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第十二章 黒竜、再び王都へ行く

第十七話 リヨン公(上)

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 黒竜シェーラは、今、何かおかしなことが起きていると本能で感じていた。
 だから、彼女は密かに自分達が暮らす王都の家の一帯に防御の魔法を張り巡らせていた。
 シェーラは千年を越えて長く生きる竜であって、“呪い”以外の魔法を一通り使うことができる。
 伊達に“古竜”の一角を占めてはいないのだ。

 しかしそのシェーラにしても、まさか自分の巣もろとも、大森林地帯と竜騎兵団の拠点すべてが消失しているとは思ってもみなかった。その結果、四頭いた“古竜”は、たまたま王都にいた黒竜シェーラを除いて、皆この世界から消え失せていたのである。
 本能的に異変を感じるのも当然であった。

 そして、この王国を守り続けていた“金色の芽”を使う黄金竜マルキアスもいなくなったのだ。
 その結果、国王が詔で述べた“絶対の防衛力”も消え失せていた。
 


 その日、昼を過ぎた頃、ドォンドォンという轟音を立てて、王都の街が突如黒炎に包まれた。
 悲鳴を上げて逃げ惑う人々。家々はあっという間に燃え上がり、逃げるのに転んだ人を他の逃げようとする人が踏んでしまう。親とはぐれた子供の甲高い泣き声が響き渡る。
 異変に王都の騎士団が出動したが、出動した矢先に黒炎の魔法を喰らって騎士達もまた絶叫を上げて倒れていった。まさしく死屍累々の地獄絵図になっていた。

 サトー王国についている“やんごとなき魔”の三公の一人、リヨン公はご満悦であった。
 彼は上半身が人の男で、下半身は長く美しい尾を持つ鳥の姿をしていた。
 澄んだ声を響き渡らせて、黒炎の魔法を各所に撃ち込んでいた。

 人の世に直接魔の三公が降り立つと、神々の怒りを買う可能性が高かったが、神が来た時点ですぐさま隠れてしまえば良いと思い、部下達を引き連れてやって来た。大体、神も今はそれどころではないだろう。サトー王国のサトーが、北方にある国の大森林地帯を、黄金竜もろとも“消失”させるなんてことをしでかしているのだから。自分達にまで手が回るはずもない。

 部下達も王都の各所に魔法を撃ち込んで楽しんでいる様子に、リヨン公は上機嫌だった。

 突然の魔の襲撃に、王国の人々は悲鳴を上げて逃げ惑いながらも思っていた。
 先日の国王の詔は、嘘だったのかと。
 “絶対の防衛力”などまったくないではないか。
 国民を守る黄金竜の“金色の芽”は何故、動かないのかと。

 だが、そう国王を責める暇はない。今は生き延びることに必死である。
 多くの人間達が逃げ惑い、黒炎に包まれて死ぬ。老若男女の悲鳴と絶叫が王都を包み込んでいた。

 当然のこうした派手な攻撃に、王都にいる“黒竜”シェーラが気が付かないはずもなかった。
 そして一方のリヨン公も、魔法の攻撃が全く効かない、強力な防御の魔法を張っている王都の一角に気が付いたのだった。

 “やんごとなき魔”の三公であるリヨン公と、“古竜”シェーラがぶつかるのは時間の問題であったのだ。
 リヨン公は部下達を率いて、その強力な防御の魔法が張られている一角を目指していく。
 そしてシェーラは、護衛の男達に引き留められたのだが、強引に振り切って、彼女は家の前に仁王立ちして言った。

「そこの鳥男、よくも私の棲む家に攻撃魔法を喰らわせたわね!!」

 シェーラはビシッと指さして、空を飛ぶリヨン公とその他大勢の部下の魔族達を睨みつける。
 攻撃魔法を喰らっているが、シェーラの防御魔法の効果で、傷一つついていない家である。
 だが、自分のテリトリーに攻撃魔法を喰らわせたのが気に食わない。
 突然現れた黒髪をなびかせた一人の女の姿に、リヨン公は片眉を上げた。

「お前は何者だ」

「私はシェーラよ!! この名前をよく覚えておきなさい、鳥男!!」

 鳥男、鳥男と連呼され、リヨン公はイラッとしていた。
 そう争っている中、遠く道の向こうから、叫ぶ声がした。

「だめだよシェーラ!!」

「危ないから隠れて。どうしてそんなことしているんだ!!」

 アンサンムル家の双子、ヒューイレットとヴィオレットである。彼らは物陰に隠れながら、一生懸命シェーラに向かって話しかけていた。
 シェーラは道に出ている双子の存在に驚いた。

「あんた達、どうして外にいるの!? 今すぐ自分の家に入りなさい!!」

 王立学園にいた双子は、異変を知って慌てて家へと帰ろうとしたのだ。帰路の途中である。事実、双子は学園の制服を着て、茶色の革鞄を背負っていた。
 双子は顔を見合わせ、そろりそろりと自宅へ入ろうとするが、それを許す魔族達ではない。
 空中から攻撃を与えようとしたリヨン公の部下達全てを、シェーラは一瞥した。

「お前達、みんな蛙になっておしまい!!!!」

 そして唖然としているリヨン公の前で、リヨン公の多くの部下達が、空からボタボタと蛙の姿で落下していった。さすがに高位魔族であるリヨン公と彼の側近数名は、シェーラの呪いの力が効かなかったようで、平然と空を飛んでいたのだが、その他の部下の魔族達は、高い空の上から突然蛙の姿に変えられて落下したせいで、皆、地面にぶつかった衝撃で、ひしゃげて潰れて命を落としていた。

「ふん、どうかしら」

 シェーラは長い黒髪をなびかせ、偉そうに言う。
 その間にヒューイレットとヴィレットは何故か、自宅ではなくシェーラのいる家へと駆けこんでいた。
 そして駆けこんだ先には、やはり呆然としているマリアンヌと護衛の男達が立ち尽くしてシェーラの戦いぶりを眺めていたのだった。

「無事だったんだね、アンヌさん」

「良かった!!」

 双子はマリアンヌが無事な姿を見て喜ぶ。何故こちらの家に駆けこんで来たのだと、護衛達は呆れて双子を見ていた。

「ねぇ、アンヌさん。シェーラは魔法使いなの?」

「人を蛙に変えるなんて魔法、初めて見たよ!!」

 双子は大興奮である。
 しかし、マリアンヌと護衛バンクリフは、シェーラが人間の魔法使いではなく、呪いが十八番の黒竜であることを知っていた。だが当然、そんなことを口に出すことは出来ず、彼らは皆、この人外の戦いを眺めているしかなかったのだ。
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