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第十章 亡国の姫君

第十九話 皇宮の皇女達(上)

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 翌日、アルバート王子はイスフェラ皇国の皇宮へ向かった。
 イスフェラ皇国の軍上層部との面会がスムーズに進むようにと、副クラン長のフィアが同行してくれることになった。ウラノス竜騎兵団長からの信書を持参しているとはいえ、有難い配慮だった。
 クランの出した馬車に乗ったアルバート王子に、フィアは話しかけた。皇宮へ向かうアルバート王子に一言、助言するつもりのようだ。

「昨日、シルヴェスターからも話があったと思いますが」

 クラン内では、シルヴェスターは敬称も無く呼び捨てで呼ばれているようだ。だいぶ副クラン長のフィアやクラン長のダンカンとは親しい間柄らしい。馬車の中、アルバート王子とフィアは二人だけであったため、フィアは偽名を使わずに話をしている。

「イスフェラ皇国の皇族方は、ラウデシアの王族を是非とも取り込みたいと考えている。国同士の同盟は元より、ラウデシアへ皇女を嫁がせても良いと積極的だ」

 そのことについては、昨日、シルヴェスター王子から聞いていた。実際、シルヴェスター王子は、了承した覚えもないのに、皇女から勝手に婚約成立の噂を流され困っているとこぼしていた。
 今もアルバート王子の胸元に、小さな竜の姿で隠れているルーシェは「ピルルルルルゥゥ」と唸り始めている。皇宮に入る前からすでに皇女達に対して戦闘態勢である。
 絶対に、アルバート王子に皇女達を近づけたくないのだ。
 早くも嫉妬しているらしい小さな竜の様子に、思わずアルバート王子は笑みがこぼれていた。

 その笑みを不可解に思いながらもフィアは続けた。

「ラウデシアの殿下方に強い加護の力があることは、戦時においてそれは非常に魅力的なことです」

 フィアは視線をアルバート王子の指にはめられている指輪に目をやる。左手の薬指にはめられている指輪は、誰かと既に約束があることを示している。

「もし、アルバート王子殿下が、複数のお妃をお迎えするおつもりならば、何も言いませんが、そうでなければ、どうぞお気をつけて下さい」



 副クラン長フィアとの話の中で、アルバート王子はふと気が付いた。
 父王が、他国と同盟を結ばずに、様子見できる余裕があるのは、やはりこの“黄金竜の加護”があることを知っているのではないかと。だが以前、リヨンネは、王族にこれらの加護があることを知らぬ者がほとんどだと話していた。何らかの切っ掛けでその加護の詳細を知り、それがあるからこそ、王国は独立独歩でもやっていけると踏んでいるのだろうか。

 “古竜”の一角たる黒竜シェーラの呪いを跳ね返した“黄金竜の加護”
 呪いだけではなく、攻撃魔法も跳ね返すとシルヴェスター王子は言っていた。もしそうであれば、その有用性は計り知れない。

 馬車が停車し、案内する兵士の後にアルバート王子はついていく。
 フィアからの話だと、昨日の内に、クランから皇宮の近衛騎士団に連絡をしており、近衛騎士団側が、戦況についてアルバート王子に対して詳しく話せる者を用意してくれると聞いていた。ウラノス騎兵団長は、イスフェラ皇国、アレドリア王国、ハルヴェラ王国の三か国は、ラウデシア王国からやって来た竜騎兵団の竜騎兵アルバートに対して友好的に対応してくれるだろうと述べていた。それというのも、是非とも、ラウデシア王国にも三か国の同盟に加わって欲しいからだ。

 皇宮への入場も問題なく認められ、応接室へ案内される。
 
 やがて扉を開けて現れた二人の壮年の近衛騎士が、フィアと挨拶を交わした後、フィアはアルバート王子を騎士達に紹介した。二人の騎士は、この皇国の近衛騎士団長と近衛騎士副団長だという。そして騎士達は書類をアルバート王子に渡し、それを元に早速戦況についての説明が始まったのである。

 だが、話された内容は、昨日シルヴェスター王子から、夕食後に聞いていた話とほぼ同様のものであった。
 シルヴェスター王子とクランの者達は、つい先日までずっと皇国の北に位置する旧カリン王国の領土内での戦闘に加わっていた。だいぶそこでシルヴェスター王子やクランの者達は荒稼ぎをしたようで、幾つかの領土を取り返し、報酬も他の者達とは桁が違う程得ているらしい。あまりにも荒稼ぎして目立ちすぎたため、バランスを取るように、今はクランの者達もシルヴェスター王子も戦場には出ていないという。それを聞いて、随分と余裕のある戦い方をしているものだと、その時、アルバート王子は思った。

 近衛騎士達は、サトー王国から敵首脳陣に向けてされる攻撃方法について詳細に説明をしてくれた。
 サトー王国は、星弾せいだんを落とす。

 星弾というのは、サトー王国の国王サトーが使う大規模魔術の名であり、多くの場合、敵首脳陣のいる城を狙う。妹のマリアンヌがいた城も、それで落とされたのだ。
 非常に強力な魔法攻撃で、防ぐためには相応の強度を持つ防御魔法を張るか、星弾を撃ち落とすしかない。
 だが、膨大な魔力量を必要とするであろう星弾は、無尽蔵に撃ち込むことは出来ないようで、敵首脳部を叩くことにまず使われ、それ以外では使われることはあまりないようだ。よって一度陥落した旧カリン王国の領土内での戦いでは、専ら、兵士同士の直接の肉弾戦や一般的といえる中規模な魔法での攻撃が行われている。そして現状、旧カリン王国内では、数多くの友軍がおり、補給も豊富な皇国有利で進んでいるようであった。


 それから、わざわざ遠方の北方地方から単身やってきたアルバート王子の労をいたわるため、皇国の近衛騎士達は昼食の席を用意してくれるという。
 近衛騎士達の会談の際も同席していたフィアも一緒に呼ばれる。
 そして用意された席へ案内のための侍従が来たところで、急に近衛騎士団長は一人の女官に呼び止められ、隅に連れて行かれて話をしていた。一体何なのだとアルバート王子が眺めている前で、近衛騎士団長は顔をしかめていた。

「急な話ではないか」

 そう女官に向かって抗議していた。女官は頭を下げて言っている。やがて近衛騎士達はため息混じりでアルバート王子に言ったのだ。

「姫様方が、是非、皆様と昼食をご一緒したいとのお話です」

 アルバート王子の横で、副フラン長のフィアが「やれやれ(やっぱり来たか)」と言った様子で肩をすくめ、アルバート王子の胸元では、小さくなって潜んでいるルーシェが、黒い目を光らせ、カチカチカチと威嚇するように歯を鳴らしていたのだった。
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