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外伝

再会のために (1)

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 灰色の雲が幾重にもぶ厚く連なる空の下で、紫色の竜は飛ぶような速さで飛んでいた。
 その大きな黒い瞳は、生き生きと輝いている。
 岩場の間にいる小さな野生の飛竜達が、この北の山間に棲むどの竜よりも速く、空を勢いよく飛んで行くものは何ものだと、驚いて視線を上空へ向けるが、それがいつもの竜騎兵団の紫竜だと知ると、興味を失ったように目を逸らしていた。
 紫色の竜の背に跨る、竜の主で伴侶でもあるアルバート王子は、紫竜ルーシェが今、嬉しくてたまらず、それ故に、こうした速さで空を飛んでいると知っていた。
 眼下では、雪で覆われた山の景色が凄まじい勢いで流れていく。
 だが、ルーシェは背中にいるアルバート王子のことを片時も忘れることなどなく、凍えるような外気の冷たさも、本来なら風圧で息をするのも苦しくなるはずなのに、そうならないように、魔法の力で常に王子の周りには温かな空気の層を作っていた。ルーシェの愛しい王子なのだから、そうすることは当然のことだった。

 ルーシェは、山間にある自分達の巣に舞い降りた。そして地面に降りると同時に人化して、両手で「うんしょ」と声を上げながら扉を押し開き、タタタタッと巣の中へと走って入って行く。
 少年の姿に人化すると同時に、ルーシェは服をまとう術を覚えていたため、いつも白い薄手のワンピースのような服をまとうのだが、常に裸足だった。
 この極寒の地で、長靴も靴下も履かず、ペラペラの薄手の服をまとっていても寒さが平気であるのは、ルーシェが耐寒性の強い竜であるからだが、それでも傍目から見れば、ギョッとするような格好である。大体、雪の中でもズボズボと躊躇なくそのまま素足を踏み入れるルーシェである。真っ白い柔らかな肌をしていながらも、その実、やたらと寒さには頑強なのだ。

 いつものように、明かりと、暖房の魔道具を点けてくれるルーシェ。王子が巣の入口から廊下を渡り、部屋に入る頃には、部屋の中は明るく、次第に温かくなっていた。ルーシェは竜であるから寒さはあまり感じないが、アルバート王子はそうではないことを、ちゃんとルーシェは弁えていた。だからこの巣に来る時は、いつもルーシェは準備のために、急いで部屋の中へ走っていく。巣の中に入っても、アルバート王子が寒くないように整えてくれる。
 そんなルーシェが見せるちょっとした優しさを、アルバート王子は嬉しく思っていた。

「お茶を淹れるね。今日はまたすごく寒かったね」

「私も手伝おう」

「ありがとう」

 二人して並んでお茶を淹れる用意をして、リヨンネから送られてきた王都の美味しいお菓子のたっぷりと入っている箱から、クッキーを取り出して皿の上に並べていく。
 リヨンネは、ここ数年、マリアンヌ姫の子、イシターの側付き兼教育係として、王都に留まることが多かった。そのため、リヨンネが竜騎兵団の青竜寮へ戻ることもなくなり、リヨンネと会う機会もめっきりと減ってしまった。だが、リヨンネは大好きな紫竜の存在を決して忘れることはないようで、ちょくちょくと王都の美味しいお菓子を竜騎兵団にたっぷりと送ってくれるのだ。それをルーシェは、レネと二人で仲良く分けて、リヨンネのいない寂しさを紛らわせている。

 先ほどまで、アルバート王子とルーシェは寮の部屋にいた。
 その部屋で、今回もまた王都からたくさんのお菓子を送ってくれた、リヨンネからの荷物を開封した。荷物と一緒に入っていた手紙をアルバート王子がルーシェに読んでくれる。寮の部屋の中では、ルーシェは小さな竜の姿でアルバート王子の肩に留まり、アルバート王子の手元の手紙を覗き込んでいた。
 アルバート王子から「青竜エルハルトと、黒竜シェーラと会いました。シェーラは小さな女の子姿で可愛かったです」というリヨンネからの手紙の一文を聞いて、驚いてルーシェの黒い目はまん丸くなり、ルーシェの尻尾もぴんと立ち上がっていた(それを見て内心、アルバート王子は、竜は興奮したりすると尻尾が立つのだなと思っていた)。

「ピルピルピルピルルルルルルルルル!!!!!!(シェーラの卵が孵ったの!!!!!!)」

「そうみたいだな。青竜エルハルトが卵は持って行ったと聞いていたが、卵から孵ってもう人化も出来るのか。さすが黒竜だな……」

 王子はそこに感心しているようだが、そのことにルーシェは驚いているのではなかった。

「ピルピルピルピルゥーピルルルルルルゥ!!!!(なんでシェーラはリヨンネ先生のところには行くのに、俺には会いに来てくれないんだよ!!!!)」

 アルバート王子の肩に留まって、そう悲しみ憤っているルーシェ。

 紫竜ルーシェは、黒竜シェーラに庇護されていた竜なのだ。
 いくらリヨンネ先生が、黒竜シェーラに贈り物を贈り続け、尽くしてお気に入りの人間であったとしても、ルーシェは黒竜シェーラから庇護され、可愛がられていた紫竜なのだ。
 実際、黒竜シェーラは紫竜ルーシェのことが大好きで、彼女は人化すると常に「お膝の上に来なさい」とルーシェに言っては断られて、額に青筋を立てていた。

 リヨンネ先生だけ会うなんて。
 会いに行くなんてズルい、ズルい!!!!

 アルバート王子は怒っているルーシェの小さな頭を撫でた。
 そして、彼がを忘れている点を指摘した。

「ルー、シェーラには過去の記憶がないんだよ。ほら、手紙の続きを読んであげよう」

 そう促され、ルーシェはアルバート王子から手紙の続きを読んでもらった。

 手紙の続きには、リヨンネとキースに再会した小さな女の子姿のシェーラは、リヨンネ達のことを全く覚えていなかったと書いてあった。リヨンネ達はそのことを寂しく思ったが、でもシェーラがこうして生きて会いに来てくれたことが嬉しかったとある。

 ルーシェ達が王都に来てくれるなら、シェーラと会う機会を作ると手紙にはあった。

 それには、アルバート王子の肩に留まる小さな竜は、嬉しそうに尻尾をブンブンと振り、小さな頭は何度も頷いていた。

「ピルピル!! ピルルルピルー!!(行く行く!! 絶対に会いに行く!!)」

「そうだな、会いに行こう」

 アルバート王子は怒っていたルーシェが現金にも、すぐに機嫌を直して会いに行くと言っていることに笑っていた。

 そして一人と一頭は、今度は山間の自分達の巣に行って、そこで話し合おうということになったのだ。
 寮の部屋の中でも話し合えるけれど、あの山間の巣は、自分達のテリトリーだ。ルーシェは人の姿に変わって気兼ねなく過ごすこともできる。そういうわけで、アルバート王子は手紙を懐に入れ、しっかりと冬の寒さから身を守れるように防寒着を着込んで、紫竜ルーシェと共にこの巣にやって来たのだった。
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