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第十六章 心地良い場所

第十一話 王宮の庭にて

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 王宮でもっとも大きな広間で、華やかな戦勝会が行われる一方、王宮に仕える召使や下働き、料理人達は皆、広間から離れた調理場で忙しく働いていたり、慌ただしく空になった皿を下げたり、新しい料理を運んだりと忙しくしていた。

 白鳥が、水の上では美しい姿をさらすのと同じように、王宮の大広間では美しく着飾った紳士、淑女たちが笑いさざめき集っていたが、その白鳥の水足が、水の中では必死に動くのと同じように、戦勝会のその裏では召使達や料理人達が、汗を流し、声を必死に飛ばしながら働いていたのだった。

 そして、そうした王宮内での喧噪から離れた、王宮の森の中は、しんと静まり返っていた。


 森の中の大きな木のうろの中に、それはいた。
 森の中にいる小さな動物の死骸を食べて、それは生き続けていた。
 王宮に仕える魔術師長の地位にある老人のもとから逃げ出したそれ。
 暗闇の中でも綺麗に輝く銀色の光沢ある体を持つ、丸いスライムという生物は、今も洞の中でうねうねとその表面を波立たせている。以前、スライム“銀色”の餌は魔術師長が用意してくれたのだが、彼がいなくなってしまった今では、自力で確保するしかない。しばらくの間は食べなくても生きてはいけるが、栄養素が無ければ次第にしなびていくのがスライムという生物だった。

 スライムは、あの魔術師長の老人が用意してくれた、多くの魔力を秘めた餌のことを思い出す。
 そしてそれを消化した時の、あの歓びの感覚を思い出して、プルプルプルと小刻みに震えていた。

 死骸などの普通の餌よりも、魔力を秘めたものの方が遥かにスライムにとっては御馳走だった。
 魔力が体に吸収されると、全身が熱を帯びたように熱くなり、力が漲るのが分かる。

 その後、プリと排泄した魔石を、あの老人の魔術師長は喜んで受け取っていたものだと懐かしく思い出すが、魔術師長が死んだのはそう昔のことではなかった。
 口や鼻を塞いでしまったら、バタンと倒れて目を覚ますことはなかった。

 そのことを残念に思ったが、その魔術師長の体すらもペロリと食べて消化してしまった“銀色”スライムだった。



 そして“銀色”スライムが王宮の森の洞の中にこもっていると、遠く、王宮の大広間で繰り広げられている宴の音が聞こえてくる。楽団の奏でる華やかな音楽の響きや、人々の笑い声。たくさんの人々がそこにはいるであろうことも“銀色”スライムには感じ取れていた。

 それと共に、飢えも覚えていた。

 あそこには今“魔力”を持つ者が大勢いる。

 王宮魔術師長が用意した餌よりも、遥かに豊かな魔力を持つ生き物がいる。

 それを思うと“銀色”スライムは我慢できずに、ずるずるとその身を引きずりながら、王宮の大広間に向かって動き出したのだった。



 大広間の一角に、アルバート王子を取り囲むように竜騎兵達がいる様子を見て、リチャード第一王子は(これではアルバートに話し掛けにいきにくいな)と思った。一言祝いの言葉を伝えたかったからだ。そしてそれとなく、彼の伴侶シアンの動向も聞きたいと考えていた。だが、リチャード王子が失言しないように、妃がつけた従者がぴったりと王子のそばを離れないものだから、到底、アルバート王子に近寄ることはできない。

 そしてリチャード王子の視界には、アンリ第二王子が、颯爽とアルバート王子のそばに近寄っている様子が映った。やたらとアルバート王子に近寄って来るおべっか貴族達を近寄らせまいと、鉄壁のガードを張り巡らせていた竜騎兵達は、アンリ王子に対してはすんなりと道を開けた。アンリ王子のすぐそばには、彼の元護衛騎士で、今や伴侶となっている騎士ハヴリエルがいる。
 アンリ王子は気安くアルバート王子に話しかけ、アルバート王子も微笑みながら受け答えしている。二人の関係が良好だという話は、報告を受けていた。ちなみにその時、アンリ王子はアルバート王子に叙勲の祝いを述べた後、王都近郊で繁殖しているスライムの話を簡単に報告していたのだった。

 結論から言えば、王都近郊で繁殖しているスライムは、自然繁殖を見守るしかない状況になっていた。スライムは、生きている生物を食べることはないため、害はないという結論になっている。生き物がスライムに捕まっても、食べられることはなく、もがけばスライムの体内から逃れることができる。ただ、運の悪い生き物は、スライムの柔軟すぎる体に口や鼻を塞がれると、窒息死してしまう。その死骸はスライムに取り込まれてしまう。

 アルバート王子の肩に留まっている紫色の小さな竜ルーシェは、アンリ王子からの報告に(へー、そうなんだ)と感心していた。アンリ王子は、スライムの民間飼育に制限を加えることはないが、あまり大きくスライムを成長させないように、触れ書きを出す予定だという。危険を感じるほど大きく成長した場合は、討伐する旨、民に広く知らせるつもりだと言う様子に、大変不敬ながらもアルバート王子の肩に留まったルーシェは(アンリ王子はまともになったな!! 王族には全くまともな王子はいないと思っていたけど、この王子はまともでちゃんと仕事をしているじゃん)と思っていた。本当に不敬なことを思う小さな竜である。

 アンリ王子は傍らのハヴリエルに弾けるような笑顔で話しかけ、ハヴリエルも微笑みながらそれに答えている。元近衛騎士団の騎士であったハヴリエルは、アンリ王子の統括する各騎士団の連絡によく努め、アンリ王子の仕事を助けているという。当初「騎士の男の伴侶など……」といった蔑むような視線で見られることの多かったハヴリエルであったが、健気なほど、アンリ王子を陰日向で助け続けるハヴリエルの王宮内での評価は、徐々に上がってきているという話だった。
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