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外伝 ある護衛騎士の災難 第一章
第二話 ある護衛騎士の災難(下)
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おかしなことを口にしているアンリ王子のお頭の中身が、私は心配になった。
「殿下、大丈夫ですか?」
同じように、殿下のお頭の中身が心配になったらしい護衛騎士が、王宮に詰めている医師を呼びに部屋を出て行っている。
「私は大丈夫だぞ、ハヴリエル卿」
「左様でございますか」
頭がおかしくなっていたら、自分ではそのことを自覚できないらしい。
やっぱりおかしいと思いながら王子を眺めていると、王子の手が、私の指に絡み出した。
俗に言う恋人繋ぎのように指を絡めてしっかりと結ぼうとしていた。
ギョッと驚いて、手を振りほどいた。
「殿下、すぐに宮廷医の先生がいらっしゃいます」
「お前はつれないのだな、ハヴリエル卿。だが、それがいい」
私は、何を言っているのだとアンリ王子の顔をマジマジと見つめてしまった。
同室の護衛騎士達の表情も曇っている。
殿下がおかしくなっている。
つい先日まで、私のことを怒っていたアンリ王子が、この変わりようである。
そしてその碧い瞳がじっと、私のことを一時もその視線が外れることなく見つめ続けている。
甘ったるい、熱のこもった視線。
なんとなしに嫌なものを感じて、私はブルリと背筋を震わせていた。
「それでは私は交替の時間が参りましたので、退出させて頂きます」
本当は交替の時間はまだ先であったが、一刻も早くこの場を離れた方が良いと、私の本能がそう告げていた。今までもその本能に従って間違えたことはなかった。
周囲の護衛騎士達も、私の交代時間が本当はまだ来てないことを知っていたが、それを咎めることをせずに、部屋からの退出を許している雰囲気があった。
なのに、アンリ王子はこう言った。
「だめだ、ハヴリエル卿。そなたが私のそばから離れることは許さぬ」
「……………」
は?
私は不気味なものでも見るかのように、アンリ王子を見つめた。王子から直々の命令を受けたが、私はそれに逆らうように部屋から出て行こうとした。
「ハヴリエル卿を行かせるな!!!!」
部屋の中の空気が一斉にざわついた。
(何故!?)
それは私も含めて、部屋の中にいた全員の護衛の騎士達が心の中で思ったことだろう。
だが、私以外の、王家に忠誠を誓っている護衛騎士達は、全員で私の周りをグルリと取り囲む。
私は無意識に剣の柄に手をやったが、ため息をついてそれから離した。
戦って血路を作るのも良いが、全員同僚である。やはり気は進まない。
そして気になったこともある。
何故、目を覚ましたアンリ王子は突然、このように変になってしまったのか。
意識を失っている間、頭をやられてしまったのだろうか。
仕方なしにアンリ王子の前へ戻ると、アンリ王子は私にそばの椅子へ座るよう促した。そして椅子に座った私をとても嬉しそうにじっと見つめている。
そうこうしているうちに、アンリ王子の部屋に宮廷医と、目を覚ましたことを聞きつけたアビゲイル妃がやってくる。アビゲイル妃はすぐさま王子に近寄り、アンリ王子が元気そうな様子に明らかに安堵している様子があった。
それを見て、もしや今だったら部屋から逃げ出せるかもと思った私が、ソロリソロリと部屋から出ていこうとしているのを、すぐさまアンリ王子は見つけ、護衛騎士達に「ハヴリエル卿を拘束しろ!!」と命じていた。
意識を失っていたのを起こしてやった恩人に対して、この仕打ちは何だとムカムカしていると、周囲の護衛騎士達が小声で慰めてくれる。
「耐えてくれハヴリエル卿」
「殿下は少しおかしくなっているのだ」
「医師の診断を受ければ大丈夫」
そう言いながらも、再びアンリ王子の前の椅子に私は座らせられたのだった。
結局、本当に退勤の時間が来ても私は、アンリ王子の前から下がることを許されなかった。アンリ王子の妃アビゲイルは、アンリ王子のそばで私が拘束されていることに気が付き、アンリ王子に「あれは一体どうしたのですか?」と尋ねたが、アンリ王子は笑顔で「大事な者なのだ。近くに置くためにそうしている」とわけの分からない答えをして、周囲をますます混乱させていた。
私はアンリ王子の診察に来た、宮廷医に声を潜めて尋ねた。
「アンリ王子殿下は、おかしくなってしまったのでしょうか?」
宮廷医はそのことを何人もの人間に質問されていた。
「……意識を取り戻したばかりです。混乱されているのでしょう。しばらくすれば、正常な判断が下せるようになります」
何気に今は正常ではないと、宮廷医も診断しているのだ。
「しばらくすればって、それはどれくらいで戻るのでしょうか」
元のアンリ王子に戻って欲しかった。こんな穴が空くほどずっと甘ったるい視線で見つめ続けるようなアンリ王子なんて嫌だった。
どうやら宮廷医は、その質問も、他の人間達に繰り返し質問されていたようで、少しばかり疲れた表情で答えた。
「分かりません。明日良くなるかも知れませんし、ずっとこのままかも知れません。幸いなことに、殿下は少しおかしいだけで、後はまともな様子です」
実際、アンリ王子は滞っていた政務を寝台の上で手早くサインをしたり、指示を出したりしている。美的感覚の優れた美少年びいきの王子ではあったのだが、その病気さえなければまともで優秀な王子だった。
しかし、今は違う。
今は異常なほど、私に対して好意を抱いている。自分の前から下がることを許さないほどに。
「殿下、お腹がすきました」
王子が目を覚まして以来、私は下がることを許されず、ずっとアンリ王子のそばの椅子に座らせられている。空腹でぐーと下腹から音がしそうであった。
その声に、アンリ王子は指を鳴らすと控えていた侍従達がすぐさま軽食を運んでくる。
「ああ、済まなかったね。すぐに用意させたから」
指鳴り一つで食事が運ばれてくるとは、まったく羨ましい身分である。
運ばれてきた食事は、パンにハムを挟んだものと、スープ、そしてフルーツだった。
「殿下、私はガッツリ肉が食べたいです」
ちょっと贅沢を言ってみた。
すると王子は指を二回鳴らす。すぐさま鉄板の上でジュージューと音を立てる肉が運ばれてきた。ハヴリエルの前のテーブルの上で、ぶ厚く切り分けられた肉は、運んできた料理人から恭しくソースが掛けられる。美味そうな匂いが部屋中に立ち込める。周囲の護衛騎士達の、唾を飲み込む音がした。
私は胸元にナプキンをつけ、銀製のナイフとフォークを手に取って肉を切り分け、口にした。肉汁溢れるその肉の柔らかな味わいは最高だった。私の実家は子爵家であるが、それほど裕福な家ではない。こんな上等の肉を、たっぷり食べられる機会など滅多にない。
先ほど出されたスープやフルーツも含めて、しっかりと完食した。肉に掛けられたソースはパンに付けて食べた。とても美味かった。
そして食べている最中、アンリ王子は何故だか彼の方がとても幸せそうな表情で、私が食事を残さず綺麗に食べ切る様子を眺めていた。
「お前は、美味そうに食べるのだな」
そう言われ、私は口元をナプキンで拭いながら頷く。
「はい。肉は私の好物であります」
周囲の護衛騎士達は、なんとなしに呆然とした様子で、沈黙している。
「ならば、これからは毎食、お前に肉を出すように命じよう」
「好物でも、毎食食べると太ってしまいますので結構です」
「健康に留意しているのだな!! さすが護衛騎士の鑑だ!!」
いつの間にやら部屋へやって来ていた近衛騎士団長も、私とアンリ王子の会話に唖然としている。
「……これは一体どうなっているのだ」
すぐさま護衛騎士の一人が、近衛騎士団長の袖を引き、隅で彼の耳元に囁いた。
「アンリ王子殿下は、お目覚めになられてから、ハヴリエル卿に対してずっとこの調子でございます。おそばから離さず、こうしてどこか……どこかお熱な様子でして」
そして突然のこの変化を、当然近衛騎士団長は異常に感じた。
彼は今度は、医師ではなく、王宮魔術師を呼ぶことにしたのだった。
近衛騎士団長に呼ばれ、やってきたウール王宮魔術師長は、アンリ王子の前に座ると、彼の手を持ったり、その額に手をやったりして診察をする。
それから、ウール王宮魔術師長は、彼にしては珍しく戸惑ったような様子をしていた。
「………………確かに、アンリ王子殿下に呪いの痕跡を感じる。ハヴリエル卿に対して強い好意を抱いているのは恐らくその呪いの影響だろう」
その言葉に、部屋の者達は一斉に騒めいた。
「その呪いを解くことは出来ますか」という問いかけに、「私には出来ない」とキッパリとウール王宮魔術師長は答える。
そして王宮魔術師長は、何故私に対して、王子が熱心に見つめてきたり、変な事を言って、まるで恋しているかのような行動を取るのか教えてくれた。
「おそらく呪いは、殿下がお目覚めになられて最初に見た相手に、惚れるようにしたのだろう」
それを聞いた私は、顔を強張らせた。
殿下を起こそうと、グラグラとその肩を掴んで揺すったのは私だった。
その開かれた碧い目が最初に見た人物は、そう、私だったのだ。
「それで、殿下のその呪いは、いつになったら解けるのでしょうか」
私の問いかけにウール王宮魔術師長は言った。
「たかが呪い、されど呪いじゃ。簡単に出来るものではない。いかなる魔術師がしたのじゃろうな。痕跡とはいえ、見事な呪いの式がわかる。これを為したのは、非常に腕の良い魔術師じゃ」
どこか褒めるような彼の口ぶりに、苛々とする。
他人事だからそうも言っていられるのだ。
「一体、どこの魔術師なのでしょうか。王族に対して呪いをかけるなど、言語道断、当然死罪です」
そう。アンリ王子に呪いをかけた魔術師は、見つけ次第当然、処刑される。王族に対して呪いをかけるなど大罪である。
ウール王宮魔術師長は肩をすくめる。
「その魔術師を見つけるのが大変であろう」
「王宮魔術師長は見つけて下さるのですよね」
「…………そうさのう。陛下の御命令があれば、探すことになる」
その言い方だと、陛下の命令が無ければ探す気はないということだった。
やる気の無さにイラッと来たが、考えてみれば、王宮の魔術師達とアンリ王子は対立めいた状態に一時期なったことがあった(完全な対立にならずそれは回避していた。ちなみにその対立を作った原因は私にあった)。未だにアンリ王子のことをよく思わない魔術師達もいるだろう。ましてやこの状況を見て、彼らは「ザマァ見ろ」とでも思っているかも知れない。
そのことに思い至った私は、内心、(…………マズイな、どうしよう)と今更ながら、そう思っていた。
「殿下、大丈夫ですか?」
同じように、殿下のお頭の中身が心配になったらしい護衛騎士が、王宮に詰めている医師を呼びに部屋を出て行っている。
「私は大丈夫だぞ、ハヴリエル卿」
「左様でございますか」
頭がおかしくなっていたら、自分ではそのことを自覚できないらしい。
やっぱりおかしいと思いながら王子を眺めていると、王子の手が、私の指に絡み出した。
俗に言う恋人繋ぎのように指を絡めてしっかりと結ぼうとしていた。
ギョッと驚いて、手を振りほどいた。
「殿下、すぐに宮廷医の先生がいらっしゃいます」
「お前はつれないのだな、ハヴリエル卿。だが、それがいい」
私は、何を言っているのだとアンリ王子の顔をマジマジと見つめてしまった。
同室の護衛騎士達の表情も曇っている。
殿下がおかしくなっている。
つい先日まで、私のことを怒っていたアンリ王子が、この変わりようである。
そしてその碧い瞳がじっと、私のことを一時もその視線が外れることなく見つめ続けている。
甘ったるい、熱のこもった視線。
なんとなしに嫌なものを感じて、私はブルリと背筋を震わせていた。
「それでは私は交替の時間が参りましたので、退出させて頂きます」
本当は交替の時間はまだ先であったが、一刻も早くこの場を離れた方が良いと、私の本能がそう告げていた。今までもその本能に従って間違えたことはなかった。
周囲の護衛騎士達も、私の交代時間が本当はまだ来てないことを知っていたが、それを咎めることをせずに、部屋からの退出を許している雰囲気があった。
なのに、アンリ王子はこう言った。
「だめだ、ハヴリエル卿。そなたが私のそばから離れることは許さぬ」
「……………」
は?
私は不気味なものでも見るかのように、アンリ王子を見つめた。王子から直々の命令を受けたが、私はそれに逆らうように部屋から出て行こうとした。
「ハヴリエル卿を行かせるな!!!!」
部屋の中の空気が一斉にざわついた。
(何故!?)
それは私も含めて、部屋の中にいた全員の護衛の騎士達が心の中で思ったことだろう。
だが、私以外の、王家に忠誠を誓っている護衛騎士達は、全員で私の周りをグルリと取り囲む。
私は無意識に剣の柄に手をやったが、ため息をついてそれから離した。
戦って血路を作るのも良いが、全員同僚である。やはり気は進まない。
そして気になったこともある。
何故、目を覚ましたアンリ王子は突然、このように変になってしまったのか。
意識を失っている間、頭をやられてしまったのだろうか。
仕方なしにアンリ王子の前へ戻ると、アンリ王子は私にそばの椅子へ座るよう促した。そして椅子に座った私をとても嬉しそうにじっと見つめている。
そうこうしているうちに、アンリ王子の部屋に宮廷医と、目を覚ましたことを聞きつけたアビゲイル妃がやってくる。アビゲイル妃はすぐさま王子に近寄り、アンリ王子が元気そうな様子に明らかに安堵している様子があった。
それを見て、もしや今だったら部屋から逃げ出せるかもと思った私が、ソロリソロリと部屋から出ていこうとしているのを、すぐさまアンリ王子は見つけ、護衛騎士達に「ハヴリエル卿を拘束しろ!!」と命じていた。
意識を失っていたのを起こしてやった恩人に対して、この仕打ちは何だとムカムカしていると、周囲の護衛騎士達が小声で慰めてくれる。
「耐えてくれハヴリエル卿」
「殿下は少しおかしくなっているのだ」
「医師の診断を受ければ大丈夫」
そう言いながらも、再びアンリ王子の前の椅子に私は座らせられたのだった。
結局、本当に退勤の時間が来ても私は、アンリ王子の前から下がることを許されなかった。アンリ王子の妃アビゲイルは、アンリ王子のそばで私が拘束されていることに気が付き、アンリ王子に「あれは一体どうしたのですか?」と尋ねたが、アンリ王子は笑顔で「大事な者なのだ。近くに置くためにそうしている」とわけの分からない答えをして、周囲をますます混乱させていた。
私はアンリ王子の診察に来た、宮廷医に声を潜めて尋ねた。
「アンリ王子殿下は、おかしくなってしまったのでしょうか?」
宮廷医はそのことを何人もの人間に質問されていた。
「……意識を取り戻したばかりです。混乱されているのでしょう。しばらくすれば、正常な判断が下せるようになります」
何気に今は正常ではないと、宮廷医も診断しているのだ。
「しばらくすればって、それはどれくらいで戻るのでしょうか」
元のアンリ王子に戻って欲しかった。こんな穴が空くほどずっと甘ったるい視線で見つめ続けるようなアンリ王子なんて嫌だった。
どうやら宮廷医は、その質問も、他の人間達に繰り返し質問されていたようで、少しばかり疲れた表情で答えた。
「分かりません。明日良くなるかも知れませんし、ずっとこのままかも知れません。幸いなことに、殿下は少しおかしいだけで、後はまともな様子です」
実際、アンリ王子は滞っていた政務を寝台の上で手早くサインをしたり、指示を出したりしている。美的感覚の優れた美少年びいきの王子ではあったのだが、その病気さえなければまともで優秀な王子だった。
しかし、今は違う。
今は異常なほど、私に対して好意を抱いている。自分の前から下がることを許さないほどに。
「殿下、お腹がすきました」
王子が目を覚まして以来、私は下がることを許されず、ずっとアンリ王子のそばの椅子に座らせられている。空腹でぐーと下腹から音がしそうであった。
その声に、アンリ王子は指を鳴らすと控えていた侍従達がすぐさま軽食を運んでくる。
「ああ、済まなかったね。すぐに用意させたから」
指鳴り一つで食事が運ばれてくるとは、まったく羨ましい身分である。
運ばれてきた食事は、パンにハムを挟んだものと、スープ、そしてフルーツだった。
「殿下、私はガッツリ肉が食べたいです」
ちょっと贅沢を言ってみた。
すると王子は指を二回鳴らす。すぐさま鉄板の上でジュージューと音を立てる肉が運ばれてきた。ハヴリエルの前のテーブルの上で、ぶ厚く切り分けられた肉は、運んできた料理人から恭しくソースが掛けられる。美味そうな匂いが部屋中に立ち込める。周囲の護衛騎士達の、唾を飲み込む音がした。
私は胸元にナプキンをつけ、銀製のナイフとフォークを手に取って肉を切り分け、口にした。肉汁溢れるその肉の柔らかな味わいは最高だった。私の実家は子爵家であるが、それほど裕福な家ではない。こんな上等の肉を、たっぷり食べられる機会など滅多にない。
先ほど出されたスープやフルーツも含めて、しっかりと完食した。肉に掛けられたソースはパンに付けて食べた。とても美味かった。
そして食べている最中、アンリ王子は何故だか彼の方がとても幸せそうな表情で、私が食事を残さず綺麗に食べ切る様子を眺めていた。
「お前は、美味そうに食べるのだな」
そう言われ、私は口元をナプキンで拭いながら頷く。
「はい。肉は私の好物であります」
周囲の護衛騎士達は、なんとなしに呆然とした様子で、沈黙している。
「ならば、これからは毎食、お前に肉を出すように命じよう」
「好物でも、毎食食べると太ってしまいますので結構です」
「健康に留意しているのだな!! さすが護衛騎士の鑑だ!!」
いつの間にやら部屋へやって来ていた近衛騎士団長も、私とアンリ王子の会話に唖然としている。
「……これは一体どうなっているのだ」
すぐさま護衛騎士の一人が、近衛騎士団長の袖を引き、隅で彼の耳元に囁いた。
「アンリ王子殿下は、お目覚めになられてから、ハヴリエル卿に対してずっとこの調子でございます。おそばから離さず、こうしてどこか……どこかお熱な様子でして」
そして突然のこの変化を、当然近衛騎士団長は異常に感じた。
彼は今度は、医師ではなく、王宮魔術師を呼ぶことにしたのだった。
近衛騎士団長に呼ばれ、やってきたウール王宮魔術師長は、アンリ王子の前に座ると、彼の手を持ったり、その額に手をやったりして診察をする。
それから、ウール王宮魔術師長は、彼にしては珍しく戸惑ったような様子をしていた。
「………………確かに、アンリ王子殿下に呪いの痕跡を感じる。ハヴリエル卿に対して強い好意を抱いているのは恐らくその呪いの影響だろう」
その言葉に、部屋の者達は一斉に騒めいた。
「その呪いを解くことは出来ますか」という問いかけに、「私には出来ない」とキッパリとウール王宮魔術師長は答える。
そして王宮魔術師長は、何故私に対して、王子が熱心に見つめてきたり、変な事を言って、まるで恋しているかのような行動を取るのか教えてくれた。
「おそらく呪いは、殿下がお目覚めになられて最初に見た相手に、惚れるようにしたのだろう」
それを聞いた私は、顔を強張らせた。
殿下を起こそうと、グラグラとその肩を掴んで揺すったのは私だった。
その開かれた碧い目が最初に見た人物は、そう、私だったのだ。
「それで、殿下のその呪いは、いつになったら解けるのでしょうか」
私の問いかけにウール王宮魔術師長は言った。
「たかが呪い、されど呪いじゃ。簡単に出来るものではない。いかなる魔術師がしたのじゃろうな。痕跡とはいえ、見事な呪いの式がわかる。これを為したのは、非常に腕の良い魔術師じゃ」
どこか褒めるような彼の口ぶりに、苛々とする。
他人事だからそうも言っていられるのだ。
「一体、どこの魔術師なのでしょうか。王族に対して呪いをかけるなど、言語道断、当然死罪です」
そう。アンリ王子に呪いをかけた魔術師は、見つけ次第当然、処刑される。王族に対して呪いをかけるなど大罪である。
ウール王宮魔術師長は肩をすくめる。
「その魔術師を見つけるのが大変であろう」
「王宮魔術師長は見つけて下さるのですよね」
「…………そうさのう。陛下の御命令があれば、探すことになる」
その言い方だと、陛下の命令が無ければ探す気はないということだった。
やる気の無さにイラッと来たが、考えてみれば、王宮の魔術師達とアンリ王子は対立めいた状態に一時期なったことがあった(完全な対立にならずそれは回避していた。ちなみにその対立を作った原因は私にあった)。未だにアンリ王子のことをよく思わない魔術師達もいるだろう。ましてやこの状況を見て、彼らは「ザマァ見ろ」とでも思っているかも知れない。
そのことに思い至った私は、内心、(…………マズイな、どうしよう)と今更ながら、そう思っていた。
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