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第十三章 失われたものを取り戻すために

第三話 現状の把握(下)

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 リヨンネは、クッキリと小さな竜が張り付いた跡を残した顔をさすりながら、椅子に座っていた。

「ピルピルゥ……(ごめんなさい……)」

 そしてアルバート王子の膝の上で、ルーシェは常にも増して小さくなって座っている。
 結局、リヨンネの顔に張り付いたルーシェは、キースとアルバート王子、そしてバルトロメオ辺境伯の三人がかりでようやくリヨンネの顔から引き剥がされたのだ。

「大丈夫です。私達に会えて嬉しかったのですよね。私も殿下とルーシェに再会できて本当に嬉しいですから」

 そう言って、リヨンネはキースから渡された濡れたタオルで顔を拭いている。
 クッキリと、ルーシェの大の字に張り付いた跡が残っているのが痛々しい。

「私達もリヨンネ先生とキースの無事が確認出来て、嬉しく思います」

「私達と同行した者は、皆、無事です」

 リヨンネが改めて口にしたその言葉で、アルバート王子は察した。
 リヨンネは、アルバート王子の妹マリアンヌの無事を伝えているのだ。バルトロメオ辺境伯もマリアンヌがザナルカンド王国を脱出していることを知らない。そのためここではその名を出して無事を報せることは出来ない。だからあえてそう言っているのだ。

 アルバート王子は頭を深々と下げた。

「何もかも、本当に有難うございます」

「その辺りの詳しいことはまた改めて、殿下にはお話し致しますが。今は私の方で分かっていることをお伝えします」

 そう言って、リヨンネは濡れたタオルで顔を拭いながら、話し始めた。

「王都に“星弾”が二発撃ち込まれた時、それは“金色の芽”で防がれました。翌日、国王陛下は詔を公布して、その“金色の芽”が、黄金竜の守護の力によるものだと公表しました」

「……黄金竜の守護の力」

「そうです。この王国には、直系王族に伝わる“黄金竜の加護”と、国土への侵略を許さない“黄金竜の守護”の力があります。いかなる呪いや魔法を跳ね返すと言われる“黄金竜の加護”の力は、殿下もご存知だと思います」

 そう。
 第三王子ハウルを呪った黒竜シェーラは、その呪いの力が“黄金竜の加護”の力で跳ね返され、苦しんだことがあった。王族に脈々と受け継がれている“黄金竜の加護”。
 
「国土を守る“黄金竜の守護”の力が発動したのは、私が知る限り、今回が歴史上初めてのことではないかと思います。これまでは、王国が侵略を受けた時には竜騎兵団が動いて、敵軍を撃退していました。でも、さすがに“星弾”のスピードには竜騎兵団も間に合わないとの判断があって、黄金竜が動いたのでしょう」

「“黄金竜の守護”なんてものがあるなど」

 ぽつりとアルバート王子はそう呟くように言っていたが、全く知らなかったわけではない。
 “古竜”の一角である黒竜シェーラも言っていたではないか。
 西方諸国へ軍務で旅立つ前に、彼女はこう言った。

『黄金竜を味方にするものが、この戦いに勝利できるわ』

 そう、黒竜シェーラは全幅の信頼を黄金竜に置いていたのだ。

「歴史上、王国には三頭の黄金竜がおりました。一頭は王国の“始祖の王”と結ばれた竜の女王、そして二頭目は竜の女王の弟で、北方地方の大森林地帯に白銀竜ルーサーと共に眠りについている黄金竜マルキアス。王国を守護しているのはこのマルキアスだと言われています」

「……」

 そこでアルバート王子も気が付いたように鳶色の瞳を開いた。

「まさか」

「そのまさかです。サトー王国は“星弾”を見事防いだ黄金竜マルキアスが邪魔だった。だから、彼が眠ると言われる大森林地帯を、竜騎兵団もろとも、“消失”させたのだと思います」

 アルバート王子の膝の上で、小さな竜ルーシェもパックリと口を開けたままであった。

「ピルピルピルゥ?(消失?)」

「うちの騎士団にいる魔術師を、今、現場に派遣して、どういう魔術が使われてああなっているのか調べさせている」

 今まで、腕を組んで鎮痛な面持ちで、リヨンネの話を聞いていたバルトロメオ辺境伯が口を開いた。

「ただ、今もあの付近一帯の空間がおかしくなっていることから、おそらくだが、“転移”や“召喚”といった次元に関する魔法を使ったのだろうと推測していた。サトー王国の在る西の国では、そういった召喚魔法が盛んだ。だから、それを使ってもおかしくはない」

「それもタチが悪いことに」

 リヨンネは深くため息をつく。

「おそらくですが、アレは途中で術を中断した状態だと思います。だから、あのように黒い場所になって空間もおかしくなっているのでしょう。そうなると、移動中のものは、今もまだおそらく異空間を彷徨っているのではないかと思います」

「竜騎兵団の者達を、またこの世界へ引き戻すことは出来ないのですか」

 アルバート王子は問いかける。
 リヨンネとバルトロメオ辺境伯は顔を見合わせた。

「……一番簡単なのは、術者にそうさせることでしょう。この場合はサトー王国の魔法を行使した術者に、そうさせることなのでしょうが」

 “星弾”を止めることの出来る黄金竜共々“消失”させているのである。
 この国へ引き戻すことなど、サトー王国の魔術師がやるはずもなかった。

「ピュルピルピルピルルルルル?(じゃあ、もしその術者がサトーだとして、そのサトーを倒したら元に戻せるということにはならないの?)」

 もしサトーを倒せば、全て元通りになるなら、サトーを倒せばいいのである。
 目標が単純になる。

 リヨンネは目を瞑り、彼もまた腕を組んで「うーん」と言って考え込んでいた。

「それは、辺境伯閣下の魔術師達が戻ってからご意見を伺いたいと思います。ただ、術者の術が中断された場合、その時にはその術は不発になることが普通です」

「そうだな」

 バルトロメオ辺境伯も頷く。
 攻撃魔法を唱えている術者を攻撃して、その術の発動前に、その術者を倒せば不発となって攻撃魔法は展開しない。あえて“召喚”の途中状態においている魔法の術者を倒した場合、そのまま異空間に対象物は置かれたままになるのではないかと思われた。どこへも行くことも出来ず、戻ることも出来ない。そのように異空間を彷徨い続けるものになってしまうのではないかと。
 つまり竜騎兵団の者達も、大森林地帯の竜達も、土地もろとも永遠に異空間を漂い続ける存在になる。

 例えサトーを倒すことが出来たとしても、それは最悪の結果である。
 同じことをバルトロメオ辺境伯も考えているのだろう。彼の顔は強張ったままであった。

 しばらくの間、部屋の中の者達は口を利かず、重苦しく黙り込んでいる。
 その中で、ふとバルトロメオ辺境伯が気が付いたように口を開いた。

「……先ほど、リヨンネ先生は、王国には三頭の黄金竜がいたと話したが」

 バルトロメオ辺境伯は、大きな指を一本ずつ折りながら話す。

「王家に嫁いだ女王竜である黄金竜、北方地方に眠る女王竜の弟竜である黄金竜……」

 それからバルトロメオ辺境伯は当然、尋ねたのだ。

「あと一頭はどこにいるんですか?」

 もっともな疑問だった。
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