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外伝 はじまりの物語 第一章 召喚された少年達と勇者の試練
第七話 異世界特典と隷属魔法
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沢谷雪也が作る料理の中で、勇者鈴木が特に好きな食べ物は、甘辛く焼いた肉をパンに挟んだものだった。
本当はレタスなどがあれば、一緒に肉とパンに挟むのだが、どうもこの世界の生野菜は怪しいと雪也は考えていた。葉物を食べたら腹の中に、葉と一緒に虫が入る気がするので、雪也は温野菜以外口にしないようにしていた。そのため、一緒に旅する者達へ供する料理も当然生野菜は避けるものになる。
醤油は、海沿いの街を旅している最中、それを売っている店をたまたま見つけたので、思い切って一樽購入してもらった。
雪也達は異世界へやって来た特典として、なんと、無尽蔵に収納できる見えない収納庫のようなものを持っていた。だから、雪也は樽をその無限収納に入れておいた。
でも、そのことを知ったコリーヌ王女と魔術師カルフィーは、無限収納を持つことは決して他言しないように助言した。
「無限収納など持っていると知られれば、あなた方は、元の世界へ戻らせないようにされるでしょう」
「マジ!?」
「騎士達にはお話しましたか?」
「いや、僕が止めた」
鈴木がそう話す。
それにコリーヌ王女が頷く。
「賢明なご判断だと思います。異世界からやって来た人間には、多かれ少なかれ、何かしらの祝福を受けているという話を聞いています。私達の言葉が分かるものも祝福の一つでしょう。そしてその無尽蔵に収納ができるという力は、大きな祝福になります」
「僕もそう思う。僕達がそんな能力を持っていると知られれば、この世界の戦争の状況も変えられる可能性がある。商売においても大きな、大きすぎるメリットだ」
「「「…………」」」
雪也と友親、委員長は顔を見合わせ、鈴木とコリーヌ王女、魔術師カルフィーの助言に従うことにした。
確かに、勇者鈴木の話す通り、無限収納は、戦争においては武器や糧食を無尽蔵に運ぶことができるし、商売においても、膨大な荷物をその身一つで運ぶことができる、雪也達異世界人の存在価値は非常に高い。
それから魔術師カルフィーは、こんなことを話して友親達を怖がらせた。
「隷属魔法というものがある。隷属契約を交わしたら、主人の命令には逆らえなくなる。その魔法にはくれぐれも気を付けるように」
「気を付けろって言われても、ねぇ」
雪也と友親が困り顔である。
魔術師カルフィーはこう言った。
「なんでもかんでも、サインしないことだ。隷属魔法は、主人と隷属者の契約関係で成立するからな。サインしなければ、隷属魔法は成立しない」
「なんか、警察の詐欺注意みたいだな!! 何でもかんでもサインするなって当然のことじゃんか」
友親はそう言うと、委員長ももっともらしく頷いていた。
「そうね。確かに基本だわ。でも、何も知らなかったら、サインしろと言われたら、サインしちゃうかも知れないわね」
「そうだね」
そう友親達が暢気に話している頃、当然、彼らは知らなかったのだが、城に残った三人の青陵学園の生徒達が、わけも分からずに、隷属魔法の契約書面にその名をサインして、契約を完了させていたのだった。
そんなことを知らずして、雪也は、勇者鈴木の好物だという甘辛肉を挟んだパンをたっぷりと作り上げ、鈴木達を大喜びさせていた。
鈴木もまた、最近ではこんなことを冗談で言い始めていた。
「ユキのような人をお嫁さんにすることが出来たら、きっと幸せだろうね」
さすがに勇者鈴木を、雪也は鍋の蓋で叩く勇気はなかった。
*
「姫様、何故彼らを隷属状態にしたのですか!!」
大神官が、アルダンテ王国第二王女ラーマに詰め寄るように言った。
ラーマは唇を綻ばせて言った。
「だって、異世界からやって来た者達は特別な力を持っているのでしょう? 使わないともったいないじゃない」
城に残された青陵学園の三人の少年少女達はとても大人しく、手のかからない客人であった。
我儘の一つも言わず、与えられた部屋で静かに過ごしていた。
勇者である仲間が、無事に試練を終えて帰って来ることを待っていたのだ。
その中の一人、清瀬千春が自分の持つ無限収納の能力を親しくなった召使の一人に披露したことが悪かった。
彼女は全くの善意で、重そうな荷物を持つ召使の荷物を無限収納に入れて、運んであげたのだ。
すぐさまそれの存在が、城の魔法使い達の前で確認され、それから三人はラーマ王女の命令で、ある契約書にサインさせられた。
契約書の本文は別の書類で巧妙に隠された上、王宮でお世話するにあたり、名簿書類に名前を書いて欲しいと誤魔化されながらさせられたサイン。
異世界から“転移”してきた者達は、言葉を聞いてその内容を理解し、話すことは出来たが、異世界で書かれた文字を解する能力は与えられていなかった。書類の内容の説明を口頭で受けたが、それが全く違うものであると目で文章を見ても理解できなかったのだ。
まさか、この異世界に人を隷属させる魔法があるなど、青陵学園の三人の生徒達は知る由もなかった。
この場に異世界を舞台にしたライトノベルに詳しい雪也や友親がいたのなら、おそらく状況は違っていただろう。また思慮深い勇者鈴木は、そう簡単にサインをしなかったはずだ。
「三人も、隷属状態になさったんですか……」
大神官は、青ざめている。
「何かしら。そんなにいけないことをしたのかしら。そもそも、元の世界へ戻れるのは勇者と試練の旅に同行した異世界人だけなのだから。あの者達は捨て置かれる運命なのだから、わたくしに隷属させても問題ないでしょう」
試練をクリアした場合、女神が願いを叶えるのは勇者一人の望みだけである。そして勇者が口にする望みは、勇者と共に女神の試練をクリアした者だけに、適用される。共に苦労を分かち合わなかった異世界人には、女神の祝福は降りてこないのだ。
過去、勇者と共にやって来た異世界人達の中には、勇者と一緒に元の世界へ戻れる者もいれば、戻れずにこの世界へ取り残される者もいた。
城に残ると言った時点で、青陵学園の三名は元の世界には戻れないことは決定していた。
そのことを知るのは、一部の神官達とこの第二王女ラーマだけであった。
王も高官達も、魔術師達もこうした事実を知らない。
そもそも、勇者を召喚しようと王へ進言したのは、第二王女ラーマであった。
禁じられている召喚魔術を使って勇者を召喚しなければ、北の地にいる魔人がこれから先、暴れ回って大変なことになると、高齢の父王の耳に散々囁き、怖がらせたのだった。
「姫様、貴方様はそのことを、あの者達にお話しされなかったですよね。さらに、城に残るようにお誘いした」
ラーマは長い金の髪を指でもてあそぶように触れながら、無邪気にこう話した。
「事実、勇者の試練の旅はとても危険なものだわ。過去、同行して命を落とした異世界人もいたもの。危ないからここに残るようにお話ししても、間違いではないでしょう?」
神殿の大神官は青ざめて、震えている。
この世界の者達すべてが、魔素が使えなくなったのは、神による怒りのせいであった。
遠い昔、まだ魔法の力が溢れていた時代、国々は、自分勝手に異世界から召喚した者達を使って、やれ魔人退治や、やれ戦争だと異世界人達を駆り出していた。
多くの異世界の者達が召喚され、そしてその多くが隷属魔法で縛られ、逆らうことを許されず、数多の命を落としていった。
召喚された異世界人は、ほとんどが魔法を使えない者であったが、その中には多くの属性魔法を使える者達がいた。
その多くの属性魔法を使える者は勇者と呼ばれ、彼らを特別に呼び出すための魔法が編み出された。
あちらの世界で、勇者候補者の人間を、金属製の乗り物で跳ね飛ばしてこちらの世界にその魂を持ってくるその魔法は、一体誰が編み出したのか、未だにそのことは分かっていない。
こちらの世界に再度、肉体を再構成し、その肉体に魂を宿らせる。
そんな魔法は、おぞましい。
神々の中には、異世界の者達を自分勝手に呼び出すこの世界の魔法使い達に憤った者もいた(反対に面白がってもっと呼び出せと発破をかける神もいた)。
その中の一人は、大神と呼ばれる者で、彼は、この世界の人間が魔素を使うことを禁じた。
さすれば、異世界から人間を召喚するような大きな魔法を使うことは出来まいと。
多くの異世界人が命を落とした末に、ようやく召喚魔法は禁止されることになったのだ。
だが、長い歳月が流れる間に、「何故、神の怒りで人は魔素を使えなくなったのか」、「何故、召喚魔法が禁じられたのか」、そもそもの理由を多くの者達が忘れ、それを知らない者達が増えていった。
それにほくそ笑んだのが、混沌の女神であった。
彼女は平和に飽きていた。
だからこそ、アルダンテ王国のラーマ王女の願いに応えたのだ。
魔素が使えず、召喚の魔法が使えないのなら、混沌の女神は、女神の慈悲をたれ、魔素の使えぬ召喚者達のために、その大いなる女神の魔法の力を貸したのだ。
そして、呼び出されるはずのない勇者が再び、この世に呼び出される。
もう一度、混沌をもたらすために。
ラーマ王女は、召喚した異世界人達を隷属状態に置いた。
それはまるで、あたかも神の怒りを受けた者達と同じ行いをしているのだ。
大神官は震える声で尋ねる。
「試練の旅を終えた勇者は、元の世界へお戻しになるのですよね」
「そのつもりよ。女神様は異世界の勇者様と契約なさった。試練の全てを果たした後、勇者様の願いを叶えると」
混沌の女神と言えども、その契約は守らねばならなかった。
混沌をもたらすために召喚させた勇者であるが、やはり勇者ゆえに、きっちりと言葉の誓いの呪いが掛けられていた。
試練の全てを果たした後に、勇者の願いを叶える
恐らくあのスズキという名の勇者は、「元の世界に戻りたい」とその場にいる仲間達と望むだろう。
本当なら、あの勇者こそ隷属魔法で縛り上げたかった。
だが、試練の旅を始めることを、妨害することも出来なかった。
そもそも勇者はそのために召喚されたのだから。ラーマは彼らを見送るしかなかったのだ。
ラーマはよく手入れのされている爪を噛んだ。
(せっかく召喚した勇者であるのに、試練が終われば元の世界に戻さないといけないことが口惜しい)
出来れば、過去のように勇者を隷属させ、邪魔な者達は勇者に命令して全て排除したいところだ。
勇者を隷属させることができれば、何でも自分の望みは叶うだろう。
父たる王を弑して、兄王子達を排除して、自分が女王としてこの国に立つことも出来る。
ラーマは、来年には豚のように太った隣国の王の元へ嫁ぐことが決まっている。
姉王女のように剣技に優れることもなく、妹王女のように盲目でもない、一際美しい王女であるからして、当然の務めであった。
隣国はラーマ王女のいる国よりも遥かに大きい国であった。
いくら気弱な父王を唆そうと、隣国の王に望まれたラーマ王女がそれに逆らうことは出来ない。
だが、美しい自分があのような豚男の元へ嫁ぐのは御免だった。
むしろ、女王としてこの国に君臨すべきではないか。
そんなことを思っていたのだった。
本当はレタスなどがあれば、一緒に肉とパンに挟むのだが、どうもこの世界の生野菜は怪しいと雪也は考えていた。葉物を食べたら腹の中に、葉と一緒に虫が入る気がするので、雪也は温野菜以外口にしないようにしていた。そのため、一緒に旅する者達へ供する料理も当然生野菜は避けるものになる。
醤油は、海沿いの街を旅している最中、それを売っている店をたまたま見つけたので、思い切って一樽購入してもらった。
雪也達は異世界へやって来た特典として、なんと、無尽蔵に収納できる見えない収納庫のようなものを持っていた。だから、雪也は樽をその無限収納に入れておいた。
でも、そのことを知ったコリーヌ王女と魔術師カルフィーは、無限収納を持つことは決して他言しないように助言した。
「無限収納など持っていると知られれば、あなた方は、元の世界へ戻らせないようにされるでしょう」
「マジ!?」
「騎士達にはお話しましたか?」
「いや、僕が止めた」
鈴木がそう話す。
それにコリーヌ王女が頷く。
「賢明なご判断だと思います。異世界からやって来た人間には、多かれ少なかれ、何かしらの祝福を受けているという話を聞いています。私達の言葉が分かるものも祝福の一つでしょう。そしてその無尽蔵に収納ができるという力は、大きな祝福になります」
「僕もそう思う。僕達がそんな能力を持っていると知られれば、この世界の戦争の状況も変えられる可能性がある。商売においても大きな、大きすぎるメリットだ」
「「「…………」」」
雪也と友親、委員長は顔を見合わせ、鈴木とコリーヌ王女、魔術師カルフィーの助言に従うことにした。
確かに、勇者鈴木の話す通り、無限収納は、戦争においては武器や糧食を無尽蔵に運ぶことができるし、商売においても、膨大な荷物をその身一つで運ぶことができる、雪也達異世界人の存在価値は非常に高い。
それから魔術師カルフィーは、こんなことを話して友親達を怖がらせた。
「隷属魔法というものがある。隷属契約を交わしたら、主人の命令には逆らえなくなる。その魔法にはくれぐれも気を付けるように」
「気を付けろって言われても、ねぇ」
雪也と友親が困り顔である。
魔術師カルフィーはこう言った。
「なんでもかんでも、サインしないことだ。隷属魔法は、主人と隷属者の契約関係で成立するからな。サインしなければ、隷属魔法は成立しない」
「なんか、警察の詐欺注意みたいだな!! 何でもかんでもサインするなって当然のことじゃんか」
友親はそう言うと、委員長ももっともらしく頷いていた。
「そうね。確かに基本だわ。でも、何も知らなかったら、サインしろと言われたら、サインしちゃうかも知れないわね」
「そうだね」
そう友親達が暢気に話している頃、当然、彼らは知らなかったのだが、城に残った三人の青陵学園の生徒達が、わけも分からずに、隷属魔法の契約書面にその名をサインして、契約を完了させていたのだった。
そんなことを知らずして、雪也は、勇者鈴木の好物だという甘辛肉を挟んだパンをたっぷりと作り上げ、鈴木達を大喜びさせていた。
鈴木もまた、最近ではこんなことを冗談で言い始めていた。
「ユキのような人をお嫁さんにすることが出来たら、きっと幸せだろうね」
さすがに勇者鈴木を、雪也は鍋の蓋で叩く勇気はなかった。
*
「姫様、何故彼らを隷属状態にしたのですか!!」
大神官が、アルダンテ王国第二王女ラーマに詰め寄るように言った。
ラーマは唇を綻ばせて言った。
「だって、異世界からやって来た者達は特別な力を持っているのでしょう? 使わないともったいないじゃない」
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勇者である仲間が、無事に試練を終えて帰って来ることを待っていたのだ。
その中の一人、清瀬千春が自分の持つ無限収納の能力を親しくなった召使の一人に披露したことが悪かった。
彼女は全くの善意で、重そうな荷物を持つ召使の荷物を無限収納に入れて、運んであげたのだ。
すぐさまそれの存在が、城の魔法使い達の前で確認され、それから三人はラーマ王女の命令で、ある契約書にサインさせられた。
契約書の本文は別の書類で巧妙に隠された上、王宮でお世話するにあたり、名簿書類に名前を書いて欲しいと誤魔化されながらさせられたサイン。
異世界から“転移”してきた者達は、言葉を聞いてその内容を理解し、話すことは出来たが、異世界で書かれた文字を解する能力は与えられていなかった。書類の内容の説明を口頭で受けたが、それが全く違うものであると目で文章を見ても理解できなかったのだ。
まさか、この異世界に人を隷属させる魔法があるなど、青陵学園の三人の生徒達は知る由もなかった。
この場に異世界を舞台にしたライトノベルに詳しい雪也や友親がいたのなら、おそらく状況は違っていただろう。また思慮深い勇者鈴木は、そう簡単にサインをしなかったはずだ。
「三人も、隷属状態になさったんですか……」
大神官は、青ざめている。
「何かしら。そんなにいけないことをしたのかしら。そもそも、元の世界へ戻れるのは勇者と試練の旅に同行した異世界人だけなのだから。あの者達は捨て置かれる運命なのだから、わたくしに隷属させても問題ないでしょう」
試練をクリアした場合、女神が願いを叶えるのは勇者一人の望みだけである。そして勇者が口にする望みは、勇者と共に女神の試練をクリアした者だけに、適用される。共に苦労を分かち合わなかった異世界人には、女神の祝福は降りてこないのだ。
過去、勇者と共にやって来た異世界人達の中には、勇者と一緒に元の世界へ戻れる者もいれば、戻れずにこの世界へ取り残される者もいた。
城に残ると言った時点で、青陵学園の三名は元の世界には戻れないことは決定していた。
そのことを知るのは、一部の神官達とこの第二王女ラーマだけであった。
王も高官達も、魔術師達もこうした事実を知らない。
そもそも、勇者を召喚しようと王へ進言したのは、第二王女ラーマであった。
禁じられている召喚魔術を使って勇者を召喚しなければ、北の地にいる魔人がこれから先、暴れ回って大変なことになると、高齢の父王の耳に散々囁き、怖がらせたのだった。
「姫様、貴方様はそのことを、あの者達にお話しされなかったですよね。さらに、城に残るようにお誘いした」
ラーマは長い金の髪を指でもてあそぶように触れながら、無邪気にこう話した。
「事実、勇者の試練の旅はとても危険なものだわ。過去、同行して命を落とした異世界人もいたもの。危ないからここに残るようにお話ししても、間違いではないでしょう?」
神殿の大神官は青ざめて、震えている。
この世界の者達すべてが、魔素が使えなくなったのは、神による怒りのせいであった。
遠い昔、まだ魔法の力が溢れていた時代、国々は、自分勝手に異世界から召喚した者達を使って、やれ魔人退治や、やれ戦争だと異世界人達を駆り出していた。
多くの異世界の者達が召喚され、そしてその多くが隷属魔法で縛られ、逆らうことを許されず、数多の命を落としていった。
召喚された異世界人は、ほとんどが魔法を使えない者であったが、その中には多くの属性魔法を使える者達がいた。
その多くの属性魔法を使える者は勇者と呼ばれ、彼らを特別に呼び出すための魔法が編み出された。
あちらの世界で、勇者候補者の人間を、金属製の乗り物で跳ね飛ばしてこちらの世界にその魂を持ってくるその魔法は、一体誰が編み出したのか、未だにそのことは分かっていない。
こちらの世界に再度、肉体を再構成し、その肉体に魂を宿らせる。
そんな魔法は、おぞましい。
神々の中には、異世界の者達を自分勝手に呼び出すこの世界の魔法使い達に憤った者もいた(反対に面白がってもっと呼び出せと発破をかける神もいた)。
その中の一人は、大神と呼ばれる者で、彼は、この世界の人間が魔素を使うことを禁じた。
さすれば、異世界から人間を召喚するような大きな魔法を使うことは出来まいと。
多くの異世界人が命を落とした末に、ようやく召喚魔法は禁止されることになったのだ。
だが、長い歳月が流れる間に、「何故、神の怒りで人は魔素を使えなくなったのか」、「何故、召喚魔法が禁じられたのか」、そもそもの理由を多くの者達が忘れ、それを知らない者達が増えていった。
それにほくそ笑んだのが、混沌の女神であった。
彼女は平和に飽きていた。
だからこそ、アルダンテ王国のラーマ王女の願いに応えたのだ。
魔素が使えず、召喚の魔法が使えないのなら、混沌の女神は、女神の慈悲をたれ、魔素の使えぬ召喚者達のために、その大いなる女神の魔法の力を貸したのだ。
そして、呼び出されるはずのない勇者が再び、この世に呼び出される。
もう一度、混沌をもたらすために。
ラーマ王女は、召喚した異世界人達を隷属状態に置いた。
それはまるで、あたかも神の怒りを受けた者達と同じ行いをしているのだ。
大神官は震える声で尋ねる。
「試練の旅を終えた勇者は、元の世界へお戻しになるのですよね」
「そのつもりよ。女神様は異世界の勇者様と契約なさった。試練の全てを果たした後、勇者様の願いを叶えると」
混沌の女神と言えども、その契約は守らねばならなかった。
混沌をもたらすために召喚させた勇者であるが、やはり勇者ゆえに、きっちりと言葉の誓いの呪いが掛けられていた。
試練の全てを果たした後に、勇者の願いを叶える
恐らくあのスズキという名の勇者は、「元の世界に戻りたい」とその場にいる仲間達と望むだろう。
本当なら、あの勇者こそ隷属魔法で縛り上げたかった。
だが、試練の旅を始めることを、妨害することも出来なかった。
そもそも勇者はそのために召喚されたのだから。ラーマは彼らを見送るしかなかったのだ。
ラーマはよく手入れのされている爪を噛んだ。
(せっかく召喚した勇者であるのに、試練が終われば元の世界に戻さないといけないことが口惜しい)
出来れば、過去のように勇者を隷属させ、邪魔な者達は勇者に命令して全て排除したいところだ。
勇者を隷属させることができれば、何でも自分の望みは叶うだろう。
父たる王を弑して、兄王子達を排除して、自分が女王としてこの国に立つことも出来る。
ラーマは、来年には豚のように太った隣国の王の元へ嫁ぐことが決まっている。
姉王女のように剣技に優れることもなく、妹王女のように盲目でもない、一際美しい王女であるからして、当然の務めであった。
隣国はラーマ王女のいる国よりも遥かに大きい国であった。
いくら気弱な父王を唆そうと、隣国の王に望まれたラーマ王女がそれに逆らうことは出来ない。
だが、美しい自分があのような豚男の元へ嫁ぐのは御免だった。
むしろ、女王としてこの国に君臨すべきではないか。
そんなことを思っていたのだった。
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