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第七章 ある護衛騎士の災難

第二十一話 激烈なる恋の呪い(中)

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 その後、黒竜は王都の森まで急いで飛んで戻った。ルーシェの元へ降り立ち、アルバート王子はすぐさま“同調”を解く。小さな黒い竜シェーラの瞳が黄金色を取り戻し、元の体に魂を宿らせたアルバート王子は、軽く頭を振って立ち上がる。

「すぐに戻ろう」

「ピュルピルルルルルルルル?(上手くいったの?)」

「後で説明する」

 アルバート王子はむんずと小さな黒竜を掴むと、自分の前に座らせ、竜化したルーシェをすぐさま王都の森から飛び立たせた。

「随分と強引なことをしましたね。あれでは、アンリ兄上付きの護衛騎士達が貴女の行方を探すことになりますよ」

 そう苦笑しながら言ったアルバート王子の前にちょこんと座っているシェーラは言った。
 小さな黒い竜の口から滑らかな女の言葉が流れるのには、少しだけ違和感がある。

「どうせ捕まることはないわ」

「兄上が倒れたようでしたが、大丈夫なのでしょうか」

「倒れる時に頭を打ったりすれば、それは怪我をするでしょう。でも、大事にされている王子のようだから、倒れる時にも支えてくれる人間がそばにいたでしょう」

「…………」

 本当に黒竜シェーラが強引すぎて驚いた。“激烈なる恋の呪い”をかけるためには、シェーラは自身の目で呪う相手を見る必要があった。だから、彼女はなんとアンリ王子の窓の下で、パタパタと飛んで顔をのぞかせたのだ。ひょっこり窓の外から顔をのぞかせた小さな黒い竜の姿に、果たして何人の護衛騎士達が気が付いただろう。
 王国の二番目の王子であるアンリには、複数の優秀な護衛騎士達がその側に付けられていた。実際気が付いた騎士達が数人、部屋から外へと駆け出しており、そのうち部屋に残った護衛騎士が、意識を失って倒れかけるアンリを支えていた。

 “激烈なる恋の呪い”をかけられて、意識を手放すアンリ王子。

 そこでふと、アルバート王子は気が付いた。
 
「…………シェーラ、兄上は、兄上の妻であるアビゲイル妃に恋する呪いをかけられたのだよね」

「ええ」

 小さな黒い竜はコクリと頷く。こうしてみると金色の瞳の小さな黒い竜というものもなかなか可愛らしく見える。もし機会があれば、小さくなった紫竜と長椅子にでも並べて座らせてみると目の保養になりそうだ。そんなことを一瞬頭の中でアルバート王子は考えたが、その後、だいぶリヨンネ先生に毒されてしまっているなと軽く頭を振っていた。

「………………だが、貴女は、アビゲイル義姉上を知らぬのに、どうやってアビゲイル義姉上とアンリ兄上を恋に落とすというのだ?」

 その最もな疑問に、北方地方を目指して一路白い雲の上を飛んでいたルーシェも耳を傾けていた。
 黒竜シェーラは王族の顔を知らない。アンリ王子の事だって、アルバート王子からこの部屋の中にいる王子だと教えられてようやく分かったくらいなのだ。
 それにシェーラは、なんてことのないようにこう答えた。

「伴侶なら、倒れた夫を懸命に看病するものでしょう? あのアンなんちゃら王子が目を覚ました時、最初に目にした人間に恋をするよう呪ったの。当然、看病している奥さんが目の前に座っていることでしょう。それで恋に落ちるのもとても自然な流れだわ!!!!」

 小さな黒い竜シェーラは、そう力説する。
 だが、今のシェーラの言葉にアルバート王子は目を見開いていた。

「………………兄上が目を覚ました時、最初に目にした人間に恋をするというのか!!!!」

「そうよ!!!!」

 小さな黒い竜はロマンチックな想像に胸をときめかせているかのように、ウットリとした様子でこう言った。

「傷ついた夫が目を覚ました時、そこには懸命に看病をする妻がいるのよ!!!! そして二人は再び恋に落ちるの!!!!」

 リヨンネがせっせと黒竜シェーラに王都流行の恋愛小説を大量に贈り続けていた弊害なのか、シェーラにはどこか夢見がちなところがあった。
 だが、アルバート王子は知っていた。
 アンリ王子とアビゲイル妃は、傍目からは仲良く良好な関係の夫婦に見える一方で、少々仮面夫婦のような様子があることに。果たして、意識を失ったアンリ王子が目を覚ました時、目の前にいるのはアビゲイル妃だろうか。看病する女官や侍従、診察をする宮廷医ではないかと思った。
 もし、アビゲイル妃以外の人間と恋に落ちるなら、それも激烈なる恋に落ちるというのなら、とんでもないことになるのではないかと、内心冷や汗を掻いてしまう。

 だが、黒竜シェーラはまったくその可能性を考えていないようで、「最後まであのアンなんちゃら王子が恋に落ちるところを見たかったのに、すぐに王宮を出なければならなかったことが残念だったわ~」と言っている。今までまったく兄の眼中に入っていなかったであろう女官や侍従、宮廷医達と、兄が恋に落ちる瞬間など見たくない。そうアルバート王子は思い、これは一体どうしたものかと深々とため息をついていたのだった。
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