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第八章 黄金竜の卵

第一話 王宮下の地下扉

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 アンリ王子の、竜騎兵団への視察が急遽中止となった。
 それを聞いたウラノス騎兵団長やエイベル副騎兵団長、そしてリヨンネやレネ、アルバート王子らはホッと胸を撫で下ろしていた。アンリ王子はどうも体調を崩したという話で、今はその体調を整えるために養生しているという。そのため、竜騎兵団の視察の予定も流れたのだ。

 体調を崩したと聞いているが、そうではない。その真相をアルバート王子もリヨンネらも知っていた。
 アンリ王子は、誰かと激烈に恋に落ちているはず。
 その恋に夢中で、正直、竜騎兵団へ視察に来るどころではなくなっている。見たこともないような美しい子供姿のルーシェのことなどもはや眼中にないほどに。
 
 視察が流れたことにホッとしつつも、果たしてアンリ王子が誰と恋に落ちたのか、当然のことながらアルバート王子達は気になっていた。
 
(どうか、アビゲイル妃と恋に落ちていてくれ)

 アビゲイル妃はアンリ王子の伴侶である。
 この二人がまとまることが、一番周囲も含めて幸せになれるはずであった。
 診察に来た王宮詰めの医師(既婚・五十代)や、女官、侍従達と恋に落ちてくれるなと祈るような気持ちでいたところ、リヨンネが、兄であるバンクール商会長ジャクセンから聞いた、どうやら今、アンリ王子が非常にお熱だという相手の名を聞いて、アルバート王子もリヨンネも衝撃を受けたのであった。

「…………ハヴリエル卿だと」

「…………」

 アルバート王子とバンナムは顔を見合わせる。
 彼は、栗色の髪に薄いブルーの瞳をした、なかなか見目形の整った護衛騎士だった。そう、アンリ王子の護衛騎士で、彼はルーシェが王宮魔術師に攫われそうになった時、救ってくれた騎士だった。

 まさかハヴリエル卿が、アンリ王子の恋の相手になっているとは予想だにしなかったアルバート王子とバンナムは、困ったような顔をしている。なぜなら、彼はルーシェの恩人である。恩人の彼が苦境に陥いる状況へ、自分達のせいで追いやられている。
 しかし、それを聞いた小さな竜のルーシェは、「ピルピルルピルピルルル!!(ふん、ざまぁ見ろだ!!)」と言っていた。
 彼にとってハヴリエルは、会う度に意地悪をする嫌な奴だった。王宮魔術師から救ってくれたことには確かに感謝しているが、その後、ハヴリエルはルーシェの背中に手紙をくくりつけたり(外そうとすると頭を指で弾く)、「お似合いですよ」と言って背負いカゴを押し付けてきた(カゴを背にしたルーシェを見て、爆笑した王子やバンナムにも内心ムカついていた)。まったくもって腹立たしい奴だった。
 その彼が、今やアンリ王子に追いかけられて大変だという。
 
 アルバート王子がルーシェに、「彼はお前を救ってくれたのだぞ」とたしなめるように言うと、ルーシェは黒い目を釣り上げて言った。

「ピルピルルピルピルル!!(だって俺、あいつ嫌いなんだ!!)」

 ぷんぷんと怒っている小さな紫色の竜を見ながら、アルバート王子とバンナムは、申し訳ない気持ちを持ちながらも、今しばらくはハヴリエル卿に頑張って(?)もらうしかないと考えていた。



 王宮でのアンリ王子の近況を皆に報告した後、どこかリヨンネは嬉しそうな表情をしていた。
 その様子に気が付いたレネが、どうしたのだとリヨンネに尋ねると、リヨンネは声を弾ませてこう言った。

「長い間留学していた私の甥っ子が、ついに留学先から帰って来ると兄から聞いたのです」

 リヨンネは、バンクール家の末っ子である。彼の上には三人の兄がいる(リヨンネを除いて全員バンクール商会に勤めている)。
 きっとたくさんの甥と姪がいるのだろう。
 一体どの兄の息子なのか尋ねると、リヨンネはなおもニコニコと笑いながら言った。

「ジャクセン兄上のところの、ユーリスです。兄にそっくりなんですよ」

 リヨンネの長兄ジャクセンは、並外れた記憶力を持ち、人目を惹く美男子である。王宮の貴族達の中で、生き馬の目を抜くような商売の世界で成り上がっている、富豪の男のその息子。それも父親そっくりだと聞いて、その場の者達は皆、好奇心が沸いていた。

「さぞや美しい方なのでしょうね」

 実際、ジャクセンは黒髪の美男子であった。
 そうレネが尋ねるように言うと、リヨンネは頷いた。

「兄にそっくりですからね!!!! 頭も凄くいいのですよ。王立学園でも入学以来ずっとトップでした。でも、とあることから、ユーリスは留学することになって」

 “とあること”とは一体何だと、当然皆が問いかけるような視線を向けると、リヨンネはウロウロとどうしようかと視線を彷徨わせる。
 隣のキースがため息をつく。

「リヨンネ先生、そこまで思わせぶりに言ったのなら、全部お話しされた方がよろしいかと思います。この部屋にいらっしゃる皆さまはとても口が固く信頼できる方ばかりです」

 今、青竜寮のリヨンネの部屋にいるのは、アルバート王子、紫竜ルーシェ、バンナム、レネ、そしてリヨンネとキースであった。もはや何年も共にいる信頼できる仲間といっても良いメンバーであった。

「そうだね……」

 チラリとリヨンネはアルバート王子を見て、それから意を決したように口を開いた。

「シルヴェスター王子殿下と、ハウル王子殿下の間で、ユーリスを巡ってもめ事が起こって、それで騒動の種となったユーリスは、数年前に留学させられたんだ」

 部屋の中の一同は沈黙した。
 シルヴェスター王子は王家五番目の王子である。そしてハウル王子は王家三番目の王子。

(また新しい王子が出て来るの?)

 思わずアルバート王子の膝の上で、小さな竜姿のルーシェは、先日登場した二番目の王子アンリの姿や、三番目の王子ハウルの姿を思い浮かべていた。そして今度は五番目の王子が登場する!! NEW
 だが、アルバート王子は困惑したように眉を寄せる。

「先生、既にご存知だと思いますが、シルヴェスター兄上は、のですよ」

 それにポリポリとリヨンネは頭を掻いた。

「うん、知っている。そして、ハウル王子殿下も静養中だ」

 三番目のハウル王子は、アルバート王子と黒竜シェーラが“呪い”をかけたせいで、離宮でずっと静養している。

「だから、ジャクセン兄上は、ユーリスを留学先から戻そうとしている」

 ユーリスを巡って王子達が争うこともなくなった。その当の王子達本人がいなくなっているのだ。
 問題なく王国に戻って来られる環境が整ったと、息子を呼び寄せようとしたところ、ユーリスはそれを拒否したらしい。
 留学先での学問が楽しくなり(実際ユーリスは非常に優秀で、留学先の大学でも教授達に目を掛けられていた)、王国には戻らず、留学先の大学で骨を埋めても良いと言い出して、それを聞いたジャクセンは怒り狂っていたと、義姉からリヨンネは聞いていた。
 国許に戻る、戻らないの手紙のやりとりの中で、「一度戻っても良い」とユーリスがようやく首を縦に振ったのは、ユーリスが喜びそうなことを、ジャクセンがユーリスの前にぶら下げたからだ。それはあたかも、馬の前に好物の人参をぶら下げるかのように。

「どうしてユーリス殿は帰国することを決意されたのですか?」

 バンナムの問いかけに、リヨンネは答える。

「王宮下の一号遺跡の調査が、今春から始まる。それに昔からユーリスは参加したがっていた。それでジャクセン兄上はユーリスが調査に参加できるように手配したんだ」

 馬の前にぶら下げる人参が、遺跡調査。
 その人参に飛びついて、ユーリスは帰国する。

 だが、話を聞いたアルバート王子は驚いていた。

「王宮下の一号遺跡は、禁所だ。調査など許されていない。今までも、これからもそれは許されない」

 アルバート王子は、王家での教育の中、そう教えられてきた。
 王宮下には遺跡があり、一号遺跡と二号遺跡には、触れてはならない。王家の始祖たる王と竜の女王がこの王国で王国を開いたその時の遺構が、王宮下に置かれている。冷たい鉄製のぶ厚い門扉の向こうは、この二千年間誰も足を踏み入れていない。その扉を開くというのか。何故、急にその扉を今になって開こうとするのか、理解できない。

「…………陛下の夢見の枕元に、始祖王がお立ちになられたという話を聞きました」

 そんな話は聞いていない。
 アルバート王子がリヨンネを見やると、リヨンネは続けて淡々と話した。

「表立ってされている話ではないようで、ジャクセン兄上もようやくその話を聞きだされたということです。それも一度や二度ではなく、何度も始祖王が陛下の枕元にお立ちになられて、“時期がくるので扉を開くように”と、王宮下の一号遺跡の扉を開くようにお命じになられたといいます」

 アルバート王子は、自分の父親の話を、王家で今、起きている出来事の話を、他人のリヨンネの口から聞くことは、正直不快であった。だが、それでも聞かねばならなかった。

「……だから、遺跡の調査が始まると?」

「そうです。二千年の間に何度か起きた地震の影響で、崩れた個所があるようです。そこを慎重に修復、補強しながら、遺跡を開いていくと聞いています。そのために、学者達を初めて地下遺跡の中へ入れるそうです」

「………………」

「殿下、大丈夫ですか」

 考え込む様子のアルバート王子を、気遣うようにリヨンネが言うと、王子は頷いた。

「ああ、驚いただけだ。……そんなことになっているとは知らなかった」


 
 そして王子の膝の上に座る小さな竜ルーシェは(時期が来るって何だろう)と素朴な疑問を抱いていたのだった。二千年間開けられることがなかった、王宮下の遺跡の扉が開かれる。今のこのタイミングで開かれることに、どんな意味があるのだろうと考えていたのだが、当然のことながら、考えてみてもまったく分からなかった。
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