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第九章 春の訪れ

第三話 辺境伯家へ養子に入る(下)

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 後日、アルバート王子は人化したルーシェを伴い、バルトロメオ辺境伯の城を訪れた。

 なお、ルーシェは、今回の養子縁組と婚姻に際してはシアンと名乗ることにしている。第七王子の騎竜ルーシェの名そのままだと、王子と婚姻する相手が紫竜ルーシェの人化したものだと分かってしまうためだ。
 過去、長い王家の歴史の中で、竜が王族に輿入れしたことがなかったわけではない。初代の王が竜の女王と結ばれた話はあまりにも有名であった。しかし、それ以降、王家が竜と結ばれた話はない。紫竜ルーシェが七番目の王子とはいえ、アルバート王子と結ばれるとなると、やはり反対する者が出てくるかも知れない。ケチをつけられないように、念には念を入れた方が良いというのが、リヨンネやウラノス騎兵団長の判断であった。

 王子の傍らにいる、見るからに華奢な少年に、城の人々は好奇の視線を向ける。真っ白い見事な刺繍の施された長衣に、腰には銀糸の縫い込まれた帯を締めている。その頭上には腰ほどまでに達する長いレースのヴェールをかけていたため、容貌を見ることができないことが非常に残念であった。アルバート王子はぴったりと少年のそばに寄り添い、彼の腰を抱いていた。王子の鳶色の瞳は、甘い光をたたえて彼の上から離れることはない。噂通り、相当この王子がこの少年を溺愛していることがわかる。
 アルバート王子が、バルトロメオ辺境伯に、少年を養子に入れた上で伴侶にしたいと望んだのも当然だという様子であった。

 ちなみに、そうした理由から、シアンことルーシェはバルトロメオ辺境伯の元に養子に入ることになったとされている。
 
 たまたま竜騎兵団から出かけたアルバート王子が見初めた平民の子、シアン(ルーシェ)。
 彼に一目ぼれしたアルバート王子は、伴侶にしたいと強く望み、バルトロメオ辺境伯に相談した。王子のような尊き身分の御方は、普通平民と婚姻することは出来ない。王子が婚姻するためには相手の身分を整えることが必要であった。
 王子の情熱に打たれたバルトロメオ辺境伯が、シアン(ルーシェ)を自身の養子に入れると申し出て、そして今の流れに至っている。

 リヨンネが書き上げたそのストーリーを聞いたルーシェは爆笑した。

「お、俺に一目ぼれして王子が、辺境伯に願い出たというのか!!」

「笑うな」

 山間の巣で、王子からされた話に、ルーシェは吹き出しながらもこう答えた。

「一目ぼれしたのは、俺の方が先だと思うんだけどなぁ」

 卵から孵った時、彼を見つけた時、胸を大きくときめかせたのは自分の方だった。
 そして王子に飛びついた。絶対に離れまいとしがみついた。
 主として、自分の半身として彼を見つけたのは自分だった。

 ルーシェは大きな王子の手に自分の白い手を添え、それから王子の顔を見上げながら口づけた。

「ずっとあの時から、好きだったんだ」





 今日、バルトロメオ辺境伯の元を訪ねたのは、ルーシェの顔見せのためである。
 バルトロメオ辺境伯とその奥方は、ルーシェがアルバート王子の騎竜であることを理解している。竜であるルーシェが人の姿に変わって王子と結ばれようとしていることも理解していた。
 だが、バルトロメオ辺境伯と奥方だけがその秘密を理解しており、その他の者達は、リヨンネの書き上げたストーリーに沿って説明がされていた。
 大広間に集められた重臣たちの前で、アルバート王子はルーシェを伴い、バルトロメオ辺境伯夫妻と挨拶を交わす。なお、大広間には、最低限の、辺境伯の腹心といえる重臣のみを室内に入れていた。それも心が強く、そう簡単にルーシェの魅力に屈しない人間だけを、バルトロメオ辺境伯は選んだつもりであった。
 それというのも、紫竜の人化した姿は、人心を惑わすほどの大層魅力的な容姿だと聞いていたからだ。
 
 ルーシェは初めて、大勢の人前でヴェールを下ろした。
 
 瞬間、室内の人々が一斉に息を飲んだ。
 魔法で黒く染められたサラサラの髪に、大きな黒目がちの瞳。すっと伸びた鼻梁に桜色の柔らかそうな唇。見たことも無いように整った美麗な顔立ちは、確かに事前に聞いていた通り、人とは思えないほどの美しさをたたえていた。

 城の人々は視線を合わせていた。

(これはなんとお美しい)
(アルバート王子殿下が伴侶にと強く望むのも理解できる)
(本当に平民なのか)

 ざわめきの中、バルトロメオ辺境伯は笑顔で言った。

「シアン、貴方をこれから私の息子の一人として遇したい。陛下からの養子入れの御裁可はこれからだが、手続きは滞りなく済むであろう」

 シアンことルーシェは長衣の裾を引いて一礼した。その礼も見事なものだった。
 とても平民出身とは思えない所作である。
 (ルーシェは幼竜の頃、王宮でアルバート王子と共に礼儀作法の教育も受けていた)

「有難うございます」

「これからは私のことを父、妻のことを母だと思ってどうか気安くしてくれ」

 その言葉に、バルトロメオ辺境伯の隣にいる美しい奥方も微笑みを浮かべていた。
 そしてその奥方の横にいる二人の息子、二人のジャイ●ン、ティモシー(兄、九歳)、アーサー(弟、六歳)は顔を真っ赤にしてルーシェを見つめていた。見つめるどころではない、穴が空くのではないかと思うほどに凝視していた。

 母親であるバルトロメオ辺境伯夫人に、アーサーなどはこう尋ねていた。

「こ、こ、この美しい御方が、これから僕のお兄様になるのですか!!」

「お兄様と呼んでも宜しいのでしょうか」

 二人の息子達は大興奮の様子だった。
 そんな二人のジャイ●ンを、ルーシェはどこか遠い目で眺めていた。

(俺もアーサーとティモシーの兄になることを、覚悟してやって来たよ)

 ティモシーとアーサーは、二人で顔を見合わせながら近寄って来て、「「お兄様」」と二人声を揃えて呼んだので、ルーシェは微笑みを浮かべてこう言った。

「これからよろしくね、ティモシー、アーサー」

 二人の義弟は鼻血を吹きそうなほど顔を赤く染めて、「「ハイ!!」」と元気よく頷いていたのだった。



 そしてバルトロメオ辺境伯は、ルーシェの養子入れの申し出を、正式な書面にて国王陛下に対して行った。アルバート王子の母マルグリッド妃の尽力もあり、養子入れに関しては滞りなく、陛下の裁可は下りたのであった。

 こうしてルーシェは無事にバルトロメオ辺境伯の養子となり、ティモシーとアーサーの兄になることも出来たのであった。
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