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外伝 ある護衛騎士の災難  第一章

第六話 視察に同行する

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 アンリ王子が予定されていた南方地域の視察へ行くことになった。
 雪深い北方地域には絶対に同行したくなかったが、南方地域ならマシである。
 呪いを受けて早二週間。
 まだアンリ王子の呪いは解けていない。
 当然、私も南方地域の視察へ同行することになった。


 南方地域は小麦の産地である。非常に豊かな土地であり、そこには王家の直轄地も存在する。
 当初、アンリ王子は伴侶であるアビゲイル妃を同行する予定であったが、仕立てられた馬車の中、王子の対面に座っていたのはこの私、ハヴリエルであった。

 相変わらず、「真実の愛を見つけた」などたわけたことを言い続けているアンリ王子は、南方地域への同行者に私を選択した。大抵のことを許してきたアビゲイル妃の白い額に、今回の件だけは青筋が立って見えたのは私だけではないだろう。
 急遽、アビゲイル妃は体調不良という理由で残念ながら同行できなくなり、すっかり愛人めいた立場になっている私は(そんな立場に置かれているが、私と王子は未だ清い関係である)、諦め顔で王子の乗る馬車に同席することになった。
 なお、馬車の中は二人きりではない。
 護衛騎士も二人乗っている。
 別に、馬車の中は王子と私の二人きりでも構わないらしいが(それというのも馬車の外の四方に馬に跨る護衛騎士達も警備のため存在していたからだ)、私が、護衛騎士にも馬車に同席して欲しいと頼んだのだ。

 旅の道中、延々とされるであろう馬車の中での王子の熱い愛の囁きに、耐えられる気がしなかったからだ。
 
 この王子は時間さえあれば、私を口説こうとしていた。
 呪いとは本当に恐ろしいものである。
 もう二週間経っているのに、王子は私に「ハヴリエル卿、そなたはなんて素敵なのだ」「毎朝そなたの顔を見て目覚めることが出来て、私は幸福だ」「そのように照れるでない。卿は本当に愛い奴だ」など、心底背筋が寒くなるような台詞を言ってくれる。警護の護衛騎士達もドン引きである。
 それを言われ続ける私の身を案じて欲しい。
 この二週間、毎日毎日愛を囁かれる私は、「アーーーーー」と言って両耳を押さえて王子の声を聞かないようにしていたこともあったが(その私の態度にも警護の護衛騎士達はドン引きしていた)、最近は諦めてしまった。
 
「そのようなことばかり言っておられると、呪いが解けた時には後悔なさりますよ」

 そう忠告しても王子はまったく聞かないのだ。
 ただただ、情熱的に愛を囁く。その呆れるほどの情熱の強さに、私は疲労困憊していた。
 まったく、私ではなくアビゲイル妃へ恋する呪いであったのなら、良かったのに。
 その無駄な情熱をさっさとどこかへやって欲しかった。


 馬車の中で、アンリ王子はニコニコとしていた。
 彼は私を前にすると、いつもそうした笑顔を見せてくれる。
 以前の、真面目で穏やかで優しい、誰にも好かれるようなどこか八方美人なアンリ王子とは違い、今の彼は私だけにそうした甘い態度を見せ、純粋に真っ直ぐに好意をぶつけてくる。

「ハヴリエル卿。卿は南方地域には行ったことはあるか?」

「ございません」

「そうか。南方地域は広大な平野部が続いており、王国の“穀物庫”と呼ばれる地域だ。小麦をはじめとした穀類がたくさんとれる。平野部には大河が流れ、それが畑を潤している」

 そう滔々と私に南方地域のことを説明してくれる。
 元から優秀で頭の良い王子なのだ。

「昨今は西方諸国での戦の影響もあり、難民が少しずつ南方地域にも流れ込んでおり、その対処が大きな問題となっている」

 それもあって、アンリ王子の視察が組まれたのだ。
 戦とは無縁のこの豊かな王国に、難民が流れ込むのは当然のことだった。
 私が黙ってアンリ王子の話を傾聴していると、王子はとても嬉しそうだった。

「そなたが私の話をきちんと聞いてくれることが嬉しい」

「殿下の話はとても分かりやすいです」

 実際、そうだった。
 現在の南方地域が置かれている状況について、問題点とその解決策も、王子なりにまとめて話してくれる。

「アビゲイルは、難しい話は聞きたくないという」

「さようでございますか」

 アンリ王子はそれだけ言って、その後は黙りこんでいた。
 もしかして、アンリ王子はアビゲイル妃に対してその点、不満を持っているのだろうか。
 それなら、彼女にもっと政務に興味を持って欲しいと伝えればいいのではないかと思ったが、呪いで好意を寄せられているだけの護衛騎士である私に、王子の妃を批判したり、訳知り顔でアドバイスなどする資格はない。
 だから私も黙り込むしかなかった。

「私の話や考えを、また機会があれば聞いておくれ、ハヴリエル」

「はい」

 それがアンリ王子のお役に立つというのなら、自分はそうするつもりだった。
 アンリ王子は私が頷いて同意すると、彼は嬉しそうに笑みを浮かべ、私の手を取り、その甲にそっと口づけた。

「そなたはいいな」

 何故そこで口づける。

 私はすぐさま手を取り上げ、顔を背けて馬車の窓から外を眺めた。
 馬車は軽快に道を進んでいっていた。


 私が王子の小難しい話も嫌がることなく聞いてくれることを知った王子は、それからも機会さえあれば、私にアレコレと政治にかかわる小難しい話をするようになった。自分の意見を聞いてもらい、それについて時に私の意見を求める。
 王子の話は分かりやすく面白かったので、私は彼の話を聞くことは嫌いではなかった。
 だが、話が終わる度に、彼は私の手を取って甲に口づけしようとするのは止めて欲しかった。
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