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第十一章 もう一人の転移者

第十四話 勇者の置いていったもの(上)

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 王宮内に設けられている大きな図書館や礼拝堂、廊下の壁に掛けられている巨大な一枚の絵など、その美しい建物や調度をエルリック王太子は案内しながら説明してくれた。ルーシェは自分を抱き上げているアルバート王子に対して「綺麗だね」と子供らしく話し掛けていた。
 特にルーシェは、図書館の前の廊下に左右対称に置かれていた大きな一対の金色の壺が気に入っていて、マジマジと見つめていた。
 光りモノに惹かれるという竜の本能に響いたようだ。

「この壺、いいなぁ」

 金色の壺の壁面には、絵付けもされていて、水浴びをしている美しい乙女達の絵が鮮やかな花の絵と共に描かれている。

「この絵、王子は好きだろう」

 ジロリとルーシェは王子の顔を見つめる。
 乙女達の胸がこぼれんばかりに大きい絵なのである。
 
「…………私は、胸の大きな女性が特に好きなわけではないと言っているだろう」

 その言葉にルーシェは唇を尖らせている。

「ふんだ。あんだけデレッとしていたくせに」

 ずっと嫉妬めいたことをルーシェに言われてしまうことには辟易してしまう。王子は苦笑いした。

「あの時も言ったはずだ。お前が一番好きだと」

 抱き上げているルーシェの耳元で甘く囁くように言うと、ルーシェは大きな黒い目で王子のことを睨みながらもまた言った。

「……本当に?」

「ああ」

 そうした二人の甘いやりとりに、そばにいた女官のメリッサは頬を赤くして、女騎士ガヴリエラは咳払いをしている。
 ルーシェは王子にぎゅっと抱きしめられる。

「ずっとお前はそのことを気にしているな」

「当たり前だよ」

「お前は私と結婚した伴侶なのに」

「だって、俺の王子はカッコ良くて」

 今だって歩いているだけでも、アルバート王子の凛々しい姿に見惚れる女官達や侍従達がいたのだ。わざわざ振り返って見る者も多い。

「俺はこんなちびっ子だから、釣り合っていない。それが悔しい。でも……王子はショタコン扱いされているから、牽制できていいのかな……」

 そうぶつぶつと言っている。

「だから、そのショタコンとは何なのだ」

「それは……」

 ルーシェが王子に、ショタコンという異世界の用語を説明しようと口を開いたところで、今度はリン王太子妃が礼拝堂の壁に掛けられている一本の剣の前で足を止めて、説明を始めた。

 銀色の鞘に入っている装飾の何もないシンプルな剣だった。

「これは“勇者の剣”よ。鈴木君が使っていたものなの」

 その言葉に、ルーシェは剣を見上げた。

「アルダンテ王国で鈴木君が……やられてしまった時、一時的に“勇者の剣”も行方が分からなくなったわ。だけど、友親が情報を集めてくれる中で、入手してくれて。それからうちの国に持ってきたの」

 三橋友親の二人の伴侶が「こんなものをトモチカのそばには置いておけない」という内容の手紙を付けて送りつけてきたのだ。“勇者の剣”の存在をサトー王国に知られれば、良い展開にならないのは明らかであった。だからといって押し付けられても困ると内心リンも思っていたが、それでも王太子妃という立場のリンは、トモチカ達よりも遥かに防御が固められる。だから、引き取ったのだ。

「“勇者の剣”って、なんかゲームの中のアイテムみたいな感じだな」

 そんな背景を知らないルーシェは、剣をマジマジと見つめる。

「そうね。私達が勇者の鈴木君と一緒にこの世界に転移した後、まずはこの剣を手に入れるために旅立つことになったの」

 リン王太子妃の説明にルーシェは頷きながら耳を傾けていた。
 同じような話を友親もしていた。

『旅は非常に順調に進んだ。魔人を倒すための武器も手に入れて、魔人が湧きだす泉も封印して、魔人自体も倒すことができた』

 そう友親は話していた。旅の最初の、魔人を倒すために手に入れた武器というのが、この“勇者の剣”なのだろう。
 リン王太子妃は、視線をそばにいた護衛の騎士達に向けると、護衛の騎士達は頷いて、壁に掛けられていた“勇者の剣”を取り外した。恭しくリン王太子妃に差し出されるその剣を、王太子妃は両手で重そうに受け取る。

「委員長も剣が使えるの!?」

 ルーシェの言葉に頭を振るリン王太子妃。

「残念ながら、この剣は勇者しか使えないのよね。ほら、こうしても」

 彼女は剣の柄を持って鞘から抜こうとしても、ピクとも剣が鞘から動かず、抜けないことに苦笑した。

「誰に試させても、鞘から抜くことが出来ないの。“神に選ばれし者”である“勇者”しか使えない剣なのよ」

 次いでエルリック王太子も剣をリン王太子妃から受け取ると、彼も柄を鞘から抜こうとしたが、抜けなかった。

「うちの騎士達は全員、試しをさせているわ。でもこの十八年間誰一人として剣を抜ける者は残念ながら出てこなかったわね。勇者がうちの国に生まれていてくれたら、サトー王国にも対抗できて良かったのだけど」

「ほら、よくゲームにあるように、『この剣を抜けるものを勇者として認める』とか看板立てて、街の中心部に持っていって、もっと広く一般の人もチャレンジ出来るようにしたらどうかな」

「そのことは私も検討したことがあったのだけど」

 真剣な表情でリン王太子妃が答える。
 いや、検討したことがあるのか!?
 思わずルーシェはリン王太子妃を見つめる。

「でもサトー王国が妨害しそうで止めたのよね。剣を置いてあるところに“星弾”落とされたら大惨事でしょう」

 確かに。
 剣を抜くためのチャレンジに集まる民衆に向けて、“星弾”が落とされたら大惨事になる。
 大惨事過ぎて目も当てられないだろうと、ルーシェは思った。

「今のところ、うちの国が三か国の同盟の中で一番サトー王国から地理的な距離が遠いせいもあって“星弾”を落とされたことはまだ一度もないわ」

 ルーシェも「抜いてみたい」と言って、リン王太子妃に剣を触らせてくれるようにねだった。
 三歳児姿のルーシェが、大人用の剣を持てるのかと、ハラハラと護衛の騎士達も女官達も見つめている。
 だが、三歳児の姿に見えても、ルーシェの正体は竜なのである。
 小さな姿でありながらも、軽々と剣を片手で持ち、もう片方の手で柄を持って、鞘から抜こうと「ぐぬぬぬぬ」と力を入れていた。だが、残念ながら剣は鞘から抜けることがなかった。

「糞、俺は勇者じゃなかったのか」

「そうね。勇者に生まれ変わる可能性はあったと思うけど、残念ながら違ったみたいね」

 リン王太子妃はそう言う。
 勇者鈴木とほぼ同時に死んだ沢谷雪也(ルーシェの前世)である。勇者たる称号が鈴木の死によって鈴木から離れ、別の者に降りる可能性はあったと思うのだ。

 ルーシェは、今度は自分を抱き上げているアルバート王子に「やってみる?」と剣を差し出す。それでアルバート王子は一度、ルーシェを床に下ろし、それから剣を手にした。

 そして彼は、鞘から剣をスラリと引き抜いた。
 いとも容易く。
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