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第八章 黄金竜の卵

第八話 叔父からの話

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 その日、ユーリスは青竜寮のリヨンネの部屋に泊ることにした。
 リヨンネの部屋に集まっていた者達も、皆、おのおのの部屋へ戻って行く。
 今、リヨンネの部屋にいるのは、リヨンネとユーリスだけだった。
 キースは、親族同士じっくり話し合いたいこともあるだろうとリヨンネの部屋に泊ることを遠慮して、その日はレネの部屋に泊らせてもらうことになっている。

 今、ユーリスの胸元に下げられた布袋の中には、金色の小さな竜の雛が収まり、ユーリスの人肌の温かさにうっとりとした表情で丸くなって眠っている。ユーリスは布袋の膨らみを優しく撫でながら、椅子に座り、ため息をついていた。

 そんなユーリスを見て、リヨンネは言った。

「竜は主と決めた相手から、決して離れない。竜騎兵達の関係はそうだ。その子もきっと、君から離れないと思う」

「私は竜騎兵ではありません。それに、この子は私のことを……」

 番だと言った。

 竜騎兵だという若い黒髪の男が、自身の紫色の竜を介して通訳して教えてくれた。後に、その若い黒髪の男が、王国の七番目のアルバート王子だと知らされ、ユーリスは驚いた。
 その王子は、黄金竜の雛の言葉を伝えた。

 『やっと、待ち望んでいた番に会えたのだから』と。

 その言葉を思い出し、リヨンネは眉間に皺を寄せて言った。

「…………確かに、竜が番に別種族を選ぶこともある」

 実際、主と決めた人間を番にして、性交する竜達も多い。紫竜ルーシェも、アルバート王子を主にしつつ、彼を番にしている。

 それでも、竜が卵から孵ってそうそう、番を見つけるなんて聞いたことがない。
 いや、番を見つけたから、黄金竜の雛は卵から孵ったと言っていた。
 王宮下の地下遺跡の中から。

 そこでリヨンネは顎に手を当て、考え込む。
 そして言った。

「…………その黄金竜の雛、ウェイズリーの親は」

「王宮の地下遺跡には、過去、女王竜と始祖の王が暮らしていました。当然、黄金竜である女王竜の系統竜でしょう」

「………………待ってくれ」

「私もその疑問を抱きました。黄金竜の女王の系統ですが、人の王との間に卵は生めないでしょう。叔父上、貴方は人と竜はどんなに愛し合っていたとしても、卵を生むことは出来ないと言っていましたよね。だから、この卵は、黄金竜の女王竜と、正体不明の雄竜の卵になります。ただ二つ目の疑問があります。この子は、あの地下遺跡の中で、ずっと二千年間、放置されていたのでしょうか? 放置されていた卵は、温めないと冷たくなり、中の竜の子は死んでしまうという話を聞きました」

「そうだ」

 実際、竜騎兵団の孵化交流会でも、竜の卵を温めるための魔石を使った孵化器が用意されている。その孵化器から取り出して、竜の卵を一時的に披露するのだ。半日くらい温めなくても、すぐに卵の中身が悪くなることはない。

「地下の遺跡には、黄金竜が二千年前に存在していた痕跡はありましたが、そこで今現在も暮らし続けている様子はありませんでした。黄金竜の卵は、普通の竜と違って特別なのでしょうか。二千年間孵ることを止められるほどに」

 リヨンネは考え込みながら、話した。

「…………そもそも、私が北方の竜騎兵団の拠点にまで、その卵を運んできたのに、王都の君のところへ卵が戻っていたこともおかしい。卵の状態でも、その卵はすでに意志を持っていたんだ。君のそばにいたいというね」

「………………」

「ユーリス、君はその子を山へ帰すと言っているが、私には、帰しても、きっとすぐに君を追い駆けて戻ってくる姿しか思い浮かばない」

 「それっ」と山へ放っても、猛然とUターンして戻って来る黄金竜の雛の姿しか思い浮かばない。
 そして「キュイキュイキュキュキュキュ」と甘えて鳴いて、ユーリスの胸にしがみつくのだ。
 そのことを思い、リヨンネは苦笑していた。

「黄金竜は特別な竜だ。当然魔法も息をするように使えるだろう。君のそばにいるために、この竜の雛はなんでもするはずだ。君のために小さくなってそばにいてもいいと言っていた」

「私は、アレドリア王国へ帰る身です」

「連れていけばいいじゃないか」

 思わぬことを言われたように、ユーリスは叔父の顔を見つめた。
 叔父リヨンネは続けて言った。

「この王国の人間としては、本当はこんなことを言ってはいけないんだろうな。黄金竜の雛が新たに誕生したことが知られれば、決して雛は国の外へ出してはならないと皆が言い出すだろう。この竜騎兵団の団長も、そう言うに違いない。王家に必ずやご注進するだろう。だからユーリス、その子が黄金竜であることはバレないようにしなければならない。今度目を覚ましたら、頼んでご覧。きっと皮膚の色も魔法で金色から変えてくれるはずだ。君が望むことは何でもこの子は叶えようとしてくれるからね」

「……………」

「その黄金竜の雛の番だというユーリス、君だって本当なら危ない。多くの者達は、番の君がアレドリアへ渡ることを決して、許さないだろう。もしかしたら、黄金竜に言うことを聞かせるために、君に何かしようとする者も出てくるかも知れない」

 ユーリスはそのことに思い至り、ゾクリと身を震わせた。
 リヨンネはパタパタと手を振る。

「大丈夫だよ。この子が黄金竜だと知られない限りは、そういうことにならない。一番は、人化して、その人化した姿でアレドリアへ連れて行ければいいんだろうね」

「……生まれたばかりだから、まだそうした魔法は使えないのでしょうか」

 その問いかけにリヨンネは「分からないな。卵の状態で転移の魔法が使えたし、もしかしたら、もう人化も出来るかも知れない。今度目を覚ましたら聞いてごらん」

「…………はい」

「そのうち、“心話”も使えるようになるだろう。そうしたら、君と会話することも出来るようになる」

「はい」

「いつでも相談に乗る。だから、このウェイズリーを連れていってやるんだ。きっと君を大切にしてくれるだろう」

 ユーリスは、自分の胸元でスヤスヤと安心しきったように眠る小さな黄金色の竜の雛を見つめた。
 こんな小さくて可愛らしい竜の雛が、自分を守ってくれる?
 とてもそんな様子は想像できない。むしろ、自分がこのちっぽけな小さな存在を守ってやらなければならないのではないか。

 「キュイキュイキュルキュル」と鳴いて甘える小さな竜は、可愛かった。
 本当なら、北方の山へ帰してやるのがいいのだと思う。
 でも、この雛竜が、どうしても自分から離れたくないというのなら、連れていくことも仕方がないのかも知れないと、初めてユーリスはそう思ったのだった。
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