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第十六章 心地良い場所

第十五話 狙われた紫竜

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 戦勝会は中止となった。
 そして王宮内に現れた銀色のスライムの捜索が始まる。
 竜騎兵達もスライムの捕獲に協力するため、戦勝会に参加していた隊員の半数が王宮に留まることになった。
 その中には、ウラノス騎兵団長とアルバート王子も含まれていた。
 (ちなみにエイベル副騎兵団長は、竜騎兵団の拠点の管理・監督のため、バルトロメオ辺境伯を連れて帰還することになった。バルトロメオ辺境伯は事態の推移を見守りたくて、このまま王宮に留まりたそうな様子を見せたが、ウラノス騎兵団長とエイベル副騎兵団長に睨まれて仕方なしに辺境伯の城へと戻っていった)。

 そしてその夜、いつものように母妃マルグリッドの宮の客室で宿泊することになったアルバート王子は、小さな竜の姿のルーシェにこう言った。

「どうやら、あの銀色のスライムはお前を狙っているという話だ」

 その話を聞いたルーシェは、夕食の後のデザートに、オレンジの輪切りを手にしていたのだけど、驚きのあまりポタリと白い皿の上に落としていた。黒い目が大きく開かれている。

「ピ、ピルルゥ!?(お、俺!?)」

「そうだ。アレは私の方へ真っすぐに向かってきたが、肩に留まっていたお前を狙っていた様子だった。実際、お前に向かって体も伸ばしていた」

「ピルピルピルルルゥ(なんで俺を狙うんだよ)」

「お前が子竜で特別美味しそうに見えたのかも知れない」

 アルバート王子は小さく笑いながら、それまでオレンジの輪切りをたらふく食べて、ぽこんとお腹が膨らんだルーシェの腹に視線をやる。白い腹は柔らかそうで確かに美味しそうに見える。アルバート王子の視線を辿り、自分の膨らんだ腹を見つめたルーシェは、頬をぷっくりと膨らませる。

「ピルピルピルルルルルルゥ(俺なんて食べても美味しくないやい)」

「そうか」

 アルバート王子はルーシェを両手で抱き上げると、その小さな竜の頭に口づけを落とした。

「今はオレンジのいい匂いもしている。可愛くて美味しそうだ」

 そんなことを真剣にアルバート王子が言うものだから、ルーシェは一瞬で小さな子供の姿に変わって、王子の首に両手を回して抱きついた。

「竜の俺が美味しそうだからって食べないでよ!!!!」

 ルーシェはいつぞや見た、イスフェラ皇国で馳走になったトカゲの丸焼きを思い出す。こんがりと焼けたトカゲの上顎を好奇心からルーシェは持ち上げて、その口の中を覗き込んだこともあった。
 今ルーシェの脳裏には、アルバート王子の前に供される、小さな紫竜の丸焼き姿が思い浮かんでいた。大皿の上に大の字になった自分がこんがりと焼けている。
 それで、涙目で必死になって子供姿のルーシェが言う。

「美味しくないって。骨ばっかりで絶対にマズイ!!!!」

 食べるはずがないのに、冗談を真剣に受け止めてしまっているルーシェの慌てぶりが可愛くて、アルバート王子は笑い声を上げていた。

「悪かった。本当に食べることはないさ。お前があんまりにも可愛くて」

 チュッとルーシェのまろやかな頬に口づけを落とす。
 それで、ルーシェは怒ったように黒い目を吊り上げた。ようやくからかわれていたと分かったのだ。憤懣やる方ないルーシェは、思わずガブリと王子の首筋に噛みついて、王子に悲鳴を上げさせたのだった。


 クッキリと子供の歯形がついた首筋を、冷やしたタオルで押さえながらアルバート王子は、護衛のバンナムと魔術師レネを前に言った。

「あの銀色のスライムに、ルーシェが狙われている可能性がある」

 バンナムとレネは、王子の首についている歯形を見た。それから澄ました表情でアルバート王子の膝に座っている子供姿のルーシェを見つめた。

(いったい何をどうしたら殿下が噛みつかれるんだ)

 呆れを思いながら王子とルーシェを見つめるが、二人はそうなった経緯をバンナム達に説明することはない。

(どうせ痴話喧嘩でしょうが)

 ルーシェは澄ました顔をしながらも、内心は(俺は絶対に悪くない!! 王子が悪いんだ。美味しそうだなんてしつこく言うからだ!!)と憤っていた。
 あの後、アルバート王子が随分と謝り「可愛いから思わず苛めたくなったんだ」とルーシェのご機嫌を直すために、長い間甘く囁いたので、ようやく少しヘソが曲がったのも直りつつある。

 バンナムは、アルバート王子からの言葉に考え込み、言った。

「大広間に大勢の客がいる中、どうしてルーシェを狙ったのでしょう。スライムの獲物は他にもいたはずです。何か特別、ルーシェに目を付ける理由がそこにはあったはずです」

「あのスライムは竜が好物だったかも知れない」

 アルバート王子の膝の上で、ジロリと子供姿のルーシェがアルバート王子を睨みつける。
 またその話題に戻るのかというような視線である。ルーシェのかわいい口の間に真っ白い歯が輝いているのを見て、慌てて、アルバート王子は言い訳をするように言った。

「竜は、他の生物よりも長命で、生命力に満ち溢れる。更に、魔力も豊富だ」

「……スライムは魔力に惹かれる性質があります。それは間違いないですね」

 バンナムの伴侶で元王宮魔術師のレネは同意した。

「あの大広間で、誰よりも大量の魔力を帯びていたのは、紫竜のルーシェで間違いなかったでしょう」

 バンナムとレネ、アルバート王子の視線を受けて、子供姿のルーシェが「お、俺!?」とびっくりしたような顔で自分を指さしている。

「そうなります。そうなりますと、今後も、ルーシェは狙われる可能性が高いでしょう」

 そんなことをバンナムから淡々と言われたものだから、ルーシェはアルバート王子の腰にぎゅっとしがみついている。

「スライムに食べられちゃうなんて!! 嫌だよ!!」

「殿下、ルーシェを竜騎兵団へ戻しますか」

 バンナムはアルバート王子に尋ねた。
 遥か遠い北方の竜騎兵団に、紫竜ルーシェを戻してしまえば、銀色のスライムに狙われることはない。ルーシェの身の安全を考えるなら、採ってもよい選択肢であった。
 しかし、ルーシェがいなくなれば次の獲物をあのスライムは探して狙い出すだろう。

 魔力のある人間はいくらでも王都にいる。また、王族も相応の魔力を持つため、王宮内の王族達が狙われる可能性もある。
 このままそ知らぬ顔をして、ルーシェの身の安全だけを考えて竜騎兵団に戻すことは出来ない。

「戻さない。ルーシェは私が守る」

 未だぎゅっと自分の腰に抱き着いているルーシェの頭を優しく撫でながら、アルバート王子は言った。

「私は勇者だからな。お前は何も心配するな」

 自分の噛みついた王子からそう凛々しく言われたものだから、ルーシェは耳まで真っ赤に染めて「し、心配なんてしてないもん!! 俺は王子の竜だから、王子が王宮に残るんなら、俺も絶対に一緒に残るんだ!!」と可愛らしく一生懸命に言い張って、アルバート王子を微笑ませていたのだった。



 その後、アルバート王子、ウラノス騎兵団長と近衛騎士団長、そして王宮副魔術師長を交え、銀色のスライムに対する対策会議が開かれることになった。
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