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外伝 護衛の独り言 ~指輪の見せる夢
第四話 一日目の晩(上)
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ジャクセン様は、ダフネ伯爵夫人に乞われるまま、ウェスティン伯爵邸に赴いた。
護衛の私も同行する。
それは月の出ている夜のことだった。
ジャクセン様は「ダフネ伯爵夫人が身籠るまでのお付き合いは出来かねます」と述べた。
当然である。
夫人が身籠るまで毎夜、ウェスティン伯爵邸に赴いて、夫婦の寝室に同席し、伯爵に口づけすることは負担が大きすぎる。
「三回までお付き合い致しましょう。それまでにどうか、夫人と伯爵の仲が進展致しますことを願っております」
“白の結婚”は今回の件でそうではなくなる。
夫婦の関係の改善のきっかけは、作って差し上げられる。
しかしそれから先の関係の進展は、伯爵夫妻の努力にかかっているのだ。
伯爵がダフネ夫人の努力に報いて、彼女を受け入れてくれるようになるかどうかは、未知数であった。
ジャクセン様は「伯爵夫妻の極めてプライベートな問題だ。それ以上先は知らぬで通すしかない」と少し投げている様子があった。狂気を感じさせるダフネ夫人が伯爵の心を変える可能性はある。一方、婚姻した妻へ“白の結婚”を強いる伯爵が、それでもなお同性しか受け入れられない場合もあり得る。
そこまで面倒はみられないし、みたくないというのが、ジャクセン様のお気持ちだろう。巻き込まれていることに心底嫌気が差しているようだ。
三回という数が決められたことに、ダフネ伯爵夫人もその母クラリッサ夫人も不満気な様子を見せたが、三回でもジャクセン様は随分と譲歩しているのだ。恋人でもない伯爵に口づけをしなければならないのだから。
ジャクセン様は、レイノール伯爵のことを知っていた。
ジャクセン様は類まれなる記憶力を持っていたからだ。一度見たもの、聞いたことは忘れることはない。レイノール伯爵の元へ生地を持って伺い、彼の体にそれを当て、気に入りの生地を選び、その身を測り、服を作る。そうした作業の中、見知った伯爵である。それ以上でもそれ以下でもない。交わす言葉は服を作るための作業における会話と、とりとめもない日常の会話。それだけだった。
それだけの接触の中で、伯爵はジャクセン様に恋をした。
私は目の前にいるジャクセン様の後ろ姿を見ながら思った。
ジャクセン様は非常に美しい男だった。
だから、男も女も彼に恋することは理解できる。
レイノール伯爵が彼に恋することも、私には理解できた。
その夜、ウェスティン伯爵邸の、伯爵とその夫人が待つ寝室へジャクセン様は赴いた。
ジャクセン様は、伯爵に口づけをするところにも、護衛の私が同席することを望んだ。
伯爵と夫人の二人がかりで、ジャクセン様を襲う可能性がないわけではない。
そんな危険を排除するためにも、用心深いジャクセン様は私の同席を望んだ。
レイノール伯爵は、ダフネ夫人が彼との結婚を強く望むことが理解できる男だった。
背の高い男であった。整えられた白金の髪に縁どられたその顔立ちは端正であった。
彼は白いガウンを羽織って大きな寝台の上に座っていた。
ダフネ夫人の狂気じみた計画に同意しているようで、準備は万端という状態であった。
ジャクセン様を見て、薄く口元に笑みを浮かべながらも、恐縮している様子も見えた。
「ジャクセン殿に“お手伝い”して頂くことになり、申し訳ない」
“お手伝い”
夫婦の行為の前の口付けが“お手伝い”。
なんとも言えない表現である。
この伯爵もちょっとおかしいのかも知れないと、ジャクセン様のそばで静かに控えていた私は思っていた。
ジャクセン様は軽く一礼した後、レイノール伯爵のそばに歩み寄る。
レイノール伯爵は、部屋の窓から月の光に照らされて近寄るジャクセン様の姿を、食い入るように見つめていた。
前述したが、ジャクセン様は本当に美しい姿形をしている。
ジャクセン様の祖母もまた非常に美しい女性であったと聞く。ジャクセン様はその祖母に面差しがよく似ているという。
それもあって、祖父に非常に可愛がられて成長したジャクセン様。
ジャクセン様は寝台に座るレイノール伯爵の方に身をかがめた。二人そっと唇を重ねる。
それを部屋の壁際で私は立ったまま見守り、伯爵夫人も女性らしい肢体が透ける薄いナイトドレスを身に付けたまま、その場に立ち尽くしていた。彼女の目は瞬きもせずに、二人の男の口づけする様を凝視していた。
護衛の私も同行する。
それは月の出ている夜のことだった。
ジャクセン様は「ダフネ伯爵夫人が身籠るまでのお付き合いは出来かねます」と述べた。
当然である。
夫人が身籠るまで毎夜、ウェスティン伯爵邸に赴いて、夫婦の寝室に同席し、伯爵に口づけすることは負担が大きすぎる。
「三回までお付き合い致しましょう。それまでにどうか、夫人と伯爵の仲が進展致しますことを願っております」
“白の結婚”は今回の件でそうではなくなる。
夫婦の関係の改善のきっかけは、作って差し上げられる。
しかしそれから先の関係の進展は、伯爵夫妻の努力にかかっているのだ。
伯爵がダフネ夫人の努力に報いて、彼女を受け入れてくれるようになるかどうかは、未知数であった。
ジャクセン様は「伯爵夫妻の極めてプライベートな問題だ。それ以上先は知らぬで通すしかない」と少し投げている様子があった。狂気を感じさせるダフネ夫人が伯爵の心を変える可能性はある。一方、婚姻した妻へ“白の結婚”を強いる伯爵が、それでもなお同性しか受け入れられない場合もあり得る。
そこまで面倒はみられないし、みたくないというのが、ジャクセン様のお気持ちだろう。巻き込まれていることに心底嫌気が差しているようだ。
三回という数が決められたことに、ダフネ伯爵夫人もその母クラリッサ夫人も不満気な様子を見せたが、三回でもジャクセン様は随分と譲歩しているのだ。恋人でもない伯爵に口づけをしなければならないのだから。
ジャクセン様は、レイノール伯爵のことを知っていた。
ジャクセン様は類まれなる記憶力を持っていたからだ。一度見たもの、聞いたことは忘れることはない。レイノール伯爵の元へ生地を持って伺い、彼の体にそれを当て、気に入りの生地を選び、その身を測り、服を作る。そうした作業の中、見知った伯爵である。それ以上でもそれ以下でもない。交わす言葉は服を作るための作業における会話と、とりとめもない日常の会話。それだけだった。
それだけの接触の中で、伯爵はジャクセン様に恋をした。
私は目の前にいるジャクセン様の後ろ姿を見ながら思った。
ジャクセン様は非常に美しい男だった。
だから、男も女も彼に恋することは理解できる。
レイノール伯爵が彼に恋することも、私には理解できた。
その夜、ウェスティン伯爵邸の、伯爵とその夫人が待つ寝室へジャクセン様は赴いた。
ジャクセン様は、伯爵に口づけをするところにも、護衛の私が同席することを望んだ。
伯爵と夫人の二人がかりで、ジャクセン様を襲う可能性がないわけではない。
そんな危険を排除するためにも、用心深いジャクセン様は私の同席を望んだ。
レイノール伯爵は、ダフネ夫人が彼との結婚を強く望むことが理解できる男だった。
背の高い男であった。整えられた白金の髪に縁どられたその顔立ちは端正であった。
彼は白いガウンを羽織って大きな寝台の上に座っていた。
ダフネ夫人の狂気じみた計画に同意しているようで、準備は万端という状態であった。
ジャクセン様を見て、薄く口元に笑みを浮かべながらも、恐縮している様子も見えた。
「ジャクセン殿に“お手伝い”して頂くことになり、申し訳ない」
“お手伝い”
夫婦の行為の前の口付けが“お手伝い”。
なんとも言えない表現である。
この伯爵もちょっとおかしいのかも知れないと、ジャクセン様のそばで静かに控えていた私は思っていた。
ジャクセン様は軽く一礼した後、レイノール伯爵のそばに歩み寄る。
レイノール伯爵は、部屋の窓から月の光に照らされて近寄るジャクセン様の姿を、食い入るように見つめていた。
前述したが、ジャクセン様は本当に美しい姿形をしている。
ジャクセン様の祖母もまた非常に美しい女性であったと聞く。ジャクセン様はその祖母に面差しがよく似ているという。
それもあって、祖父に非常に可愛がられて成長したジャクセン様。
ジャクセン様は寝台に座るレイノール伯爵の方に身をかがめた。二人そっと唇を重ねる。
それを部屋の壁際で私は立ったまま見守り、伯爵夫人も女性らしい肢体が透ける薄いナイトドレスを身に付けたまま、その場に立ち尽くしていた。彼女の目は瞬きもせずに、二人の男の口づけする様を凝視していた。
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