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第十四章 招かれざる客人

第二十話 結界の中での話

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 実は三橋友親が、リン王太子妃のいるハルヴェラ王国へやって来たのは二度目である。
 一度目は、リン王太子妃が、エイリッヒ王太子と結婚式を大々的に挙げた時、招待を受けて友親はカルフィー達とやって来たのだ。その時は、式典会場と与えられた客室から出ることもなく大人しく過ごして、式が終わるとさっさと帰国した。それも十六年前の出来事である。
 だから、ハルヴェラ王国の王宮内部の様子はほとんど記憶にない。

 案内を買って出たルティ魔術師の後をついていくしかなかった。
 同行の侍従や女官達は黙り込んでいる。
 王宮のだいぶ奥の部屋へ辿りついた時、扉を開けてケイオス、友親、カルフィーの順番で部屋の中に入れられた。部屋に先に入っていたルティ魔術師。その彼がテーブルの上に置いていたものを見た瞬間、カルフィーは友親の手を掴んで、部屋から出ようとする。

「糞!!」

「どうしたんだ、カルフィー」

 だが間に合わない。
 ルティ魔術師が、テーブルの上に置いていた魔道具を作動させる。次の瞬間、小規模結界が発動したのだった。




 キンという音と共に、目には見えない何かに囲まれ、包まれるような感覚を覚える。
 カルフィーは友親を抱きしめるようにその場に立ち、ケイオスが剣を構えている。
 二人はルティ魔術師を睨みつけていた。

 ケイオスが尋ねた。

「どういうつもりだ」

「ゆっくりと話す機会が欲しかったんです。少し前から私はハルヴェラ王国に来ていたんですが、紫竜ルーシェと会うことを許されませんでした。貴方も来るという話を聞いたので、貴方まで会わせないようにされてはたまりませんからね」

 ルティ魔術師は椅子を引いて座る。
 ルティ魔術師の座った席に、針金ようなもので造られた四角い枠の中に、白い珠が浮かんでいる小さなオブジェが置かれていた。これが結界の魔道具らしい。魔道具作りに長けているカルフィーは、一目でそれの作用を理解していた。
 そしてそれは通常、外界からの攻撃に備え、防御のために使われる魔道具だが、悪用すればこのように強固な結界の中へ人を閉じ込めることも出来る。
 結界ゆえに、外から開けることは困難で、中からも発動させた術者以外開けることは出来ない。ましてや、アレドリア王国の高位魔術師であるルティ魔術師である。結界は強固で解除させるのも時間がかかりそうだ。

「話を聞いたら、結界から解放してくれるのか」

 友親が尋ねると、ルティ魔術師は頷いた。

「はい。お約束します」

 友親はため息をつく。そしてカルフィーとケイオスに「とりあえず話を聞こう」と言った。
 カルフィーは「こんな悪徳魔術師の話を聞くなんて、耳が汚れる!!」と未だにルティ魔術師を睨みつけていた。ケイオスは仕方なしに、友親と一緒に席についた。それでカルフィーも友親の横に渋々と座ったのだった。三人の男達が友親を中心に椅子へ着席した様子を見て、ルティ魔術師はテーブルで手を組んで、ゆっくりと話し始めた。

「トモチカさんは、異世界から“召喚”されてやって来た“異世界人”ですよね。貴方とリン王太子妃は旧アルダンテ王国で“召喚”された。時期的には、サトー王国のサトーとも被るようなので、貴方とリン王太子妃、サトーは同時期に召喚されたと推測していますが、この推測は間違えていませんか」

「間違えていない」

 召喚魔法は、滅多に行われない。
 大量の魔力を使用するそれは禁忌魔法だ。同時期に現れた異世界人は、行われた召喚魔法で同時期に召喚されたと推測できる。三橋友親もリン王太子妃も、サトー王国のサトーも、この世界の人間ではない容姿をしていたし、年齢も同年齢に見える。簡単に推測できるだろう。誤魔化しても仕方がないため、友親はすぐに同意した。

「他に“召喚”された者はどうしたんですか?」

「死んだり行方不明になっている。俺とリン王太子妃とサトーだけが生き残りだ。あんたも聞いたことがあるだろう。旧アルダンテ王国の“血の月事件”。城にいた者はほとんど死に絶えた。俺は辛うじて逃げたクチだ」

 その時、鈴木陸と沢谷雪也も死んだ。
 転生しているがそれを話す必要はない。

「ふむ。そうでしたね、“血の月事件”。アレをサトーが起こしたからあの時の関係者はほとんど全て死んでしまったと。辻褄が合いますね」

「辻褄ではない。真実だ」

 こんなことを聞きたいがために、小規模結界の中に自分達を閉じ込めたのかと、友親はルティ魔術師を見つめる。ルティ魔術師は話を続けた。

「異世界人は、“魔素”を扱える。大量の魔力を消費する大規模な魔法を使うためにはあってしかるべき存在です。トモチカさん、貴方はカルフィーさんの魔力を補っているのでしょう?」

「……」

 カルフィーは「お前にトモチカは渡さないぞ!!!!」と言って、ルティ魔術師を睨み続けている。
 やはり、ルティ魔術師の目的はそれであったのだ。

「貴方やリン王太子妃、そして紫竜ルーシェの魔力を使って、竜騎兵団を“召喚”した時、私は自分がこれほどまでに大規模な魔法を使えるのかと驚きました。サトー王国のサトーが“星弾”を使うのであれば、私達もあなた方の協力があれば、私達の“星弾”をサトー王国へ撃ち込むこともできるでしょう。アレドリア王国には優秀な多くの魔術師達がいます。“星弾”だけでなく、様々な攻撃魔法でサトー王国に反撃できるわけです。これに協力するのは、サトーと同時期に召喚された貴方やリン王太子妃の義務ではないでしょうか」

 そんなことを畳みかけるように、ルティ魔術師は言ったのだ。

「トモチカの義務ではない」

 ケイオスが腕を組み、不満げな表情でハッキリとそう告げた。

「何故、貴方はトモチカの義務だと言うのだ。トモチカは、自分の意思に関係なく勝手に“召喚”されたのだぞ。“召喚”した側の都合で勝手な事を言うな」

 三橋友親達が自分から望んでこの世界へやって来たわけではない。
 その後の彼らの苦労や悲劇を、十八年間、つぶさに見てきたケイオスは、友親を庇うようにそう言った。ケイオスからのその言葉を聞いて、友親はまじまじとケイオスの顔を見つめる。ケイオスがそこまで自分の感情を理解し、自分の立場に立って説いてくれるとは思ってもみなかったのだ。

「トモチカさん、貴方は過去、“召喚”されたことに不満で、未だにそう思っているのですか」

 ルティ魔術師はなおもそう尋ねる。
 友親は、深く息をつく。
 それはこの世界に来た時からずっと自分の胸の奥で燻ってきた思いだった。
 思わないはずがない。
 もし十八年前、この世界に召喚されず、学校へ向かうあの狭い道を歩いたまま、トラックにも撥ね飛ばされず、生き続けていたら。あの世界で生き続けていたら、どんな人生を送っていたのだろう。
 たぶん、取り立て何か特別なものを持っていない平々凡々な自分である。平凡な、特筆すべきことの何もない人生を送っていたことだろう。
 それでも元の世界で生きていたら。
 そんな想像を何度もしたことがあった。しても、仕方のないことなのに。

「もしアレドリア王国魔術師ギルドに貴方が協力して下さるなら、私は貴方を、元の世界へ“転移”させることが出来ると思います」

 その言葉に、息が止まるかと思った。
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