上 下
244 / 711
第十三章 失われたものを取り戻すために

第七話 神の呪い(上)

しおりを挟む
 大陸の北、ラウデシア王国のさらに北の大地の、竜達の暮らす大森林地帯を、そこに眠るという黄金竜もろとも(竜騎兵団の拠点も含めて)“転移”させた結果、ラウデシア王国は黄金竜の守護を失った。
 魔のやんごとなき三公が一人、リヨン公が勇んで、ラウデシア王国の王都目指して行ったのだが、なんと彼は戻って来なかった。

 サトー王国のサトーは、玉座に座り、三公の一人ヴィータ公からの報告を聞いていた。

「リヨンは、どうやらラウデシアで殺られてしまったようです。その存在を感知できません」

 リヨンだけではない。
 先日、魔の領域の中で、三公の一人ノウザンもいなくなっている。
 彼のことも、ヴィータは「存在が感知できなくなった」と告げた。
 ノウザンも勝手に命を落としてしまったらしい。

 駒の減りが甚だしい。

 大きな玉座に座るのは、ひどく小柄な男だった。
 黒髪に眼鏡をかけたその男は、三十を過ぎているというが、異世界からやって来た人間の常か、どこか若く見える。困ったような顔をしていた。

 玉座の前には、赤い絨毯が敷き詰められ、そこに佐藤優斗が配下とする人間達が、大臣やら将軍といった役職を与えた者達がズラリと並び立っている。
 皆、ひどく緊張した面持ちで、魔族の中でも“やんごとなき”と称される高位魔族の男を見つめていた。

「ヴィータ、私を手伝ってくれるような仲間を連れてくることは出来るか」

 三公のうち二公がいなくなったのなら、それを補充しなければならない。
 佐藤が尋ねると、ヴィータは胸に手を当て、恭しく「仰せのままに」と頭を下げる。

 佐藤には不思議な気持ちがあった。
 魔の者であるヴィータは、出会った時から佐藤のことを自分の上に立つもののように扱ってくれるが、ヴィータは佐藤よりも遥かに強い力を持っていた。ヴィータが佐藤の元から離れると言っても、佐藤にはヴィータを引き留める力はなかった。しかし、ヴィータは佐藤のことを興じて、何かと手伝ってくれる。
 この大陸全土を制覇した折には、この世界に在るものなら何でも捧げようとヴィータには告げている。だから、ヴィータには何か欲しいものがあり、それを手に入れるために自分を手伝ってくれているのだろう。だが、それが何であるのか、佐藤は知らなかった。

 自分の“魔素”の回復が遅く、かつ、駒の足りない中では、遠い北方のラウデシア王国を攻めることは出来ない。とりあえず、しばらくあの国は放っておくしかないだろう。黄金竜をどこかへやっただけでも上出来だ。

 それから佐藤は、大臣達から征服地の征服状況や、破壊した街などの復旧、これから秋の税収の見込みなど、細々としたものを報告することを聞いた後、自室へ戻っていった。



 その自室へ戻るところまで、ヴィータは佐藤の後をついてきた。
 佐藤が部屋に入った後、ヴィータは口を開いた。

「陛下は“呪い”を受けております」

 椅子に座った佐藤は、「そうか」と言った。
 なんとなしにそんな気がしていた。
 佐藤優斗は“混沌の女神”の加護を受けていたが、どうも女神の力をうっすらとしか感じなくなっていた。
 そして同時に、いつもなら、空気中の“魔素”を集めて貯めこむのもそう時間は掛からないはずなのに、今は随分と時間がかかるようになってしまった。
 それが“呪い”だと言われてみれば納得できてしまう。

「誰からの“呪い”だ」

「神です」

 さすがに佐藤はそのヴィータの言葉に驚いた。

「陛下は“混沌の女神”の加護をお受けです。それである程度は緩和されております」

 ヴィータはじっと椅子に座る佐藤の姿を眺めた後、「失礼」と言ってかがみこみ、彼の右足の靴を脱がせた。佐藤の足の爪先が黒く染まっているのを見つめる。

「お気づきになっておりましたか?」

「……ああ」

 その黒ずみは、佐藤がラウデシア王国の北にある竜騎兵団や、竜達のいた大森林地帯を“消失”させた直後から出てきたものだった。

「このことを、私に早く伝えるべきでしたね」

 ヴィータの白くて長い指が、佐藤の足の爪先に触れるのに、佐藤は顔をしかめた。固い声で言う。

「私に触れるな」

 佐藤は、他人が自分の肌に触れるのを極端に嫌うのだ。
 そのせいで佐藤は身の回りのことは全て自分の手で行い、侍従をそばに置くことはない。
 護衛すらも、ヴィータがいつもそばにいるから、置こうともしなかった(そもそも全属性を使える佐藤は襲われても自分の力で返り討ちに出来たし、“混沌の女神”の加護もあって無敵に近い状態であった)。

「そういうわけには参りません」

 そう言うと、ヴィータはその形の良い唇を開いて佐藤の黒く染まった足の爪先を自ら銜えたのだ。

「!!」

 日頃、狼狽する姿など見せない佐藤が激しく狼狽して、ヴィータを咄嗟に蹴ろうとするのを、ヴィータは強い力で押さえこんで止めた。

 しばらくして、ヴィータが口を離した後、その黒く染まっていた爪先の黒さが少し薄まっていた。

「何のつもりだ」

 睨みつける佐藤の眼鏡の奥の茶色の瞳を見つめながら、ヴィータは淡々と言った。

「この黒ずみは、“呪い”です。これからどんどん足から体の上の方へあがっていくでしょう。このまま放っておけば、一年も経たない内に、この黒ずみが全身に回り、陛下、貴方は死んでしまうでしょう」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

変態村♂〜俺、やられます!〜

ゆきみまんじゅう
BL
地図から消えた村。 そこに肝試しに行った翔馬たち男3人。 暗闇から聞こえる不気味な足音、遠くから聞こえる笑い声。 必死に逃げる翔馬たちを救った村人に案内され、ある村へたどり着く。 その村は男しかおらず、翔馬たちが異変に気づく頃には、すでに囚われの身になってしまう。 果たして翔馬たちは、抱かれてしまう前に、村から脱出できるのだろうか?

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

願いの守護獣 チートなもふもふに転生したからには全力でペットになりたい

戌葉
ファンタジー
気付くと、もふもふに生まれ変わって、誰もいない森の雪の上に寝ていた。 人恋しさに森を出て、途中で魔物に間違われたりもしたけど、馬に助けられ騎士に保護してもらえた。正体はオレ自身でも分からないし、チートな魔法もまだ上手く使いこなせないけど、全力で可愛く頑張るのでペットとして飼ってください! チートな魔法のせいで狙われたり、自分でも分かっていなかった正体のおかげでとんでもないことに巻き込まれちゃったりするけど、オレが目指すのはぐーたらペット生活だ!! ※「1-7」で正体が判明します。「精霊の愛し子編」や番外編、「美食の守護獣」ではすでに正体が分かっていますので、お気を付けください。 番外編「美食の守護獣 ~チートなもふもふに転生したからには全力で食い倒れたい」 「冒険者編」と「精霊の愛し子編」の間の食い倒れツアーのお話です。 https://www.alphapolis.co.jp/novel/2227451/394680824

もふもふと始めるゴミ拾いの旅〜何故か最強もふもふ達がお世話されに来ちゃいます〜

双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
「ゴミしか拾えん役立たずなど我が家にはふさわしくない! 勘当だ!」 授かったスキルがゴミ拾いだったがために、実家から勘当されてしまったルーク。 途方に暮れた時、声をかけてくれたのはひと足先に冒険者になって実家に仕送りしていた長兄アスターだった。 ルークはアスターのパーティで世話になりながら自分のスキルに何ができるか少しづつ理解していく。 駆け出し冒険者として少しづつ認められていくルーク。 しかしクエストの帰り、討伐対象のハンターラビットとボアが縄張り争いをしてる場面に遭遇。 毛色の違うハンターラビットに自分を重ねるルークだったが、兄アスターから引き止められてギルドに報告しに行くのだった。 翌朝死体が運び込まれ、素材が剥ぎ取られるハンターラビット。 使われなくなった肉片をかき集めてお墓を作ると、ルークはハンターラビットの魂を拾ってしまい……変身できるようになってしまった! 一方で死んだハンターラビットの帰りを待つもう一匹のハンターラビットの助けを求める声を聞いてしまったルークは、その子を助け出す為兄の言いつけを破って街から抜け出した。 その先で助け出したはいいものの、すっかり懐かれてしまう。 この日よりルークは人間とモンスターの二足の草鞋を履く生活を送ることになった。 次から次に集まるモンスターは最強種ばかり。 悪の研究所から逃げ出してきたツインヘッドベヒーモスや、捕らえられてきたところを逃げ出してきたシルバーフォックス(のちの九尾の狐)、フェニックスやら可愛い猫ちゃんまで。 ルークは新しい仲間を募り、一緒にお世話するブリーダーズのリーダーとしてお世話道を極める旅に出るのだった! <第一部:疫病編> 一章【完結】ゴミ拾いと冒険者生活:5/20〜5/24 二章【完結】ゴミ拾いともふもふ生活:5/25〜5/29 三章【完結】ゴミ拾いともふもふ融合:5/29〜5/31 四章【完結】ゴミ拾いと流行り病:6/1〜6/4 五章【完結】ゴミ拾いともふもふファミリー:6/4〜6/8 六章【完結】もふもふファミリーと闘技大会(道中):6/8〜6/11 七章【完結】もふもふファミリーと闘技大会(本編):6/12〜6/18

エレベーターで一緒になった男の子がやけにモジモジしているので

こじらせた処女
BL
 大学生になり、一人暮らしを始めた荒井は、今日も今日とて買い物を済ませて、下宿先のエレベーターを待っていた。そこに偶然居合わせた中学生になりたての男の子。やけにソワソワしていて、我慢しているというのは明白だった。  とてつもなく短いエレベーターの移動時間に繰り広げられる、激しいおしっこダンス。果たして彼は間に合うのだろうか…

【完結】お花畑ヒロインの義母でした〜連座はご勘弁!可愛い息子を連れて逃亡します〜

himahima
恋愛
夫が少女を連れ帰ってきた日、ここは前世で読んだweb小説の世界で、私はざまぁされるお花畑ヒロインの義母に転生したと気付く。 えっ?!遅くない!!せめてくそ旦那と結婚する10年前に思い出したかった…。 ざまぁされて取り潰される男爵家の泥舟に一緒に乗る気はありませんわ! ★恋愛ランキング入りしました! 読んでくれた皆様ありがとうございます。 連載希望のコメントをいただきましたので、 連載に向け準備中です。 *他サイトでも公開中 日間総合ランキング2位に入りました!

【R18BL】世界最弱の俺、なぜか神様に溺愛されているんだが

ちゃっぷす
BL
経験値が普通の人の千分の一しか得られない不憫なスキルを十歳のときに解放してしまった少年、エイベル。 努力するもレベルが上がらず、気付けば世界最弱の十八歳になってしまった。 そんな折、万能神ヴラスがエイベルの前に姿を現した。 神はある条件の元、エイベルに救いの手を差し伸べるという。しかしその条件とは――!?

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

処理中です...