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外伝 ある護衛騎士の災難  第一章

第三話 就寝時のやりとり

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 その日の夜、私はアンリ王子の居室で眠ることになった。
 殿下が、私がお側から離れることを非常に嫌がるからだ(時に逃げ出そうとする私の捕縛を護衛騎士達に命じるほど)。
 私は仕方なく、アンリ王子のそばの長椅子で横になった。
 鎧のたぐいはすでにその身から脱ぎ落として、シャツにズボンというラフな格好でいる。
 正直、精神的にかなり疲れていた。
 早く横になって休みたかった。
 そして明日の朝には、王子の呪いも解かれ、この悪夢のような状況全てが元通りになっていることを心の底から願っていた。

 殿下が、ポンポンと自分の横になっている寝台の空いたスペースを叩いていたが(おそらくそれは、ここに来いというアピールだと思ったが)、それは見ないようにして殿下の寝台に背中を向けて横になった。
 そうすると、アンリ王子は少し寂しそうな様子で声を上げられた。

「ハヴリエル卿、こちらを向いておくれ。そちらを向かれるとそなたの顔が見えないのだ」

「殿下、お休みなさいませ」

「ハヴリエル卿!!」

 私は顔を殿下の方へ向けた。

「私はこうして長椅子の背の方を向いて眠るのが好きなのです!!」

 そう言い放つ。
 部屋の中には、就寝中も殿下の身を守るための護衛騎士が数名立っていたが、彼らは皆、無表情、無言であった。だが、私と王子のやりとりを無表情ながらも面白がっているかも知れない。
 
 私はまた王子の方に背を向けて横になった。
 アンリ王子はぐちぐちと何か言っている。

「そなたが、そちらを向いて眠られると寂しいではないか。そなたの顔が見たいのだ」

 恋する呪いのせいとはいえ、煩わしい。ねちっこい。
 普段、アンリ王子が好きで周囲に侍らせていた美しい少年達にもそう囁いていたのだろうか。

「私の顔など見ても仕方がございません」

 そう言うと、アンリ王子は立ち上がり、近づいてくる気配がした。
 私が横になっている長椅子の空いているスペースに腰掛ける。
 そして、私の肩を手で揺すった。

「あまり意地悪を言ってくれるな、ハヴリエル卿。卿の顔が見たいのだ」

「……………」

 私はもう眠いのだ!!
 近くに来て、私の肩を揺すってまでそうせがむ王子を睨みつける。
 やりとりをずっと聞いていた、室内の護衛騎士の一人が咳払いをした。

「ハヴリエル卿、顔を見せるくらいして差し上げたらどうだ」

 そう言った護衛騎士の一人も、私は睨みつけた。

「嫌です」

「ハヴリエル卿」

「本当なら、私はもう王宮を下がっているはずなのに。なにが悲しくて殿下に迫られて、一緒の部屋で眠らないといけないんでしょうか。椅子の背側に顔を向けるくらい、私の自由にさせてもらってもいいじゃないですか」

 そうなのだ。
 本当なら、王宮を出て、屋敷に戻っているはずなのに、王子が自分のそばから私が離れることを許さないからこんなことになっている。呪いのせいとはいえ、本当に煩わしい。
 私は用意していた毛布を自分の身体に巻き付けると、殿下や、室内の護衛騎士達に向かって言った。

「私はもう寝ます。お休みなさい」

「ハヴリエル卿……」

 殿下の悲しそうな声がする。
 アーーーーーーー、もう聞こえない。
 私は両耳に手を当てた。

「そなたの顔が見たいのだ」

 ねちっこさにびっくりだ。




 結局その夜は深夜まで、「もう寝ます」「そなたの顔が見たい」「寝ます!!」「意地悪を言ってくれるな」「あっちへ行って下さい」「ハヴリエル卿」というやりとりを延々と続け、最後にはそのねちっこさに私は白旗を上げることになった。

 眉根を寄せ、「これでいいですね」と渋面で、王子の眠る寝台の方へ顔を向けると、アンリ王子はパアアァァァと顔を輝かせて、「うん、そうだ。それでいい」ととても嬉しそうな顔をして、ようやくいそいそと寝台に潜り、私の眠る方をニコニコと笑顔で見つめ、そして彼は眠りについたのだった。

 スースーと寝息を立てて眠っている王子を見て、私はまた、長椅子の背の方へ顔を向け、横になって眠った。



 翌朝、殿下から「卿は意地悪だ」と恨みがましい目で責められたが、私は「たまたま寝返りを打ってあちらを向いただけです」ととぼけておいた。






 さて、今回のこの事態について、当然のように近衛騎士団長は、アンリ王子殿下のお妃であらせられるアビゲイル妃殿下並びに、父王と母妃に報告した。
 アビゲイル妃も父王も、そして母妃も「困ったことですね」と呟くように言ったが、それだけだった。とりあえず、王宮魔術師達に「事態解決の為に動くように」と命じていたが、「大変なことになった」と大慌ての様子は全くない。静かなものだった。

 元から、アンリ王子とアビゲイル妃の間は、表面上は友好的な関係を保っていたが、熱烈に愛し合っている様子もなかった。二人は政略結婚であった。そしてアンリ王子には少年趣味があって、綺麗な少年達に絵のモデルになるよう頼んでは誘っている日々だった。そのことについて、アビゲイル妃は眉をしかめていた。今回の呪いのせいで、やたらと少年達を誘わなくなったのは、むしろ良かったのではないかとアビゲイル妃も、アンリ王子の父王も母妃も思っているような節があり、そして今の恋の呪いも、すぐに解決するものだと見なしていた。
 つまり、現在のこの状況に困って切羽詰まったような危機感を抱いていたのはこの私だけだったのだ。
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