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第十二章 黒竜、再び王都へ行く

第十三話 星弾と金色の芽

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 ジャクセンはマリアンヌのため、信頼している口の固い医師を往診に遣わせていた。妊娠は順調に推移していた。家の中にこもりきることもよくないだろうと、マリアンヌは、天気が良い日は家の庭へ散歩することにしていた。今になって思えば、家の庭が広いことはマリアンヌの散歩のためにも良かった。マリアンヌの正体がバレないようにするためにも、敷地を出ることなく、できるだけ他人と会わない方が良いからだ。

 隣家の双子達は、マリアンヌやリヨンネ、キース達とも顔なじみとなった。
 マリアンヌがシェーラと共に庭へ散歩に出ると、双子達も境界の煉瓦塀の上に顔を出して、話し掛けてくるようになった。やたらと人懐っこい双子達は、いろいろな話を教えてくれた。

 双子達は四人兄弟だという。
 年の離れた兄と姉は、別の街の屋敷に住んでおり、双子達は王立学園に通うため、王都にあるこの家に住んでいるという。世話をするため双子の母親がわざわざこの屋敷についてきているらしいが、リヨンネ達はまだ一度もその母親の顔を見たことはなかった。

 双子達は朝早く学園に向かい、夕方前には戻って来る。そのため、双子達と会うことができるのは、双子達が学園へ向かう前の朝の僅かな時間と、双子達が帰って来てから後の時間だ。
 マリアンヌはシェーラと、彼女達の少し後ろを歩く護衛を連れて、夕暮れ前の庭を歩くことにしていた。そうしていると、双子達敷地の境界の煉瓦塀から顔を覗かせて挨拶をしてくれるのだ。
 明るくて陽気な双子達は可愛くて、マリアンヌも彼らと会うことが楽しみだった。

 その日は、空が美しいオレンジ色に染まり始めた夕暮れ時だった。
 その時間になると夏の暑さもやわらぎ、どこか風も涼しく感じられた。もう少しで夏も終わりに入るだろう。
 その時、シェーラとマリアンヌ、護衛の男二人と、煉瓦塀の向こう側にいた双子達は、ふいに空気が震えるような音を聞いた。
 瞬間、シェーラは自分の首筋の毛がチリチリとするような嫌な感覚を覚え、彼女は空を見上げた。警戒する思いからその瞳もいつの間にか金色に輝いている。

「なんだ」

 護衛の一人が呟く。
 王都の西の方から大きな何かが近づいてくる。
 黒い影を落としながら、空高く飛び、大きな、それこそ小さな村ならすっぽりと覆うような巨大な何かが音を立てて凄まじいスピードでやってきた。それが高度を下ろし始めたのを認めた次の瞬間、地面から先端をくるりと巻いた金色の芽がぶわりと一気に噴き出し、何万本と天高く伸びた芽は、その飛んできたソレを目指してぐんと長く伸びた。そして飛んできたソレを包み込み、捕らえて、響き渡る轟音と共に潰した。

 空から細かな破片となったそれが、まるで雨のようにバラバラと降って、王都の広い範囲に落ちていく。白煙がもうもうと舞い上げる。

 しばらくしてもう一度、大きな何かが空を横切って飛んできたが、やはりそれもまたどこからか生えてきた金色の芽が掴んだ。轟音を立てて潰した後、パラパラパラパラと欠片が空からずっと降り注ぐ。

 双子達も、マリアンヌも護衛の男達も、遠目で見るその異様な光景に見入っていた。

 その空を飛んできたソレは、二回飛んできたが、いずれもその都度、すぐさま王都の地面から金色の芽が吹き出して、潰していた。キラキラと輝く金色の芽は美しくもあった。だが、見ている人間達には、今まで一度として見た事のないものを見てしまったという戸惑いと、巨大な何かを簡単に破壊することの出来る怖れを感じさせた。

「……あれは何なの?」

 双子達は呆然と呟く。

 グンと天高く、長く伸びた金色のものは、先端をくるりと巻いた巨大な芽としかいいようがないものだった。生きているように蠢いて、そして意志を持って空を飛ぶ何かを掴んでは潰していた。

「あれはサトー王国の“星弾”だわ」

 真っ青になったマリアンヌが、震える身を自分の腕で抱きしめるようにして言った。
 空を凄まじい勢いで飛んで、目標物に向かって真っすぐ飛んでいくソレ。
 マリアンヌはソレが飛んでいる光景は見たことはない。
 だが、ソレのもたらす結果は目にしていた。

 彼女を迎えに来た兄アルバートと共に、紫竜ルーシェの背から見た、国境の城を壊滅させたソレ。
 巨大なクレーターを作り、地面は細く煙を上げていた。たったの一撃で、城は無くなったのだ。

 ソレを二回、撃ち込んだ。

 空から飛んできた巨大なものは“星弾”
 ソレを迎え撃つように王国の地面から生えてきた大量の金色の芽の方は分からない。

 だが、シェーラが宣言するように声も高々に告げた。

「アレは黄金竜マルキアスの金色の芽だわ!!」

「何それ」

「マルキアスって誰なの?」

 当然そんなことを知らぬ双子達は口々に聞いてくる。だからシェーラは腰に手を当て、いつものように偉そうに言った。

「貴方達、黄金竜マルキアスを知らないの!? マルキアスは北方地方に眠る黄金竜よ。女王竜との契約に基づいて、この国を守るために金色の芽を発動させたのよ!! さすが黄金竜ね。絶対の覇者なのよ!! あんな攻撃、黄金竜の手にかかればチョチョイのチョイよ!!」

「へー、シェーラってよく知っているね」

「僕達初めて知ったよ」

 双子達は感心している。それはマリアンヌや護衛達もそうであった。

「よくご存知ですね」

「当たり前でしょう。だって私は」

 その後、何か言いかけようとしたシェーラの口を、いつの間にかそばに来ていた護衛バンクリフが手で塞いでいた。

「ムググ!!」

 シェーラの金色の目が開かれている。
 バンクリフはシェーラの耳元で囁く。

「目の色も変わっているぞ。戻せ」

「ムググ」

 バンクリフの言葉に慌ててシェーラは自身の瞳の色も変えた。
 幸いなことに、金色の芽が消えようとしている光景に皆目を奪われており、また夕暮れ時で薄暗かったこともあり、シェーラの瞳の色の変化は気付かれていないようだった。

「どうしたのシェーラ?」

「なんで護衛に口を押さえられているの?」

 バンクリフは「あまり余計な事を話すな」とシェーラに小声で言うと、シェーラは不満そうな顔をしながらも頷いた。

「……なんでもないわ」

「もうそろそろお戻り下さい」

 バンクリフはシェーラ達に家へ戻るように促す。
 それで不承不承、シェーラはマリアンヌ達と共に戻って行ったのだった。



 家に戻ったところで、バンクリフは家の中にいたリヨンネとキース、部屋の中に残っていた護衛達に説明をした。

「王都に二回、空から巨大な何かが降って来ようとしましたが、地面から金色の芽のようなものが生えて、それが防ぎました」

 それを聞いたリヨンネはすぐさま庭へ走り出して、その金色の芽や、空を飛んできたという石の痕跡を捜そうとしたが、その頃には残念ながら見えなくなっていた。ただ遠く人の騒ぐ声が聞こえる。空も砕けたものが薄く煙のように漂い、地面に落ちていく様しか見えない。
 リヨンネは非常にガッカリとした様子で、肩を落とし、室内へ戻って来た。

「……見えなかった」

「黄金竜マルキアスの金色の芽が、粉々に砕いたからよ!! 人間達は大いに黄金竜に感謝すべきね!!」

 何故かシェーラが胸を張って偉そうである。

「……黄金竜マルキアス!?」

 リヨンネがシェーラの肩を掴んだ。

「どこに、どこにマルキアスが現れたんだ!! いないじゃないか」

 リヨンネの問いかけに、シェーラはやれやれといった表情をする。
 そして椅子に座ると説明を始めた。

「前にも話したわよね。黄金竜マルキアスは白銀竜ルーサーと共に、眠りについているって」

「そうだ」

 そう。
 以前、リヨンネがシェーラとエルハルトに、この国の外ではサトー王国の侵略があって大変なことになっていると話をした時、シェーラは「心配することはない。ここは竜の国だから人間達が攻め込んできても絶対に落ちることはない」と自信満々に答えたのだ。

「マルキアスは北方の地で眠りながらこの国を守ってくれているの。そのことはあの時も話したでしょう」

「……そんな、眠っている黄金竜の力が発動しているというのか」

「そうよ。だからサトー王国とかが魔法を使って攻めてきたって、マルキアスの力で全部防ぐことができるの。この王国にいる限りは絶対に大丈夫なの!!」

「…………」

 リヨンネは呆然として椅子に座り込んでいた。そして自分の額を押さえている。

「…………眠っている竜の力で国が守られ続けるのか」

 バンクリフは自身の本来の主であるジャクセンに報告に行くと話し、残りの護衛達にマリアンヌをしっかりと守るように命じる。
 そして外にいて“星弾”や金色の芽を目撃していた護衛の一人に、今見た光景を手早くスケッチさせている。それもジャクセンの元へ届けるためだ。
 絵心があるのか、その護衛はスラスラと紙に絵を描いていく。
 “星弾”の巨大さについては、護衛は文字で補っていた。村や小さな町程度の大きさのある岩ないし石の塊のようなものだった。そんな巨大なものを飛ばし、落とそうとするその魔力たるは凄まじいものがある。それが合計二回も落ちてきたのだ。
 それを迎え撃った“金色の芽”も二回地面から生えた。
 先端をくるりと巻いた、キラキラと輝く金色の植物の芽のようなもの。それが何千何万とぶわりと溢れるように生え、空高くグンと伸び、空から落ちようとしていた“星弾”を掴んで粉々にした。
 護衛が描いている“金色の芽”の絵を見て、リヨンネは口に手を当てじっと考え込むそぶりを見せていた。

 まるで植物のゼンマイのような“金色の芽”
 それをリヨンネは知っていた。
 リヨンネは王国の竜に関する学者という立場から、甥のユーリスが先日、王宮の地下遺跡で行った調査結果の資料も目にしていたのだ。あの地下遺跡にある婚姻の光景を描いた壁画にも、女王竜らしき女性の周囲に植物のゼンマイの芽のようなものがわざわざ金色に着色されて描かれていた。婚姻は春に行われたのではないかという説が有力視されていたが、そうではないのだ。
 アレは春の新芽ではない。

 黄金竜の持つ、力の表れだったのだ。
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