に取り立てられたが、出産後はすぐに、王の家臣に下賜され王宮を出されたという話である。シルヴェスターの母の美しさに、王妃メロウサが嫉妬したという話も聞く。シルヴェスターの母は王宮を去り、五番目の王子は赤子の頃から、取り残された王子として“放置”されてきた。
 最低限の衣食住が保障され、長じてはどこぞの貴族や外国へ婿に出されるであろうとの専らの噂であった。
 そんな王子と一人息子が同室にされたことに、ジャクセンはため息をつく。

 本来、王宮から通うのがならいの王家の王子である。それが寮に一人入れられている(同年のサイラス王子は、王宮から馬車で通っている)。
 わざわざジャクセンの息子がいる寮へ入れられたのも、体の良い押し付けではないかとジャクセンは考えていた。
 学園側も悩んだのだろう。
 シルヴェスター王子は王族である。だからといって彼をそのまま貴族寮に入れたなら、なまじ王子故に身分が高すぎて扱いづらい。そして彼に何かあれば問題になる(貴族の子弟達の多くが我儘であった。子供であれば猶更である)。
 それならば、同年で優秀な、そつのないバンクール家の子息に任せてしまえと、貴族寮ではない寮にいるジャクセンの息子と同室にした。こんなところであろう。

 正直、ジャクセンは頭が痛かった。
 彼は当然のように「ユーリスには王子殿下と親しくなりすぎぬよう、適切な距離を保たせよ」と従者クラリオネには指示したのだった。



 クラリオネがそのようにジャクセンから指示を受けたと話すと、ユーリスもまた「気を付けるよ」と答えた。素直で賢いユーリスはまこと手のかからない子供だった。
 貴族寮では、従者は世話をするため、仕える主である貴族の子息との同室を許されていたが、貴族寮ではないラナケルン寮では許されていない。
 夕食を取り、後は寝るだけとなれば、従者は与えられている別棟の使用人達の寮へ引っ込むことになる。それからはユーリスとシルヴェスターは二人きりになるのだ。

 ユーリスがまた内心驚いていたことには、シルヴェスターが従者の一人も連れずに寮に入っていたことだった。仮にも、五番目とはいえ王子の身分にある者がである。
 さすがにそのことには驚いて、あまり関わってはならぬという話をされていたにも関わらず、ユーリスはシルヴェスターに問いかけた。

「何故、供を一人もお連れにならなかったのですか」

 その率直な問いかけに、シルヴェスターは答えた。

「別に連れてこなくともこと足りる。食事は寮で出されるし、衣服は寮にいる使用人が洗濯をしてくれるであろう」

 この王子はたった一人で、この学園内で生活していくというのだ。
 身の回りの世話をする従者だけではない。王子の警護に就く者もおらず、正直、ユーリスは、王家の方々はどういうお考えなのだろうと思っていた。たとえ身分の低い側妃の子であろうと、シルヴェスターは王族の一員である。明らかにおかしかろう。

「護衛騎士の一人もいないなんて」

「君もいないじゃないか」

「私は、護衛騎士を付けるような身分ではございません」

「バンクール商会といえば、飛ぶ鳥落とす勢いの商会じゃないか。誘拐の恐れだってある。私などよりも君の方が遥かに危険なはずだ」

 共に六歳の子とは思えないような大人びた会話を交わしていた。そのことを双方共に感じていたが、二人は淡々と話し続ける。

「…………何か」

 関わるなと父からも従者からもそう言われていた。
 しかし、王子は、恐らく非常に賢い。会話してすぐに気が付いた。その言葉の端々から六歳とは思えぬ王子の聡明さと慎重さを、ユーリスは感じていた。ユーリスも自身のことを他人とは違う存在であることを自負していたが、目の前の五番目だという王子もそれであることを感じていた。同じ空気を吸い、同じ思考が出来る、同じ高みにあるものだと、出会ってすぐにユーリスは理解していた。

 だから思わず、口から零れ出ていた。

「何か困ったことがあれば、私に言って下されば……」

 自分でも、そう口にしたことに驚きつつも、告げていた。

「できるだけのことを、させて頂きます」

 そのようにユーリスから話をされたことに、シルヴェスターもまた、少し驚いた様子を見せた。
 思わぬことを言われたような表情をしている。
 彼は唇に手を当てた後、少し考えこむ様子を見せ、それからこう言った。

「分かった。その時はよろしく頼む」
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