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第十章 亡国の姫君

第二話 黒竜からの贈り物(中)

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 ところ変わって北方地方は大森林地帯の中にある観察拠点の建物の中。そこでは人の姿をとっている黒竜シェーラが、青竜エルハルトを手伝わせながら、ルーシェやアルバート王子のための結婚の祝いの会の準備をしていた。
 一週間ほど前から、シェーラはリヨンネやキース、青竜を部下のように使いながら、部屋の中を片付けさせ、贈り物を買いに行かせ、すぐに食べられる美味しいと評判の食料(軽食とたくさんの菓子類)を購入させていた。ちなみにシェーラは料理の一切が出来ず、今後もするつもりもなかった。

 部屋の至る所に綺麗な花が飾られ、テーブルの上には花柄のテーブルクロスが敷かれ、銀の食器と銀の燭台が輝き、贈り物がちゃんと定位置に山盛りとなり、ルーシェ達を出迎える準備が万端になっていることに、黒竜シェーラは「ふー」と息をついて、額に掻いたいい汗を拭っていた。

 その様子を見て、青竜エルハルトは内心思っていた。

(あのリヨンネという人間が調子よく黒竜をうまく扱っているせいもあるが)

 バンクール商会の末子で、王都とこの北方地方を行き来する眼鏡の学者の青年は、黒竜シェーラのツボを押さえた献上品を常に持ち込んで、シェーラを喜ばせていた。そのリヨンネの口車に乗って、シェーラは今やアルバート王子の伴侶となっている紫竜ルーシェを庇護をしているし、ルーシェの危機の際には、彼女は躊躇なく“呪い”の力を使っていた。

 今の今まで、ここまで人間達(紫竜も含む)に、黒竜が肩入れすることなどなかったはずだ。
 四頭の力ある古竜の一角で、その“呪い”の力ゆえに、竜達からも敬遠され、孤立した存在であった黒竜シェーラ。あの小さな紫竜があざといほど可愛くて、綺麗であることも一因であるとはいえ。

(それでも、少し肩入れが過ぎる気がする)

 五百年ぶりに生まれた、飛び抜けた魔法の力を持つ“魔術の王”と呼ばれる紫竜。綺麗な紫色の髪に、大きな黒目勝ちの瞳に、透き通るような白い肌に、桜色の唇。見目は非常に麗しく、一目彼の姿を見た者は魂を奪われる。シェーラは、自分の小さな弟のようにルーシェを可愛がっていた。だから、ルーシェの今回の結婚についても、シェーラは嬉しい気持ちでいるのだろう。

 人間達の望むまま、ルーシェを守るために“呪いの力”を使うシェーラ。

 だが、青竜エルハルトは少し危惧していた。

(こいつ、人間達に、単にいいように使われているだけではないか)

 リヨンネから頼まれるまま、“黄金竜の加護”を持つ危険な王族に対しても、“呪い”の力を使ったシェーラ。そもそも一度、彼女は王族に“呪い”をはねかえされて酷い目にも遭っている。
 そんな目に遭いながらも、なおもルーシェ達に尽くしているシェーラを見て、エルハルトは内心少し心配していた。

(“古竜”であるシェーラが、傷つけられることなど滅多にない)

 それは分かっている。
 だが、長い間、北方地方の大森林の中に引きこもっていたシェーラは、純粋であったし、文句を言いながらも、頼まれると本当は「嫌」とは言えない竜なのではないかと思っていた。

(というか今のところ、頼まれれば本当にヒョイヒョイ喜んで引き受けているところがある)

 前回の、王宮まで行って“激烈なる恋の呪い”を掛けた時もそうだ。シェーラは紫竜を守るために、勇んで突っ込んでいったところがあった。

(あまり人間達に肩入れしすぎない方がいい。特に、シェーラのような能力を持つ竜は)

 彼女の持つ力の珍しさから、その力を望む人間達がいる。
 そんな人間達に、シェーラがいいように使われるのではないかと青竜は心配していたし、そんな懸念など考えたこともないような無防備すぎるシェーラに対しても、青竜は少しばかり腹立たしくも思っていた。


 観察拠点の離着陸場に、紫竜が背中にアルバート王子を乗せてやってきた。もう二頭、竜騎兵団の竜が続いて後ろを飛んできた。一頭には王子の護衛騎士バンナムとレネが乗り、もう一頭にはリヨンネとキースが乗っていた。以前は、野生竜のテリトリーを侵犯する恐れがあるために、竜騎兵団の竜が、この近辺を飛ぶことは出来ないとされていたが、この観察拠点は今やほぼ黒竜シェーラのテリトリーと化していたため、彼女が許可する竜騎兵団の竜は直接、飛んでくることが出来るようになっていた。

 紫竜はアルバート王子をその背から下ろすと、すぐさま小さな子供の姿になって王子の胸に抱き上げられていた。ルーシェは甘えるように王子の胸に頭をすりつけている。相変わらず新婚のような甘い雰囲気が漂う二人である。
 バンナムの手を借りてレネは竜の背から降りる。リヨンネはキースと一緒に竜の背から飛び降りていた。四人を送ってくれた竜騎兵団の竜と竜騎兵達はすぐさま兵団へ戻るために飛んで行った。危険な黒竜シェーラのいる観察拠点はどうにも落ち着かないらしい。

 そして観察拠点の扉を開けると、中には待ち構えるようにシェーラがいて、腰に手を当て、何故か偉そうに「よく来たわね!!!!」と一行を笑顔で歓迎したのだった。

 それを見て内心キースは(この観察拠点は、シェーラの持ち家じゃないのだけど……)と少しばかり思ったが、リヨンネが何も言わず、彼もまた遠い目をしながらも「ああ、そうだね(棒)」と言いながら上着を脱いで壁のフックに掛けていたので、キースも大人しく口を噤んでいた。

 観察拠点のシェーラの椅子にはかわいいクマのぬいぐるみが置かれているし、花も飾られている。今も、部屋の至る所には花が飾られ、テーブルにも花柄のクロスまで敷かれている。
 銀食器まで用意されていることに、アルバート王子に抱っこされているルーシェは目を丸くしていた。
 そして光りものが大好きな竜の性のせいか、ルーシェはキラキラと輝く銀食器をガン見していた。

「さぁ、そろそろ始めるわよ。リヨンネ、買ってきてくれたかしら」

 料理はリヨンネが持参することになっている。
 くどいようだが、黒竜シェーラは料理が全く出来ないのである。

「はい、もちろんです」

 まるで上官に命令された兵士のように、リヨンネは返事をして、テキパキとキースと一緒に運んできた料理の準備を始めていた。柔らかな白パンにハムやチーズを挟んだものや肉を簡単に焼いたものである。それを皿に載せて次々と運んでくる。
 シェーラは人数を考え、テーブルも幾つか繋げて椅子も人数分調達させていた(調達するのはもちろんリヨンネである)。
 テーブルの上にぎっちりとパンやら飲み物やら、お菓子が山のように置かれることに、小さな子供の姿をとるルーシェは感動したように黒い目を開き切っていた。

「しゅ、しゅごいよ!!!! シェーラ」

「フフフフフフフ、そうでしょう、ルーシェ!!」

「しゅごい、美味しそう!!」

「貴方の好きなお菓子ばかり、用意したわよ」

 得意気にシェーラは黒髪を掻き上げている。
 もうルーシェの口からは涎が垂れてきそうな様子になっていて、慌ててレネがハンカチをルーシェの口に当てていた。折角の美幼児なのに台無しである。

 料理が出揃ったところで、リヨンネは皆の手にグラスを持たせ、キースと手分けして、ルーシェが気に入っているというサクランボ色の甘い果実酒を注いで回った。
 全員グラスを手にしたところで、シェーラもグラスを掲げてこう言った。

「ルーシェ、王子、結婚おめでとう!! 二人ともこれから先もずっと仲良く過ごしてね」

「ありがとう!!」

 さり気なく、王子はルーシェの手からグラスの中の果実酒を、ジュースのそれにすり替えさせていた。また寝落ちされては困るからだ。

「おめでとうございます」

 バンナムやレネ、リヨンネやキースも口々にお祝いを述べて言った。
 子供姿のルーシェはふくふくとした頬を真っ赤に染めながら、嬉しそうに言った。

「みんな、ありがとう。俺、すごく嬉しい」

 そして皆、乾杯して、グラスの中の飲み物を飲み干していく。
 それから取り皿が渡され、あとはもう、食べて食べて、幸せな気持ち一杯で、美味しい食べ物で腹を一杯にするだけであった。
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