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第十四章 招かれざる客人

第八話 思わぬ申し出(上)

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 その日の正午過ぎには、バルトロメオ辺境伯が案内する形で、王都の王宮に向けて、ルティ魔術師、ハルヴェラ王国のリン王太子妃、カルフィー魔道具店の三橋友親らは、出立することになっていた。エイベル副騎兵団長もそれに同行する。
 平時なら、竜騎兵が竜に乗せて王宮へ連れていくところであるが、未だ大森林地帯にどれほどのあの化け物が散らばり落ちているのか分からない。捜索を大々的にやらなければならないために、竜騎兵団の人員を王宮への送迎に割くことは出来なかった。

 出立の準備を済ませたリン王太子妃の部屋へ、アルバート王子は小さな竜のルーシェを連れて入る。
 別れの挨拶にわざわざ来てくれたことが分かると、リン王太子妃は、腹心の部下である女官メリッサと護衛の女騎士ガヴリエラだけ残して、後の者は部屋から出した。するとルーシェは小さな竜から小さな人の子供に姿を変え、ルーシェはリン王太子妃の元へ走り寄る。
 リン王太子妃が両手を出して、ルーシェを抱き上げると、ぎゅっと抱きしめた。

「ルーシェは本当に可愛らしいわね」

「まぁ、俺は可愛いからな!!」

 自分の可愛さを理解しているルーシェが、少し得意げにそんなことを言うことがなおも可笑しくて、リン王太子妃とメリッサ、ガヴリエラは笑い声を上げていた。

 それからリン王太子妃は言った。

「また私の国にも遊びに来て頂戴。竜になればひとっ飛びでしょう?」

「うん」

 よしよしというように、リン王太子妃もルーシェの頭を撫でていた。
 それからまた悪戯っぽく言った。

「前にも言ったけど、何か困ったことがあったら、うちの国に逃げ込んできてもいいのよ。よく覚えておきなさい」

「うん、ありがとう」

「友親にもそう言ったんだけど、伴侶の人達に睨まれたわ……」

 その光景がすぐに想像できる。
 カルフィーとケイオスの二人は、友親を大事にしている一方、彼が離れることを許さないような雰囲気があった。

「いわゆる一種のDVなのかしらね。少し友親のことが心配だわね」

「……だよね。俺もちょっと心配なんだ」

 それからリン王太子妃はルーシェを床に下ろすと、その頭を再度撫でていた。

「友親のことは私も気にしておくわ。でも、貴方は、アルバート王子殿下と仲良くしてお幸せにね」

「うん!!」

 大きくルーシェは頷いた。
 
「リン殿下、いろいろとありがとう!! また絶対に遊びに行くよ」

「おにぎりをたくさん作って待っているわ」

 そう彼女はニッコリと笑って言う。
 そして満足するまでルーシェの頭を撫で、彼女は荷物をまとめ、部屋を出ていったのだった。




 それから、竜騎兵団の竜騎兵と竜達は、連日、大森林地帯を見て回った。別次元からついてきた化け物、ドロドロとした緑色のスライムを始末するためである。見つけ次第、竜達は火を噴いてスライムを倒していた。倒すことはそれほど負担ではないが、なにせん見落としがあると大変なのである。大森林地帯の隅から隅まで見て回らなければならなかった。
 ウラノス騎兵団長は、“古竜”巨大土竜タリムと話をつけ、野生竜達にもスライムの危険性を周知させた。その上、野生竜達のテリトリー内にも、今回、竜騎兵達が竜を連れて入ることを認めさせていた。野生竜達も、何度かスライムと遭遇し、この気持ち悪い生き物が自分達のテリトリー内で増殖することには、本能的な拒否感が出たようだ。ウラノス騎兵団長との話し合いの結果、野生竜達も協力するようにスライム退治に動いていた。

「ピュルルピルピルルルルルル(野生竜達と協力できるなんて凄い)」

 ルーシェはアルバート王子を背に乗せ、青い空を飛びながらそう言うと、アルバート王子も頷いた。

「緊急事態だからな」

 紫竜ルーシェは火、水、風、土、光の五属性を持っている。火魔法も使えるのだ。
 スライムの弱点が火だと知ってから、アルバート王子はルーシェの火魔法でスライムを倒させている。
 ルーシェは身に吹き付ける風に気持ち良さそうに目を細め、空高く飛んで行く。
 心話に切り替えて王子に話していく。

(ああ、やっぱりここが一番だよ。王子)

(そうだな)

 自由自在に空を飛び回り、ルーシェは喜びに声を上げて鳴いていた。
 ルーシェ達は自分達の巣、山にあるほら穴が無事なことも確認していた。
 巣にスライムが入り込んでいないことには心底安堵した。
 聞けば、野生竜達の巣穴の中には、スライムが入り込んだものもあったらしい。竜達が間違えて攻撃して、そのせいでスライムが巣穴の中で大量増殖したそうだ。それを見て野生竜達は恐慌をきたしたらしい。
 そんな事件もあったから、ウラノス騎兵団長の「協力を」という言葉にも野生竜達は素直に従うことが出来たのだと思う。

 ローラー作戦のように竜騎兵団の竜達と野生竜達が協力して、大森林地帯の隅から隅まで見て回った結果、大森林地帯の中にいたスライムは根絶できたようであった。
 しかし、ウラノス騎兵団長は懸念を一つ口にした。

「川を流れていったスライムがいるかも知れない」

 ルーシェがあの化け物をスライムと呼んでいると聞いたウラノス騎兵団長は、彼もスライムと呼び始め、竜騎兵団内では公式にあの化け物をスライムと呼ぶことになっていた。

「川ですか」

「ああ」

 ウラノス騎兵団長は、地図を広げた。大森林地帯の北から滔々と流れるツィール川。その川は途中から大きな河となって王都に向かって流れている。幾つもの街を通り、枝分かれして小さな川が王国へ広がっている。

「川を通じて王国内に広がったらマズイな」

 ウラノス騎兵団長が眉を寄せてそう言うと、隊長の一人が手を挙げた。

「水の中でスライムは生きているのでしょうか」

「スライムは見つけ次第、すぐに始末してしまったから、分からぬな。火と同様に、水に触れたら死んでくれればいいのだが。一匹くらい残して実験してみるのも良かったな」

 基本、遠距離から火魔法や、火を口から噴きつけて殺してしまうスライム。
 竜達もこの見慣れないドロドロとした緑色の粘体生物を気持ち悪がって、見つけ次第抹殺していた。

「王宮には、その懸念があることを伝えておこう」

 王宮へ向けて、バルトロメオ辺境伯やエイベル副騎兵団長が、ルティ魔術師達を連れて旅立ったのが二週間ほど前になる。大勢の者達を連れて王都へ旅立ったとはいえ、そろそろ戻ってきても良い頃合いだった。二週間にも渡って、エイベル副騎兵団長が、ウラノス騎兵団長のそばを離れることは今までなかった。少しお寂しそうなご様子だと、隊長達や竜騎兵達がウラノス騎兵団長を見てそんなことを思っている時に、見張り台にいた竜騎兵が声を張り上げた。

「エイベル副騎兵団長がお戻りです!!」

 エイベル副騎兵団長は、人化した自身の騎竜ロザンナを伴って王都へ向かっていた。
 そのため帰路は青竜ロザンナに騎乗して帰還できたのだ。青竜たるロザンナの背には、エイベル副騎兵団長、バルトロメオ辺境伯、そしてもう一人、人の姿がある。

 竜騎兵団の離着陸場に到着した青竜ロザンナ。
 エイベル副騎兵団長が連れてきたその男は、王宮からの正式な使者であった。
 ウラノス騎兵団長のいる団長室で、使者の男は、ウラノス騎兵団長の前で書状を開き、直立したまま朗々とした声で書状を読み上げた。

 それは王命であった。

「アルバート王子殿下ならびに紫竜ルーシェを、ハルヴェラ王国王宮へ友好の使者として遣わす」

 寝耳に水の王命であった。
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