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第十三章 失われたものを取り戻すために

第五話 先生からの話

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 バルトロメオ辺境伯との話を終えたアルバート王子と紫竜が部屋から出てきたのを見て、廊下で話が終わるのを待っていたリヨンネとキースが近づいてきた。

「殿下」

 リヨンネは王子の腕を引くと、別の部屋に連れていく。
 バルトロメオ辺境伯の前では出来なかった話が幾つかあったためだ。
 それを分かっている王子も、黙ってリヨンネについていった。
 
 部屋に入ると、リヨンネは椅子に座るように王子へ勧めた。そして自分もその一つに座ってから、話し始めた。

 まず、アルバート王子が一番気にしているであろうことを話す。

「マリアンヌ様はご無事です。今、マリアンヌ様はヴィシュー侯爵家レイモンド様の元におられます」

「!!」

 アルバート王子とルーシェは驚いた。
 マリアンヌは、元婚約者のレイモンドに会わないと言っていたのだ。
 それなのに、今、レイモンドの元にいるという。どういうことだと問いかける視線を向ける王子に、リヨンネは、彼にしてはひどく疲れたような表情を見せながら、話し始めた。

「魔族が来た時、私達はバンクールの王都の屋敷の一つに滞在していました。襲撃した魔族と黒竜シェーラが戦闘状態になりました」

「ピッ」

 驚いて、ルーシェの目も更に大きく開かれて丸くなっている。

 黒竜シェーラと魔族が戦闘状態!?

「アレは、引き分けになったというのでしょうかね。魔族はいなくなったのですが、バンクールの家の前で、守るように戦ったシェーラのことを調べられ、芋づる式にマリアンヌ様のこともバレてしまう可能性があったため、マリアンヌ様の御身柄はヴィシュー侯爵家にお預かりになりました」

 それは全て、リヨンネの兄でバンクール商会長のジャクセンが根回ししたことであった。
 兄は保険と称して、ヴィシュー侯爵家も巻き込むことにしていた。結果的に今回、その保険がうまく働いて、マリアンヌはすんなりとヴィシュー侯爵家に預かられている。
 勝手に保険を作っていた兄ジャクセンのことがリヨンネには腹立たしくもあったが、その兄にいつも助けられていることは事実だった。頭にくることに、兄のすることに間違いはなかった。

 リヨンネはアルバート王子の前で、深々と頭を下げた。

「マリアンヌ様のことをお任せ下さいと言っておきながら、このようなことになり、申し訳ありません」

 頭を下げたまま、じっと動かないリヨンネ。
 アルバート王子はリヨンネの肩に手を置いた。

「いえ、マリアンヌが無事ならそれでいいのです。先生、本当に有難うございました」

「……はい」

 そして王子の肩に止まっていた小さな竜のルーシェは、ふと気になることを口にした。

「ピルルゥ、ピルピルルルルルピルル(ねぇ、さっき“引き分け”とリヨンネ先生は言ったけど)」

 頭を上げたリヨンネは、竜の言葉は通じない筈なのに、彼は何か感じたように目を潤ませていた。

「ピルルルゥピルピルルルピルピル(魔族と“引き分け”てシェーラはどうしたの?)」




「シェーラは……」

 リヨンネが苦しそうな表情で言葉を途切れさせたのを見て、慌ててそばにいたキースが、リヨンネの手を握りしめ、彼に代わって話し始めた。

「シェーラさんは魔族の攻撃を受けて、それで卵に戻ってしまいました」

 そのキースの言葉にルーシェとアルバート王子は呆然とした。
 
(卵に戻るって)

「大きなダメージを受けた竜が、ダメージを受けた身体を癒すために卵に戻ることは、過去にもあったという話を聞いたことがある。多分、戦っている時、シェーラは怪我をして」

「ピルピルピルピルピルルルルピルピルピル!!!!(嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ!!!!)」

 ルーシェはけたたましくアルバート王子の肩の上でそう鳴き続ける。

 竜騎兵団の拠点と共に一緒に消えたバンナムやレネ、ウラノス騎兵団長やエイベル副騎兵団長。
 それに加えて、黒竜シェーラまで。

 信じられない。
 信じたくない。
 信じたくない。

 竜騎兵団の拠点に行けば、バンナムやレネ先生がいつも優しく迎えてくれた。
 ドジをしても、二人はいつも温かく見守ってくれた。ルーシェの恋の相談にも乗ってくれた。困ったことがあれば、いつも二人は手を差し伸べて助けてくれた。

 観察拠点の建物でも、シェーラはルーシェのことを甘やかしてくれて、可愛がってくれて。

 みんな、ずっと自分のことを大事にしてくれて。


 小さな竜は泣き叫んでいた。

「ピルピルルルル!!!!(嘘だ!!!!)」

 アルバート王子は、ルーシェをその胸元にぎゅっと抱きしめた。
 
 竜騎兵団の拠点が“消失”したと聞いた時、ルーシェは我慢していたのだろう。
 そしてシェーラの身の上に起きた出来事を聞いて、彼の我慢していたものがついに決壊した。
 小さな竜はアルバート王子の胸にしがみついて、ずっと泣いていた。

「卵に戻ってしまったシェーラは、生きているんですよね」

 アルバート王子は尋ねる。

「そうです。ただ、“育て直し”になります。今までのことも全て忘れているでしょう。赤ん坊の状態から、イチからやり直しです。卵はエルハルトが育てると言って、持っていってしまいました」

「ルー、シェーラは生きている。卵に戻ってしまっても、また彼女に会える」

「……ピルゥピルルゥゥ」

 その言葉を聞いても、すんすんと泣いているルーシェの滑らかな膚を撫でながら、アルバート王子は言った。

「大丈夫だ。取り戻すことは出来る。ルー、完全に失ったわけじゃない。そうだろう」

「…………ピルゥゥゥ」

 ルーシェはコクリと王子の腕の中で、頷いたのだった。




 そう。全て完全に失ったわけじゃない。
 取り戻すことは出来る。
 何もかも、失ったわけじゃないんだ。

 王子のその言葉に励まされ、ルーシェはようやく、ゆるゆると顔を上げたのだった。

 嘆いていても仕方がないのだ。
 なんとか、取り戻すように動くしかなかった。
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