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第七章 ある護衛騎士の災難

第十七話 得た約束と下された罰

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 アルバート王子は、母であるマルグリッド妃の宮へ一度戻った後、すぐにウラノス騎兵団長らが宿泊している王宮の客室へ遣いを走らせた。
 ウラノス騎兵団長、エイベル副騎兵団長にも相談するためである。なお、ルーシェが一度、王宮内で行方が分からなくなり、その後発見されたことについても、騎兵団長らには既に報告済である。
 騎兵団長や辺境伯らは、毎年新年会を終えた後、数日間、仲の良い貴族達と挨拶回りという名の酒盛りをして過ごしているらしい。平和が続く王国だから出来る恒例行事である。

 面会の申し出は即座に受け入れられ、王子は紫竜を連れて、ウラノス騎兵団長らが過ごす客室に足を運んだ。

 二人は、アンリ王子の護衛騎士ハヴリエルが、紫竜を王宮魔術師達から救った後、王宮魔術師達を告発する際の証言に立ってくれると聞いて驚き、考え込んでいた。

「アンリ王子殿下は、王宮魔術師達と事を構えても良いということなのか」

 そうウラノス騎兵団長が呟くように言うと、それまで黙り込んでいたバンナムが口を開いた。

「ハヴリエル卿が独断で申し出ているような気が致します」

「…………アンリ王子殿下の承諾も得ずにか?」

「はい。ルーシェを届けに来て下さった時、ハヴリエル卿は証言に立つと言ってくれましたが、あまりにも簡単に言い過ぎている印象でした。それをすれば、王宮魔術師達とハヴリエル卿の主であるアンリ王子殿下との関係に大きくヒビが入ることには、思いが至っていない様子でした」

「ふむ」

「だが、ここで王宮魔術師を告発できれば、今後ルーシェへの手出しを封じることが出来る」

 アルバート王子は、是非とも王宮魔術師達を告発したかった。
 王族のパートナーである竜を誘拐しようとしたのである。
 明らかに非は王宮魔術師達の上にある。

「告発という形を取れば、王宮魔術師達の怨みを買ってしまうでしょう。可能ならその形は避けて、告発しないことで恩を売り、王宮魔術師達のルーシェへの接触を今後は一切禁じるという確約を得る方が良いでしょう。その証人に、アンリ王子殿下の立ち会いを求めるのです」

 エイベル副騎兵団長がそう言う。
 その方法が最も穏当で、かつ、アルバート王子が強く求める、ルーシェへの魔術師達の接触禁止を勝ち取れるような内容であった。王族と王宮魔術師達が対立関係になることを、アンリ王子も避けたいと考えているはずである。
 しかし、アルバート王子は少し浮かない様子である。
 彼は、先ほどまでアンリ王子と自分達が茶会で顔を合わせて話をしていたことを告げ、そしてアンリ王子が「王宮で、ルーに会いたい」と義弟をダシに、人化したルーシェに会いたがっていたことを伝えた。それにはエイベル副騎兵団長も、ウラノス騎兵団長も腕を組んで深く考え込んでいる様子だった。
 彼らもまた、アンリ王子の絵のモデルにかこつけた美少年趣味のことを聞き及んでいた。
 アンリ王子の前で、誰よりも美しい幼児姿のルーシェが現れることはマズイと思う。

「王宮魔術師達への制裁の件と、アンリ王子殿下がルーシェとの面会を求めている件は切り分けて考えましょう。まずは王宮魔術師達への制裁の件から処理すべきです」

 そうエイベル副騎兵団長は言うが、「自分の護衛騎士ハヴリエルを証言に立たせる代わりに、ルーに会わせろ」とアンリ王子から言われそうな気がしてならない。

「その時には、ウラノス騎兵団長や辺境伯閣下に上手いこと盾になって頂きましょう。一つずつ欲しいものを勝ち取らなければなりません」

 そうエイベル副騎兵団長が話すことに、ウラノス騎兵団長も頷いた。

「そうだな。これを機に、王宮魔術師達の手出しが無くなれば良いのだ。私はアンリ王子殿下に面会を求め、エイベルの話した方向で一度、話を進めたいと思う。それで良いだろうか、アルバート王子殿下?」

 誘拐未遂の王宮魔術師達を表立って堂々と告発したいところであるが、内密の形でルーシェとの接触禁止を勝ち取る方向で進め、もしそこで話し合いが決裂したのなら、正式な告発を提起することで良いかと、アルバート王子は自分の中の感情に折り合いをつけた。

「はい。皆様にはお手数を掛けますが、何卒よろしくお願いします」

 そう言ってアルバート王子は頭を深々と下げ、さいは投げられたのだった。




 その後、迅速かつ精力的にウラノス騎兵団長とエイベル副騎兵団長は動き、アンリ王子の仲介の元、王宮魔術師長並びに王宮の全魔術師達は今後、アルバート王子の紫竜には一切手出し無用の約束が結ばれた。こうなれば、執拗に面会を求めていた王宮魔術師も今後、面会を求める手紙を出すことも無くなるはずだろう。
 正式な告発ともなれば、王子のパートナーとなっている竜を魔術師達が誘拐しようとした醜聞が世に出てしまう。それを王宮魔術師達が避けたいと考えるのは当然のことだった。
 実際にルーシェをさらおうとした二人の魔術師達は、王宮魔術師の身分はく奪の上、魔力を封じる措置を取られて王宮から追放されたという。
 それを聞いたルーシェは(こわっ、魔術師の魔力を封じる措置って何!?)と、魔術師向けの刑罰に驚き慄いていた。今まで魔力があることを当然として暮らしていたエリート魔術師が、魔力の一切を封じられて追放されるのである。今後の生活に大きな苦労があることは推して図られる。
 だが、それを聞いた魔術師のレネは当然だと憤っていた。

「ルーシェ、君は攫われたら、そのまま戻って来れなかったかも知れないんだ。誘拐犯の魔術師達に同情する必要なんて全くない」

 五百年前、紫竜の娘が王宮から帰って来なかった事件は、魔術師レネの胸の中にも暗く影を落としている。レネの大好きな小さな竜が、そんな目に遭って欲しくなかった。

「アルバート王子殿下にも重々注意されていると思うけれど、もう、殿下のお側を離れてはならないよ」

 そう忠告を受ける。
 それはもう何度となく王子にもバンナムにも、ウラノス騎兵団長にもエイベル副騎兵団長にも、更にはバルトロメオ辺境伯にまでも注意されていることだった。それだけでなく、どうも王宮魔術師達が小さな竜に悪さをしたことを耳に入れたらしい侍従達や女官達まで、ルーシェが連れ攫われないように注意を払うようになっていた。
 紫色の小さな竜はどこか神妙な様子で、「ピルピルルル(分かった)」と言って、常にアルバート王子の肩に留まったり、その腕に抱っこされて移動するようになっていた。
 当面の間、過保護なくらいの注意が払われることも仕方ないと、ルーシェは思っていたし、そう心配してくれる者達が大勢自分の周りにいることは、ある意味幸せなことなのだろうと、前向きに思っていた。
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